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沈黙のパントマイマーとやかましい関西妖精


 深夜一時。

 遠くから、何か喚き散らすような甲高い声が近づいてきた。


「せやから言うてるやんか! そこは右ストレートやなくて、もっとこう、ドーン!と行ってバーン!やろ!? なんでそこで遠慮すんねん! アホちゃうか自分!」


 暖簾が勢いよく開いた。


「まいど! 大将、やってるか!?」


 飛び込んできたのは、たこ焼きに手足が生えたような、真ん丸で茶色い妖精だった。

 その直後、一人の少女が音もなく入店し、深々と一礼した。

 黒と白のモノトーンの衣装に、道化師ピエロのようなメイクをした魔法少女。

 空間操作系魔法少女、「サイレント・マイム」。

 彼女は一言も発さず、妖精の隣に座ると、スッと手を上げて「2」の指を作った。


「おう、いらっしゃい。……賑やかな連れだな」


 俺が言うと、たこ焼き妖精がカウンターをバンバン叩いた。


「賑やかてなんやねん! ワシはこいつのマネージャー兼ツッコミ担当の『タコ八』や! こいつがダンマリ決め込む根暗やから、ワシが代わりに喋ったってるんや! 感謝せえよホンマ!」


 マイムは無表情のまま、タコ八の頭を指先でデコピンした。


 パチンッ!


「痛っ!? 何すんねんボケ! ……あー、すんません大将。こいつ、『腹減ったから早よ注文聞け』言うてますわ」

「……デコピン一つでよくそこまで読み取れるな」


 俺はマイムに聞いた。


「で、注文は?」


 マイムは俺を見つめ、パントマイムを始めた。

 両手でどんぶりを持ち、箸で麺を掴む動作。そして、何かをドボドボと注ぎ、激しくかき混ぜるジェスチャー。

 最後に、自分の腹をつまんで「ブヨブヨ」という動きを見せた。


「……なるほど。『スープのない麺』で、『タレと油を絡めるやつ』で、『カロリーが高いやつ』か」

「正解や! よう分かったな大将! こいつのオーダーは『油そば』や! しかも背脂ギトギトのやつな!」


 マイムがコクコクと頷き、サムズアップした。

 俺は極太麺を茹で始めた。

 茹で時間は長めの七分。

 その間に、丼の底に特製の醤油ダレと、ラード、鶏油チーユをたっぷりと注ぐ。

 さらに、煮込んでドロドロになった背脂(チャッチャ系)を、親の仇のように振りかける。

 茹で上がった熱々の極太麺を湯切りし、丼へドーン!

 具材は角切りチャーシュー、メンマ、ネギ、海苔、そして中央に生卵の黄身を落とす。

 仕上げに、マヨネーズと、フライドガーリックを山盛りに。


「へい、特製・背脂マシマシ油そばだ。……よく混ぜて食えよ」


 ドンブリからは、醤油とニンニク、そして油の暴力的な香りが立ち上る。

 カロリーの爆弾だ。

 マイムは割り箸を割ると、目にも止まらぬ速さで天地返し(麺と具をひっくり返す技)を行った。

 グチャグチャグチャッ!

 タレと油と卵が乳化し、麺にねっとりと絡みつく。

 彼女は麺をリフトアップし、一気に啜った。

 ズゾゾゾゾゾッ!!!

 豪快な吸引音。無口なキャラ設定が崩壊するほどの音だ。


「うわっ、汚なっ! お前、嫁入り前の娘がそんな音立てて食うなや!」


 タコ八が横から野次を飛ばす。

 マイムは無視して、口の周りをテカテカにしながら食べ続ける。


 モグモグ、ズゾゾッ


 濃厚なタレと背脂の甘み、極太麺のモチモチ感。

 彼女の目がカッと見開き、恍惚の表情を浮かべる。

 そして、テーブルの上の「お酢」と「ラー油」を手に取り、ドバドバとかけた。


「かけすぎや! 味覚バカかお前は! 酸っぱ辛いのがええんか知らんけど、加減ちゅうもんを……」


 マイムはタコ八の口に、メンマをねじ込んだ。


「んぐっ!? ……ん、なんやこのメンマ。味染みてて美味いやんけ……」


 タコ八が黙った隙に、マイムはラストスパートをかけた。

 残ったタレにご飯(追い飯)を投入し、レンゲで綺麗にかき込む。

 完食。

 マイムは空になった丼を置き、満足げに息を吐いた。

 そして、懐からメモ帳を取り出し、サラサラと何かを書いて俺に見せた。


 『美味しかったです。明日からダイエットします』

「嘘つけ! お前それ先週も言うてたやろ! プラマイゼロどころかプラスや!」


 タコ八がツッコミを入れると、マイムは冷ややかな目でタコ八を見つめ、両手で「箱」を作るパントマイムをした。

 そして、その箱の中にタコ八を閉じ込めるフリをして、見えない壁で押し潰す動作をした。


「やめろ! パントマイムで『圧縮プレス』を表現すな! リアルに圧迫感あるからやめろ! 死ぬ! 中のあんこ出る!」


 タコ八が空中で藻掻き苦しむ。

 本当に見えない壁があるかのように、タコ八の体がひしゃげていく。

 高度すぎる魔法の使い方だ。


 ていうか、お前中身あんこかよ。


 ひとしきりタコ八を虐めた後、マイムは財布から代金を出し、深々と頭を下げた。

 そして、帰り際。

 彼女は俺の方を振り返り、ニッコリと笑って、口パクで何かを言った。

 声は出していない。だが、俺にははっきりと読めた。


 『うるさくてごめんなさい』


 彼女はタコ八の足を掴んで、宙ぶらりんのまま引きずって帰っていった。


「離せ! 頭に血が上る! おいコラ無視すんな! 聞いてんのかワレ!」


 関西弁の悲鳴が遠ざかっていく。


「……いいコンビじゃねえか」


 俺は空になった、油でギトギトの丼を洗った。

 洗剤を大量に使わないとヌメリが取れない。

 無口なボケと、騒がしいツッコミ。

 漫才のような夜だった。


「さて」


 俺は床に落ちたフライドガーリックを掃いた。

 あの子、最後の一言だけは、タコ八を通さずに自分で伝えたかったんだろうな。


 ま、あんなにニンニク食った後じゃ、喋らなくて正解かもしれんが。


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