表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/66

再来の氷結女王と、灼熱の四川麻婆豆腐


 深夜一時。

 急激に気温が下がった気がした。

 屋台の隙間風が、ナイフのように鋭く冷たい。

 コップの水面に、ピキリと薄い氷が張る。

 この現象を起こす客は、一人しかいない。

 暖簾が静かに開く。

 入ってきたのは、透き通るような銀髪と、氷の結晶のような瞳を持つ美女だった。

 Sランク魔法少女、「ダイヤモンド・ダスト」。

 以前、餡かけを食べに来た氷の女王だが、今の彼女はガチガチと歯を鳴らし、全身を小刻みに震わせていた。


「……いらっしゃい。また随分と冷えてるな」


 俺が声をかけると、彼女はカウンターに倒れ込むように座った。


「……死ぬ……。今日は、寒冷地仕様の怪獣で……ずっと氷点下三〇度の世界にいたの……」


 彼女は真っ白な息を吐き、涙目で俺を見た。


「……店主。……マグマみたいに、熱くて、辛いもの……ください……。冷たいのは絶対ヤダ……」


 低体温症寸前だ。

 彼女自身の冷気耐性は高いが、限度がある。


「よし。なら、とびっきりのヤツを行くぞ」


 俺は中華鍋を強火にかけた。

 たっぷりの油に、挽き肉を投入してカリカリになるまで炒める。

 そこに、豆板醤トウバンジャン甜麺醤テンメンジャン、そして刻んだ豆鼓トウチを加え、油が赤くなるまで香りを引き出す。

 鶏ガラスープを注ぎ、賽の目に切った豆腐と、ニンニクの葉を放り込む。

 グツグツと煮立たせ、水溶き片栗粉でとろみをつける。

 仕上げに、真っ赤なラー油を回しかけ、その上から「花椒ホアジャオ」をたっぷりと挽く。


「へい、本場四川の麻婆豆腐だ。……土鍋に入れてあるから冷めねえぞ」


 グツグツと沸騰する、地獄の釜のような深紅の液体。

 強烈な唐辛子の刺激臭と、花椒の爽やかな香りが、店内の冷気を吹き飛ばす。

 ダイヤモンド・ダストは震える手でレンゲを握り、ふーふーと息を吹きかけ、恐る恐る口に運んだ。

 熱々の豆腐と、激辛の餡。

 パクッ。


「……っ!?」


 彼女の目がカッと見開かれた。

 唐辛子の「ラー」の辛さと、花椒の「マー」の痺れ。

 その二つが、凍りついた神経をダイレクトに殴りつける。


「……からっ! 熱っ! ……でも、あったかい……!」


 彼女は涙目で、次々と激辛の塊を口に放り込んだ。

 胃袋の中で火が燃え広がる感覚。

 末端の血管が拡張し、失われていた血流が戻ってくる。

 白い肌に、みるみるうちに赤みが差していく。額からは汗が吹き出した。

 俺は彼女が汗だくになって麻婆豆腐と格闘している間に、彼女がカウンターに置いた杖、「フリージング・ロッド」に目をやった。

 以前来た時よりも、グリップ(持ち手)部分の霜が酷くなっている。


「……おい。その杖、前来た時は問題なかったが、冷気が逆流してないか?」


 彼女は激辛の刺激に喘ぎながら答えた。


「……はふっ、んぐ……。そうなんです……。出力を上げようとして、リミッターを外したら……持ち手まで凍っちゃって……」

「無茶しやがって。断熱処理が追いついてねえぞ」


 俺は杖を手に取った。

 素手で触ると、皮膚が張り付きそうなくらい冷たい。これじゃあ、自分の魔法で凍傷になる。


「……食ってる間に巻いてやる」


 俺は工具箱から、配管用の断熱テープと、テニスラケット用のグリップテープを取り出した。

 まず、冷気を遮断する発泡ゴム製の断熱テープをグリップの下地に巻く。

 その上から、吸汗性とグリップ力の高いテープを丁寧に巻き上げる。


「見た目は少し無骨になるが、これで冷気は指に伝わらねえ」


 さらに、杖の先端にある冷気放出ユニットのパッキンを確認し、シリコングリスを塗り直して気密性を高めた。

 完食した彼女は、汗を拭いながら杖を受け取った。

 握ってみる。

 冷たくない。むしろ、グリップテープの感触が温かい。


「……すごい。全然冷たくないわ」


 彼女は驚いたように杖を見つめ、それから俺を見た。

 その顔は、汗で艶やかに濡れ、健康的なピンク色に戻っていた。


「ありがとう、店主。……やっぱり、困った時はここに来るのが正解ね」


 彼女は代金を払い、外に出た。

 外気は相変わらず氷点下に近いが、今の彼女の体には、麻婆豆腐の熱と、杖の温もりが残っている。


「……ごちそうさま! 次は甘いものを食べに来るから!」


 彼女は晴れやかな笑顔で、夜の街へと駆けていった。


「……Sランクも楽じゃないな」


 俺は空になった土鍋を洗った。

 こびりついた赤い油。

 氷の女王だって、たまには溶けるほど熱くなりたい時もあるってことだ。


「さて」


 俺は自分のためにお茶を淹れた。

 少しだけ店の中が暖かくなった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ