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ブラック上司(妖精)の圧迫面接と、黄金チャーハン


 深夜二時。

 普段なら静寂が支配するこの時間帯に、今夜は甲高い怒鳴り声が近づいてきていた。


「だから! 今のタイミングなら『風のウィンド・カッター』で追撃できたじゃないですかッ!」

「無理だよぅ……あんなに動いた後じゃ、MPマナが残ってないもん……」

「管理不足です! だいたい君は、先月の『撃破ノルマ』も未達なんですよ!? エンゲージメント率も低下中! このままじゃ契約更新できませんからねッ!」


 暖簾が乱暴にめくり上げられた。

 入ってきたのは、一人の少女と、その周りをブンブンと飛び回る一匹の生物だった。

 少女は中学生くらいか。緑色のショートヘアに、風をイメージした軽装のコスチューム。だが、その顔は涙目で、疲労の色が濃い。

 対して、彼女を叱責しているのは、バレーボールほどの大きさの毛玉のような妖精だ。つぶらな瞳に、愛らしい見た目。だが、口から出る言葉は完全に「パワハラ上司」のそれだった。


「いらっしゃい」


 俺が声をかけると、妖精がピタリと止まり、俺を一瞥した。


「む、飲食店ですか。……おい、休憩時間は一五分だけですよ。次の巡回ルートが遅れますからね」

「うぅ……わかってるよぉ」


 少女はフラフラとカウンター席に座り込んだ。

 妖精は彼女の頭上に浮いたまま、さらに追撃を加える。


「注文は水だけでいいでしょう。君、先週の健康診断で体脂肪率が〇・五%上がってましたからね。アイドルの自覚、あるんですか?」

「でも……お腹空いたの……もう限界……」


 少女が泣きそうな声で俺を見た。


「あ、あの……ご飯もの、ありますか? すぐ食べられるやつ……」

「あるよ。チャーハンだ」


 俺は即答し、中華鍋をコンロに置いた。


「じゃあ、それ……大盛りで」

「なっ!? 大盛り!? 君、私の話を聞いて――」


 妖精が喚き散らすのを無視し、俺はバーナーの火力を最大にした。

 轟音。

 ジェットエンジンのような火力が、妖精のキンキン声を掻き消す。

 俺は卵を二つ割り、溶きほぐして鍋に流し込む。

 ジュワァアアッ!!

 油の弾ける音と共に、卵がふわりと膨らむ。間髪入れずに白飯を投入。

 お玉の背で飯をほぐし、鍋を振る。

 ガコン、ガコン、ガコン。

 米の一粒一粒に油と卵をコーティングしていく。具材はシンプルに、刻んだチャーシュー、ネギ、ナルト。

 塩、コショウ、そして鍋肌から醤油をひと回し。

 焦げた醤油の香ばしい匂いが、妖精の「説教」の空気を塗り替えていく。

 仕上げに、ごま油を少し。

 完成まで三分とかからない。スピード勝負の「黄金チャーハン」だ。


「へい、お待ち」


 俺は山盛りのチャーハンをドン、と彼女の前に置いた。

 黄金色に輝く米の山。湯気と共に昇る暴力的なまでの食欲の匂い。

 少女の目が輝いた。


「……わあぁ……!」

「ちょっと! こんな炭水化物と油の塊、許可できません! 契約条項第十二条『品位保持義務』に違反し――」


 妖精が皿に手を伸ばそうとした、その時だった。


 ダンッ!!


 俺は濡れた布巾を、カウンターに叩きつけた。

 鋭い音が響き、妖精がビクッと空中で硬直する。


「……おい、ネズミ」


「は、はい!? 誰がネズミですか、私は高貴なマスコット――」

「客が飯食おうとしてんだ。横で喚くな。埃が舞うだろうが」


 俺は低い声で威圧した。

 営業マン時代、理不尽なクレームをつけてくる取引先の部長を黙らせる時に使っていた、とっておきの「地声」だ。


「そ、それに、これは管理業務の一環で……」

「管理?」


 俺は鼻で笑い、中華鍋を洗いながら言った。


「お前らの業界の『契約書』、見たことあるぞ。第十二条の『品位保持』ってのは、あくまで公の場での振る舞いを指すもんだ。休憩時間インターバル中の食事制限まで強制する権限は、運営側マネジメントには記載されてねえはずだが?」

「なっ……!?」


 妖精の目が点になった。


「なんで人間風情が、魔導契約コントラクトの細則を知って……」

「元・同業者みたいなもんだ」


 俺は冷たく言い放つ。


「それに、未成年労働者に対する過度な拘束と、ノルマ未達を理由にした報酬カット。労働基準監督署……いや、この場合は『次元監査局』に通報されたら、営業停止処分になるのはお前の方じゃねえか?」


 妖精が青ざめた(毛玉なので顔色は分からないが、明らかに浮力が落ちた)。

 俺が防具屋時代に扱っていたマニュアルには、魔法少女契約の「抜け穴」や「法的解釈」も載っていた。ブラック企業同士、手口が似ているから対策も立てやすい。


「……こ、今回は大目に見ます! ですが、次は許しませんよ!」


 妖精は捨て台詞を吐くと、逃げるように屋台の隅っこへ移動し、大人しく浮遊し始めた。


「……ぷっ」


 少女が吹き出した。


「あはは……マネージャーがあんなに慌てるの、初めて見た」


 彼女はスプーンを握り直し、チャーハンをすくった。

 ハフッ、ハフッ。

 熱々の米を口に放り込む。パラパラにほぐれた米粒が、口の中で踊る。

 噛みしめるたびに、チャーシューの旨味と卵の甘み、ネギの風味が広がる。


「……んん〜っ! おいしぃ〜!」


 彼女は足をバタつかせて喜んだ。


「よかったな。大盛りだ、残すなよ」

「はいっ! 全然いけます!」


 彼女は勢いよくスプーンを動かし続けた。

 空腹とストレスで萎縮していた胃袋が、油と炭水化物で満たされていく。それは明日を生き抜くための、最も確実なエネルギーだ。

 十分後。

 皿は綺麗に空になっていた。

 彼女は満足げに腹をさすり、コップの水を飲み干した。


「……生き返ったぁ」


 その顔には、入店時の悲壮感はない。

 彼女は財布からお金を出すと、小声で俺に言った。


「……おじさん、ありがとう。あのマネージャー、いつも『代わりはいくらでもいる』って脅してくるから、怖くて言い返せなくて」

「よくある手口だ。真に受けるな」


 俺は小銭を受け取り、釣りを渡した。


「お前が契約解除されたら、困るのは新しいカモを探さなきゃいけないあいつらの方だ。……もっと図太く生きろ。飯さえ食ってりゃ、なんとかなる」

「……うん。そうですね!」


 彼女はニカっと笑い、席を立った。


「おい、行くぞ! 休憩終わり!」


 彼女が隅っこで小さくなっていた妖精に声をかける。


「ひいっ! は、はいっ!」


 立場が逆転していた。

 満腹の魔法少女は強い。

 二人が店を出て行くと、再び静寂が戻った。

 俺は中華鍋に残った油を拭き取った。

 妖精という名の、中間管理職。

 魔法という名の、やりがい搾取。

 世界を救うシステムにしちゃあ、随分と世知辛い構造だ。


「……ま、俺が言うことじゃねえか」


 俺は換気扇を強めた。

 店内に残るチャーハンの匂いは、どこか懐かしい、

 残業明けのオフィスの匂いに似ていた。


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