鮮血の狂戦士と、ガーリック・ステーキライス
丑三つ時。
この界隈には、魔獣よりも恐ろしいモノが出没するという噂がある。
たとえば、今、俺の屋台の暖簾を血塗れの手で掴んでいる、この少女のように。
「……肉。……肉を、よこせ……」
地獄の底から響くような怨嗟の声。
現れたのは、全身を真紅の包帯と、ボロボロの拘束衣風の衣装で包んだ少女だった。
その顔色は、死人のように蒼白。
彼女は、身の丈ほどもある巨大な赤黒い魔剣を引きずり、カウンター席へと倒れ込んだ。
S級魔法少女、「鮮血の狂戦士」。
自身の血液を魔力に変換し、爆発的な攻撃力を生み出す「吸血機構」の使い手だ。
だが、今の彼女はただの重度の貧血患者にしか見えない。
「……いらっしゃい。輸血パックはないが、飯でいいか」
「……肉……。レアで……。あと、ニンニク……致死量りで……」
彼女はカウンターに突っ伏し、痙攣している。
限界突破の反動だ。
俺は冷蔵庫から、サシの入った牛サーロインの塊を取り出した。
まずは、ニンニク二房分をスライスし、多めの牛脂でキツネ色になるまで揚げる。
香ばしいガーリックチップを取り出し、その旨味が移った油で、白飯を炒める。
塩、胡椒、そして焦がし醤油。
強火で煽れば、黄金色のガーリックライスが完成する。
次に、主役の肉だ。
分厚く切り出したサーロインに、強めに塩胡椒を振る。
煙が立つほど熱した鉄板で、表面を一気に焼き固める。
ジュワァァァッ!!
メイラード反応によって生まれる、暴力的なまでの肉の香り。
中はレアの状態を保ちつつ、一口大にカットする。
それをガーリックライスの上に山盛りにし、仕上げにガーリックチップと青ネギ、そして特製のオニオンソースを回しかける。
「へい、特製ガーリック・ステーキライスだ。……血肉に変えろ」
ドンブリが置かれた瞬間、彼女の虚ろだった瞳に、捕食者の光が宿った。
「……頂く……!」
彼女は箸ではなく、フォークを突き刺し、肉と飯を同時に口へ放り込んだ。
咀嚼。
肉汁と脂、そしてニンニクの刺激が、枯渇した血管に染み渡る。
「……んぐっ、ぅぅ……ッ!!」
彼女の全身が微かに発光した。
急速な栄養補給により、強制的に自己再生が働いているのだ。
彼女は獣のように貪り食った。
蒼白だった頬に、見る見るうちに赤みが差してくる。
俺はその間、彼女が床に放置した魔剣を検分した。
柄の部分には、使用者の掌から血液を吸い上げるための棘が無数に生えている。
だが、その棘は赤黒く錆びつき、吸入口が血糊で詰まりかけていた。
「……おい。この魔剣、燃費が悪くないか?」
彼女はステーキを頬張りながら、忌々しげに頷いた。
「……んぐ。ああ……最近、吸われる量のわりに、火力が出ねぇんだ。……おかげで、立ちくらみが止まらねぇ」
「やっぱりな。流路が詰まってるせいで、無駄に圧力がかかって、必要以上の血を吸い上げちまってる」
俺は厨房の奥から、医療用の洗浄液と、極細のブラシを取り出した。
「飯を食ってる間に、循環系を掃除してやる」
俺は魔剣の柄を分解し、凝固した血液を丁寧に除去した。
さらに、吸入量を調整する弁をいじり、効率重視の設定に書き換える。
「……リミッターを少し絞ったぞ。これで攻撃力は五%落ちるが、血液消費量は三〇%カットだ。……長期戦なら、こっちの方が総ダメージは出る」
完食した彼女は、磨き上げられた魔剣を手に取った。
柄を握りしめる。
ズズッ……
微かな吸血音と共に、刀身が真紅に輝き出した。
「……! 軽い……。血が持っていかれる感覚が、ほとんどねぇ……!」
彼女は驚喜し、魔剣を一度だけ空振った。
フォンッ!
空気が裂ける鋭い音。
「……へへっ。サンキュー、大将。これでまた、死ぬ気で暴れられるぜ」
彼女は口元のソースを拭い、不敵に笑った。
その瞳は、もはや死人のそれではない。生気に満ち溢れた、戦士の眼だ。
彼女は代金として、討伐報酬の魔導金貨を一枚弾いた。
「釣りはいらねぇ。……次に来る時まで、ニンニクの在庫を切らすなよ?」
彼女は魔剣を担ぎ、夜の闇へと消えていった。
「……たく、命知らずな奴だ」
俺は空になったドンブリを洗った。
鉄板に残る、焦げた脂とニンニクの残り香。
血を流して戦う彼女たちには、綺麗事のフレンチよりも、こういう血生臭い飯の方がお似合いなのかもしれない。
「さて」
俺は換気扇を最大出力にした。
この匂いにつられて、また腹を空かせた魔法少女がやってくるかもしれんからな。




