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脱・厨二病の死神と中二病の烏、黒胡麻担々麺


 深夜二時。

 カラン、コロン。

 重厚な足音ではなく、軽やかな鈴の音と共に引き戸が開いた。


「……こんばんは。大将」


 入ってきたのは、漆黒の甲冑を纏った少女だった。

 だが、以前のような禍々しいフルフェイスのバイザーはない。兜を小脇に抱え、素顔を晒している。

 黒髪のショートボブに、少し疲れたような、しかし落ち着いた瞳。

 背中の大鎌デス・サイズは相変わらず巨大だが、以前よりも手入れが行き届き、道具として使い込まれた渋みがある。


「いらっしゃい。……随分と雰囲気が変わったな」


 俺が言うと、彼女は苦笑いをしてカウンターに座った。


「ええ、まあ。……あの頃は、その、若気の至りというか……キャラ作りに必死だったんで」


 彼女は頬を掻いた。


「今はもう、クライアントの要望がない限り『闇の住人』ロールはしてません。疲れるだけなんで」


 すっかりプロのフリーランスの顔だ。

 だが、彼女が座った直後。彼女の肩に、黒い煙が集まり、一羽の「カラス」のような姿を形作った。

 以前は見えなかった、彼女のパートナー妖精だ。真っ黒な羽毛に、赤い瞳。


『クックック……。我ガ契約者マスターヨ。コノ店ハ、良イ「ヨドミ」ガ漂ッテオルナ……』


 カラスが翼を広げ、芝居がかった低い声で言った。


『ココナラバ、我ラノ渇キヲ癒ヤス「深淵ノ供物」ガ食セルカモシレヌ……』


 少女は無表情で、カラスのくちばしを指で摘んで閉じた。


「……すみません、大将。こいつ、最近実体化できるようになったんですけど、昔の私に影響されすぎてて……すごくイタいんです」

『ムググッ!? 貴様、何ヲスル! 我ハ漆黒ノ堕天使、クロウ・ザ・ダークネス……』

「名前は『クロ』です」


 彼女はため息をついた。


「……大将。何か温かい麺を。……こいつが煩いから、見た目は黒っぽいヤツで。でも味は優しめでお願いします」


 歴史は繰り返す、か。

 かつての主人の黒歴史(厨二病)を、遅れてきた相棒が継承してしまったらしい。

 俺は中華鍋を熱した。

 たっぷりの黒胡麻をすり鉢で擦り、ペースト状にする。そこに、鶏ガラスープと豆乳を加え、濃厚でクリーミーなスープを作る。

 丼の底に、ラー油と山椒油を少々。

 茹で上がった麺を入れ、真っ黒なスープを注ぐ。

 具材は、甘辛く炒めた豚ひき肉(炸醤)、青梗菜チンゲンサイ、そして砕いたナッツ。

 仕上げに、黒胡麻をさらに振りかける。


「へい。『特製・黒胡麻担々麺』だ。……見た目は闇だが、味はマイルドだぞ」


 丼の中は、墨汁のように真っ黒だ。だが、胡麻の香ばしい香りが食欲をそそる。


『オオッ……! 見ヨ、コノ暗黒物質ダークマターヲ! コレイコソ我ラニ相応シイ!』


 カラスのクロが翼をバタつかせた。

 少女は「はいはい」とあしらいながら、割り箸を割った。

 スープをレンゲですくい、一口。


 ズズッ


「……ん」


 見た目のインパクトとは裏腹に、口の中に広がるのは濃厚な胡麻のコクと、豆乳のまろやかさ。

 辛さは控えめで、ナッツの食感がアクセントになっている。


「……美味しい。胡麻の風味がすごい。……落ち着きますね、こういう味」


 彼女は以前のような「フッ、闇が満ちる……」なんて台詞は言わず、素直に感想を漏らした。


『ヌウッ、我ニモ寄越セ! ソノ黒キ沼ヲ!』


 クロが騒ぐので、彼女は取り皿に少し分けてやった。


『……ハフッ、ハフッ……。……ウム。悪クナイ。深淵ノクリーミーダ』



「ただの胡麻味よ」


 彼女は麺を啜りながら、ポツリと語った。


「……以前ここに来た時、私、黒いラーメン食べて『深淵の色だ』とか言ってましたよね」

「言ってたな」

「思い出すだけで死にたくなります」


 彼女は遠い目をした。


「でも、あの痛々しい時期があったから、今のスタイル(フリーランス)が確立できたのかなって。……今は、この甲冑も大鎌も、ただの『仕事道具』として愛せてます」


 彼女はスープを飲み干した。

 口の周りが少し黒くなっているが、気にせずにナプキンで拭った。

 かつては「孤高」を気取っていたが、今は「自立」した大人の顔だ。


『我ハ認メンゾ! 貴様ハもっとトガれ! 世界ヲ憎メ!』


 クロがまだ何か叫んでいる。

 彼女はクロの頭を撫でた。


「……こいつが私の『置いてきた過去』を背負ってくれてるのかも。……まあ、賑やかで悪くないです」


 彼女は微笑んだ。その笑顔は、憑き物が落ちたように穏やかだった。

 代金を払い、彼女は兜を被り直した。

 カチャリ。

 バイザーを下ろすと、一瞬で「仕事の顔」に戻る。


「……ごちそうさまでした。また来ます」


 引き戸を開けて出て行く背中には、以前のような無理な力みはなかった。

 ただ、その肩に乗ったカラスだけが、去り際にこちらを見て叫んだ。


『サラバダ、光ノ住人ヨ! マタ会オウ、混沌ノディナーデナ!』

「……お疲れさん」


 俺は空になった真っ黒なドンブリを洗った。

 黒胡麻の残り香。

 人は成長する。

 黒歴史を笑い話にできるようになった時、本当の意味で大人になるのかもしれない。


「さて」


 俺は残った黒胡麻ペーストを片付けた。

 あのカラス、口調はアレだが、全部きれいに舐め取って食ってたな。

 案外、いいコンビなのかもしれない。


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