妖精たちの裏会議と、一口サイズのおつまみ盛り合わせ
深夜二時。
今夜、人間の客は一人もいない。
その代わり、カウンターの上には小さな客たちがズラリと並んでいた。
近くの公民館で「魔法少女合同戦略会議」が開かれており、パートナーである彼女たちが真面目な話(または喧嘩)をしている間、暇を持て余した妖精たちがここへ流れてきたのだ。
「……やってられんわい」
一番端で重たい息を吐いたのは、老紳士妖精、ゲンじいだ。おしぼりを座布団代わりにして座り、湯呑に入ったホットミルクをちびちび啜っている。
「ウチのリオの馬鹿娘ときたら、また壁を壊しおった。修理費の請求書を見るたびに、ワシの胃に穴が開きそうじゃ……」
『同意。我がマスター、ネオンもハードウェアへの負荷を軽視しすぎです』
隣で無機質に答えたのは、電子妖精、ピクセルだ。
彼はUSBケーブルをコンセントに挿し、充電しながら、冷却用の氷枕に座っている。
『先日も、排熱処理が追いつかず、私のサーバー領域で目玉焼きを焼こうとしました。非論理的です』
「あんたたちはまだマシよぉ……」
やさぐれた声でテーブルを叩いたのは、貧乏トリオ、スカーレットの相棒である火トカゲの妖精、イグニスだ。
彼女は無料の「水」を煽りながら、虚ろな目をしている。
「ウチなんて、今日の会議の交通費もなくて、ここまで徒歩よ、徒歩! そのくせ、帰りに『限定ガチャ回したい』とか言い出すし……。私の鱗、また一枚売らなきゃ……」
地獄のような愚痴大会だ。
俺は苦笑いしながら、包丁を握った。
「まあ、そう腐るな。……特別メニューを出してやる」
相手は手のひらサイズの妖精たちだ。いつもの料理では大きすぎて食べられない。
俺はチャーシューの端っこを、五ミリ角のサイコロ状に細かく刻んだ。
それをバーナーで軽く炙り、脂を溶かす。
次に、味玉を崩し、黄身の部分だけを取り出して丸める。
缶詰のコーンと、茹でた枝豆を添える。
最後に、メンマの先っぽの柔らかい部分を極細に割いたものを乗せる。
小皿に盛り付ければ、妖精サイズの「豪華おつまみ盛り合わせ」の完成だ。
「へい。これなら手づかみでいけるだろ」
小皿をドンと置く。
妖精たちから見れば、サイコロチャーシューは厚切りステーキ、枝豆はスイカくらいのサイズ感だ。
「おおっ! これは気が利く!」
ゲンじいが目を輝かせ、サイコロチャーシューを抱え上げた。
かじりつく。
「……んん! 炙った香ばしさがたまらん! 肉汁がワシの老体に染み渡るわい!」
『分析。この黄身ボール、絶妙な塩加減と半熟度です』
ピクセルが味玉の黄身をスキャンし、小さなアームで口に運んだ。
『エネルギー充填率、一二〇%。……美味しい、と定義します』
「コーンだ! 甘いコーンだぁ!」
イグニスがコーンの一粒に抱きつき、涙を流しながら齧った。
「甘い……。砂糖の味がする……。久しぶりにカロリー摂取した気がする……」
小さな客たちは、それぞれの好物を夢中で頬張った。
食べている間だけは、パートナーの無茶ぶりも、貧乏生活も忘れられる。
「……しかし」
ゲンじいが枝豆の薄皮を剥きながら、しみじみと言った。
「あやつらも、ワシらがいなきゃ何一つできん未熟者じゃが……それゆえに、放っておけんのう」
『肯定。マスターの演算能力は低いですが、その直感と行動力は、私の予測アルゴリズムを超越することがあります』
ピクセルがホログラムの輝度を少し上げた。
「ま、ウチのバカも、ここ一番の火力だけは凄まじいからねぇ……。世話が焼けるけど、相棒ってのはそういうもんでしょ」
イグニスも、コーンを完食してニヤリと笑った。
文句は言うが、結局のところ、全員自分のパートナーが大好きなのだ。
その時、暖簾が開いた。
「おーい! ゲンじい! 会議終わったぞー! 帰って特訓だ!」
「ピクセル、どこ? 新しいウイルス見つけたからダイブするよ!」
「イグニスー! 空き缶拾いながら帰るわよー!」
賑やかな少女たちが迎えに来た。
妖精たちは顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめた。
だが、その表情は少し嬉しそうだ。
「ほれ、店主殿。釣りはいらんよ」
ゲンじいは、どこで拾ったのか、綺麗な「オニキスの欠片(魔石)」をカウンターに置いた。
人間界の通貨に換金すれば、そこそこの額になるはずだ。
「ごちそうさん!」
『感謝します』
「ありがとー! 生き返ったー!」
妖精たちはそれぞれのパートナーの肩やデバイスに飛び乗り、夜の街へと帰っていった。
嵐が去った後のような店内。
「……オニキスか」
俺は黒く輝く石を拾い上げた。
小さいが、純度は高い。
あいつらの絆みたいにな。
「さて」
俺は小皿を洗った。
人間だろうが妖精だろうが、美味いもん食って愚痴れば、また明日も頑張れるってもんだ。
俺は少しだけ残ったコーンを一粒、口に放り込んだ。
確かに、甘くて美味かった。




