魔女たちの非番(オフ)と、屋台のアフタヌーンティー
日曜日の午後三時。
普段なら仕込みの時間だが、今日の屋台には『貸切』の札が下がっていた。
カウンターには、真っ白なテーブルクロス(実は防汚加工された工業用シート)が敷かれ、その上には俺が徹夜で溶接して作った「三段ケーキスタンド」が鎮座している。
「……おじさん、すごーい! 本物のアフタヌーンティーだ!」
歓声を上げたのは、青いドレスアーマー姿のラピス・ナイトだ。
今日の幹事である彼女は、変身したまま来店している。
「すごいでしょう? ここの大将、スイーツの腕は星三つなんだから!」
彼女が連れてきたのは、三人の魔法少女たち。
一人は、パーカーにジャージ姿で、目の下に隈を作った陰気な少女。ネオン・グリッチ(変身解除済み)。
「……眩しい。日光が痛い。……でも、甘い匂いがするから許す」
もう一人は、真っ赤な包帯と拘束衣を纏い、背中に魔剣を背負ったままのクリムゾン・ベルセルク(変身中)。
「……茶会だと……? 血ではなく、茶を啜るのか……?」
彼女は鋭利な爪のカチャカチャ鳴る手で、壊れ物を扱うようにティーカップを凝視している。
そして最後の一人は、帽子を目深に被り、伊達眼鏡をかけた清楚な私服の少女。プリズム・ハート(変身解除済み)だ。
「……ふふ。こういう集まり、憧れてたんです。今日は『仕事』抜きで楽しみましょう」
変身している者、していない者。
普段は所属も戦う場所も違う彼女たちが集まる、秘密の「オフ会」だ。
「いらっしゃい。……貴婦人の皆様。紅茶はアールグレイでいいか?」
俺がポットを高々と持ち上げ、カップに注ぐと、ベルガモットの爽やかな香りが広がった。
そして、主役のケーキスタンドに料理を並べていく。
「下段は、軽食。特製チャーシューとキュウリのサンドイッチ、それに海老蒸し餃子のパイ包みだ」
ラーメン屋の具材をアレンジした、中華風と英国風のハイブリッド。
「中段は、スコーン。プレーンと、紅茶葉入りの二種類。……クロテッドクリームと、あまおうのジャムをたっぷりつけてくれ」
そして、最上段。
「上段は、スイーツ。一口サイズの杏仁タルト、マンゴープリンのグラス、そしてマカロンだ」
色とりどりの菓子が並ぶと、屋台の中が一気に華やいだ。
「わぁっ……!」
ネオンがスマホを取り出し、無言で連写を始めた。
ベルセルクがゴクリと喉を鳴らす。
プリズムが目を輝かせる。
「いただきまーす!」
ラピスの号令で、女子会が始まった。
ベルセルクが、鋭い爪で器用にサンドイッチを摘んだ。
「……美味い。……肉が柔らかい……」
彼女は魔剣を足元に置き、小指を立てて紅茶を啜った。見た目は凶悪だが、所作は意外と優雅だ。
ネオンはスコーンを割り、クリームを山のように乗せた。
「……んふっ。カロリーの味がする。……これ、アーカイブに残したい味」
彼女はパーカーのフードを少し緩め、幸せそうに頬張った。
プリズムは、マカロンを口に運びながら、変身しているラピスに聞いた。
「ラピスさんは、今日は変身解かないんですか?」
「あー、私? 私はこの鎧の方が落ち着くんですよねぇ。それに、もし怪獣が出てもすぐ飛び出せるし!」
「真面目ですねぇ。私は今日、スイッチ完全にオフです。……あ、この杏仁タルト、絶品!」
会話は、平和そのものだった。
必殺技の燃費の話、最近の怪獣のトレンド、上司への愚痴、そして恋バナ(全員「出会いがない」で一致)。
戦場では背中を預け合う彼女たちも、ここではただの女子の集まりだ。
俺は紅茶のおかわりを注ぎながら、彼女たちの手元を見た。
ベルセルクの爪が、カップに当たってカチカチ鳴る。
ネオンがタブレットをスタンドの横に置き、通知を気にしている。
プリズムが眼鏡の位置を直す指には、ペンだこがある。
「……大将」
ラピスがスコーンを頬張りながら言った。
「このスタンド、よく見るとすごく頑丈ですね。……これ、素材は何ですか?」
「ああ、それは廃材のステンレスパイプと、戦車用の装甲板の余りだ。旋盤で削り出した」
俺が答えると、全員が爆笑した。
「やだー! 装甲板のケーキスタンドなんて聞いたことない!」
「……防御力が高そうだな……」
「さすが大将、無駄にスペックが高い!」
笑い声が屋台に響く。
ふと、ベルセルクがポツリと言った。
「……こういう時間があるから、また地獄に戻れるんだよな……」
その言葉に、全員が静かに頷いた。
甘い菓子と、温かい紅茶。そして、同じ境遇の仲間との他愛のない会話。
それが、彼女たちの精神を浄化する一番の薬なのだ。
二時間後。
スタンドの皿は綺麗に空になった。
「ごちそうさまでした!」
「……最高だった……」
「また明日から頑張れます」
彼女たちは代金を割り勘で払い(ベルセルクだけは金貨で払おうとして止められた)、それぞれの帰路についた。
変身している者も、していない者も、その足取りは来た時よりも軽やかだった。
「……たまには、こういうのも悪くないな」
俺は空になったケーキスタンドを片付けた。
装甲板で作ったスタンドは、少しも歪んでいない。
「さて」
俺はテーブルクロスを剥がし、いつもの赤いカウンターに戻した。
夜になれば、ここはまた「ラーメン屋」に戻る。
だが、店内に残る甘い香りは、しばらく消えそうになかった。




