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プロローグ:積み上げた砂の城が壊れるとき

挿絵(By みてみん)

「……というわけで、本日をもって、我が社は破産手続きに入ることになりました」


会議室の空気は、まるごと凍りついたようだった。

社長の震える声。


デスクに並べられた、もう意味をなさない営業資料。そして、昨日まで「普通」に続いていた日常の断絶。


戸田大介(27歳)の耳には、その後の詳しい説明は何も入ってこなかった。


「……マジかよ」


窓の外には、皮肉なほど澄み切った青空が広がっている。


大介が勤めていたのは、社員15名ほどの小さなIT商社だった。営業職として3年。


サービス残業は当たり前、上司の叱責にも耐え、靴底を減らして契約を取ってきた。


「いつか大きな案件を決めて、年収を上げて、もっとまともな生活を」


――そんなささやかな野心は、たった一言の「倒産」で瓦礫と化した。


27歳、放り出された空っぽの手


解散を告げられたオフィスを、大介は力なく後にした。


段ボール一つに詰め込まれた私物。


デスクの引き出しの奥に眠っていた、予備のネクタイと常に机に常備していた栄養ドリンク。


それが彼の3年間のすべてだった。


駅へ向かう道すがら、街頭の巨大ビジョンがニュースを流している。


『――本日、都内中央区に出現した突発型ダンジョンにおいて、Aランク冒険者のチームが……』


きらびやかな装備に身を包み、カメラに向かって不敵に笑う「冒険者」たち。


15年前から始まった、この狂った世界の新しい主役たちだ。


「……別世界の話だな」


大介は目を逸らした。


就職氷河期を抜け出し、ようやく手に入れた「安定」という名の椅子。


それを失った自分にとって、命を懸けて迷宮に潜る連中は、自分とは別の生き物に見えた。


迫りくる現実

現実は、感傷に浸る時間すら与えてくれない。


アパートに帰って最初にしたのは、再就職サイトへのログインだった。


だが、現実は残酷だった。

倒産した会社での営業経験など、今の転職市場では大した武器にならない。


おまけに、妹の麻衣から心ないメッセージが届く。


『お兄ちゃん、会社潰れたって本当? お母さんが心配してたよ。早く次の仕事見つけなよ。看護師の私の方が稼ぐことになっちゃうね(笑)』


「笑えねえよ……」 


大介はスマートフォンを放り投げ、天井を見上げた。


27歳。貯金はわずか。実家に帰れば、真面目一筋の親父から「だから安定した公務員を目指せと言ったんだ」と説教されるのが目に見えている。


就職サイトの「希望職種」欄を眺める。

事務、営業、配達、警備……。

ふと、画面の隅にある広告が目に留まった。


【君も一攫千金! 冒険者ギルド、新規登録受付中。適性一つで人生逆転!】


「人生、逆転……か」

その言葉が、空っぽの胸に妙に深く突き刺さった。


毎日泥のように働き、組織の都合で切り捨てられるサラリーマン。


それに対し、リスクを背負う代わりに、実力さえあれば青天井の報酬を得られる冒険者。


「どうせどん底なんだ。なら、いっそ……」

大介は拳を握りしめた。


空手部、空手サークルと幼い頃から鍛えたこの体だけは、まだ手元に残っている。


この時はまだ知る由もなかった。


自分が数週間後、異世界のエルフの少女と「中身」を入れ替えることになろうとは。


「やってやるよ。……見てろよ、クソったれな世界」


大介は、履歴書のウィンドウを閉じた。

そして、翌朝。


彼はスーツを脱ぎ捨て、近所のスポーツ店で買った安物の運動着に身を包み、新宿の冒険者ギルドへと向かった。


これが、後に「伝説の魔法使い」と呼ばれる男の、あまりに惨めな始まりだった。

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