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開発部長の嬉しい悲鳴


 深夜一時。

 肌寒い風が吹く夜。

 引き戸がガラリと開き、見慣れた男が入ってきた。


「よう、黒木。やってるか」


 大和重工・開発部部長、佐々木だ。

 相変わらず目の下には隈があるし、スーツは少しヨレている。だが、以前のような「死神に憑かれたような顔」ではない。

 どこか憑き物が落ちたような、清々しい疲れ方だ。


「いらっしゃい。……珍しく顔色がマシだな。今日は胃薬なしか?」


 俺がビール瓶を出すと、佐々木はニカっと笑ってネクタイを緩めた。


「ああ。最近は飯が美味くてな。……その代わり、喉が渇いてしょうがない」


 彼は手酌でビールを注ぎ、一気にグラスを空けた。


「……プハッ! 生き返る」


 彼はカウンターのメニューを一瞥した。


「黒木。今日はガツンとくるやつを頼む。辛くて、濃いやつだ」


「なら、最近注文が多い担々麺だ。胡麻をたっぷり効かせてやる」

 俺は中華鍋で挽き肉を炒めた。

 甜麺醤テンメンジャンと醤油で甘辛く味付けし、肉味噌ザージャンを作る。

 丼に、たっぷりの練り胡麻(芝麻醤)、ラー油、花椒、酢、そして鶏ガラスープを注ぐ。

 濃厚な胡麻の香りが立ち上る。

 茹で上がった麺を入れ、肉味噌を山盛りにし、茹でた青梗菜チンゲンサイと白髪ネギを添える。


「へい、特製濃厚担々麺だ。……スープまで飲むと汗だくになるぞ」


 佐々木は割り箸を割り、スープを一口啜った。


 ズズッ


「……うおっ、濃厚だな。胡麻のコクが凄い」


 彼は麺を肉味噌に絡め、ズルズルと豪快に啜り上げた。

 程よい辛さと痺れが、仕事で凝り固まった脳を刺激する。


「……美味い。今の俺には、これくらいの刺激が丁度いい」


 佐々木は額に汗を浮かべながら、独り言のように話し始めた。


「……変わったよ、会社」

「ほう。あの頑固ジジイ共(役員)……いや、会長の雷が効いたか」

「効いたなんてもんじゃない。直撃だ」


 佐々木は苦笑いした。


「あの日以来、会長が役員会で『安全係数を無視した設計図にはハンコを押さん!』って言い出してな。経理部が真っ青になってたよ。『コストが倍になります!』って」

「で、どうなった」

「会長が『金ならある。未来の技術者(魔法少女)を使い捨てるより安いもんだ』って一蹴したさ」


 佐々木は嬉しそうに担々麺を頬張った。


「おかげで、俺のところには毎日、現場からの『感謝状』と『改善要望』の山だ。……以前は『苦情』と『破損報告』ばかりだったのにな」


 彼はポケットから、一枚の写真を取り出した。

 新型のシールド発生装置の試作品だ。以前よりも分厚く、無骨になっている。


「お前が言ってた『遊び』を持たせた設計だ。……若手連中も、今までボツにされてたアイデアを引っ張り出してきて、毎日徹夜で議論してるよ。『これが本当のモノづくりだ』ってな」


 俺はニヤリと笑った。


「……そいつは重畳。だが、お前の残業は減ってないみたいだな」

「ああ、むしろ増えた。……だがな、黒木」


 佐々木は真剣な目で俺を見た。


「『謝るための書類』を作る残業と、『より良いものを作る』ための残業じゃ、疲れ方が全然違うんだよ」


 彼は残りのスープを飲み干した。

 額からは玉のような汗が流れている。


「……ごちそうさん。最高に美味かった」


 佐々木は上着を羽織り、立ち上がった。


「また来る。……今度は、ウチの若手エースも連れてくるかもしれん。お前のとこの常連(魔法少女)たちの生の声を聞かせたいんだ」

「勘弁してくれ。店が開発室になっちまう」

「ハハッ、いいじゃないか。……俺たちは、まだ始まったばかりなんだ」


 佐々木は片手を上げて、夜の街へと帰っていった。

 その背中は、かつてのような「社畜」の弱々しさはなく、頼れる「技術屋」の背中だった。


「……いい顔になりやがって」


 俺は空になった、赤い油の浮いた丼を洗った。

 胡麻と花椒の残り香。

 組織が変わるのは難しい。だが、誰かが本気で舵を切れば、船は少しずつ向きを変える。

 かつての同僚が、その舵取りを楽しんでいるなら、俺も安心してラーメンを作れるってもんだ。


「さて」


 俺は冷蔵庫のビールを補充した。

 あいつ、次はきっと、もっと多くの仲間を連れてくるだろうからな。


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