公安の飼い主と嘘つきの目、ハツとレバーの焼き鳥
深夜三時。
草木も眠る丑三つ時だが、この客たちは眠ることを許されていないようだった。
店の前に、一般車両に偽装したセダンが止まる。
降りてきたのは、くたびれたグレーのスーツを着た中年男と、黒いパーカーのフードを目深に被った少女だった。
「……大将。いいか?」
男の声は低く、タバコのヤニと疲労で枯れていた。
公安警察・魔装特務係、葛城警部。
対人魔導犯罪を取り締まる、裏社会の掃除屋だ。
連れの少女は無言で、男の背中に隠れるようにして座った。
その隙間から覗く瞳は、ビー玉のように無機質で、どこか怯えているようにも見えた。
魔法少女、「ミラージュ」。
人の心拍や魔力波形を視覚化し、嘘を見抜く「真実の目」を持つ、尋問・潜入のスペシャリストだ。
「……注文は」
「焼き鳥を頼む。……塩とタレ、適当に見繕ってくれ。あと、熱い鶏スープを」
「あいよ」
俺は焼き台に炭を熾した。
鶏肉を串に打つ。
まずは「ハツ(心臓)」。新鮮なプリプリのものを塩だけで。
次に「レバー(肝臓)」。血抜きのしっかりしたものを、継ぎ足しの秘伝ダレに潜らせる。
そして「ネギマ」と「砂肝」。
ジジッ……パチッ
脂が炭に落ち、香ばしい煙が立ち上る。
怪獣相手の派手な戦いとは違う、人間相手のドロドロした仕事の匂いを消すには、これくらい強い煙がいい。
葛城は煙草を取り出しそうになって、俺の目を見てから舌打ちし、箱をポケットにしまった。
「……今回のヤマも、胸糞が悪かったな」
独り言のように彼が言った。
少女は小さく頷いた。
「……うん。あの議員、笑顔で『街を守りたい』って言ってたけど……心臓は真っ黒に濁ってた。……裏金も、横流しも、全部『事実』だった」
「人間ってのは、息を吐くように嘘をつくからな。……お前には、世の中がゴミ溜めに見えるだろうよ」
俺は焼き上がった串を皿に盛った。
「へい。ハツ、レバー、砂肝、ネギマだ」
葛城はビールも頼まず、冷たい水で喉を湿らせてから、タレのたっぷりとついたレバーを串から外し、口に運んだ。
独特の鉄分と、濃厚なタレの味。
「……苦いな。だが、今の俺たちにはお似合いだ」
彼はレバーばかりを自分の皿に取り、塩焼きのハツとネギマを少女の皿に寄せた。
「……食え。お前は育ち盛りだ。毒を食うのは俺の仕事だ」
少女はハツを手に取った。
プリッとした弾力。噛み締めると、シンプルな塩気と肉汁が溢れる。
「……おいしい。……心臓なのに、この鶏は嘘をついてない味がする」
奇妙な感想だった。
彼女は、食べるものにすら疑心暗鬼になっているのかもしれない。
ふと、少女が俺をじっと見つめた。
そのビー玉のような瞳が、微かに光った気がした。
「……?」
「……おじさん」
彼女は首を傾げた。
「……珍しいね。おじさんの心臓、すごく静か。……後ろめたいこととか、隠し事が、黒いモヤになってない」
「そりゃどうも。俺はただのラーメン屋だ。隠すような大層なモンは持ってねえよ」
俺が苦笑すると、葛城が鼻で笑った。
「……おいおい、ミラージュ。こいつは元・大和重工の開発屋だぞ。腹の中には産業機密が山ほど詰まってるはずだ」
「……ううん。過去はあるけど、『嘘』はない。……自分が作ったものに、誇りを持ってる色をしてる」
少女は少しだけ安心したように、ネギマを頬張った。
葛城は意外そうに俺を見た後、肩をすくめた。
「……そうかよ。なら、ここは数少ない『安全地帯』ってわけか」
最後に、俺は鶏ガラを七時間煮込んだ白濁スープを出した。
ネギを散らし、黒胡椒を少し振る。
「……締めだ。胃に染みるぞ」
二人はスープを啜った。
濃厚な鶏の旨味と、コラーゲン。冷え切った体に熱が広がる。
人間の汚い嘘を見続けて冷え切った心を、単純で正直な旨味が溶かしていく。
「……ふぅ」
葛城が長く息を吐いた。
その顔から、少しだけ「刑事」の険しさが消え、ただの疲れた中年男の顔になった。
「……明日も早い。行くぞ、ミラージュ」
「……うん。ごちそうさま、おじさん」
葛城は代金を払い(領収書は切らなかった)、少女を促して店を出た。
去り際、葛城は俺にボソッと言った。
「……こいつの『目』が曇らないうちに、また美味いもんを食わせてやってくれ。……俺にできるのは、汚いモンを先に見つけて隠すことくらいだからな」
彼は不器用に少女の頭をポンと撫で、車に乗り込んだ。
テールランプが闇に消えていく。
「……飼い主ってよりは、父親代わりか」
俺は空になった串を片付けた。
レバー特有の血の匂いと、甘辛いタレの香り。
怪獣と戦う少女たちが「光」なら、彼女たちは「影」。
だが、どちらも腹は減るし、美味いものを食えば救われることもある。
「さて」
俺は換気扇を回した。
人間相手の仕事は、匂いが落ちにくい。
次はもっとさっぱりしたメニューを用意しておくか。




