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電脳の没入者(ダイバー)と、禁断の夜食パフェ


 午前三時。

 屋台の周囲の空間が、唐突にノイズを起こした。

 バババッ、ザザッ……。

 風景がモザイク状に歪み、次の瞬間、カウンター席に一人の少女が「転送」されてきた。

 物理的な移動ではない。ネットワークからの強制ログアウトによる実体化だ。


「……あー、クソ。ラグが酷い。回線弱すぎだろ、このエリア……」


 現れたのは、全身がゲーミングPCのように七色に発光する衣装を纏った少女だった。

 目の下には深い隈。指先は常に虚空のキーボードを叩くように動いている。

 電脳空間専門の魔法少女、「ネオン・グリッチ」。

 物理攻撃力は皆無だが、ネットワークに侵入するウイルス型怪獣を駆除する、縁の下の力持ちだ。

 彼女の目の前に、小さなホログラムウィンドウがポップアップした。

 そこに映っているのは、ドット絵の粗いアバターのような妖精だ。


『警告。マスターの脳内糖分レベルが危険域です。思考プロセスに遅延が発生中。直ちに糖分を補給してください』


 無機質な合成音声。彼女の相棒、妖精の「ピクセル」だ。


「……うるさいなぁ、分かってるよ。……おじさん。何か、甘いやつ。脳みそが溶けるくらい甘くて、冷たいやつ」


 彼女は気だるげに注文した。


「……パフェとか、できる?」

「一応、ラーメン屋だぞ」

「……だよね。じゃあ、甘い缶コーヒーでい――」

「――だが、材料はある」


 俺はニヤリと笑い、冷蔵庫の奥から、業務用のバニラアイスの巨大なパックを取り出した。

 本来はまかない用だが、こういう事態も想定していた。

 ビールジョッキを取り出し、底にコーンフレークを敷き詰める。

 その上に、バニラアイスをディッシャーで三つ、山盛りに乗せる。

 さらに、缶詰のフルーツミックス、小豆の缶詰をドサッとかける。

 仕上げに、チョコソースとキャラメルソースを網目状にかけ、スプレー式のホイップクリームをタワーのように絞り出す。頂点に真っ赤なチェリーを乗せて完成だ。

 カロリーの暴力。深夜に食べてはいけないものNo.1。


「へい、特製ジャンボパフェだ。……脳みそ、溶かしてくれ」


 ネオンは目を丸くした。


「……マジ? ここ、ほんとにラーメン屋?」

『解析不能。屋台屋の厨房機器から生成されるメニューとは到底思えません』


 ピクセルも混乱している。

 ネオンは長いスプーンを掴み、アイスの山を崩した。


 パクッ


 冷たさと、強烈な甘さが脳天を突き抜ける。


「……んんっ! キタ! 脳にクル!」


 彼女はスプーンを止められなくなった。

 ホイップクリームとチョコソースが絡まったコーンフレークをかき込む。

 疲労した脳が、ブドウ糖を渇望しているのだ。

 彼女の瞳の光が、少しずつ強くなっていく。

 俺はその間、彼女がカウンターに置いた厚手のタブレット型デバイス「サイバー・デッキ」に目をやった。

 冷却ファンが悲鳴のような音を上げ、排熱口から熱風が出ている。


「……おい。そのデッキ、熱暴走寸前だぞ」

『肯定。連続した高負荷演算により、CPU温度が限界値を超えています。このままでは物理的破損の可能性があります』


 ピクセルが冷静に報告した。

 ネオンはパフェを食べながら面倒くさそうに言った。


「……だって、敵のウイルスが自己増殖型でさ。処理が追いつかないんだもん。オーバークロックするしかないじゃん」


 俺はため息をつき、厨房からあるものを取り出した。

 以前、冷蔵庫の修理に使った、強力な外付け冷却ファンと、熱伝導シートだ。


「……ちょっと貸せ。食ってる間に冷やしてやる」


 俺はデッキの裏蓋を開けた。

 中は埃だらけで、配線もスパゲッティのように絡まっている。


「うわ、ひでぇな。これじゃ空気も通らねえ」


 俺はエアダスターで埃を吹き飛ばし、絡まった配線を結束バンドで綺麗にまとめた。

 そして、熱伝導シートをCPUに貼り付け、その上から外付けファンを強引に取り付けた。

 電源を入れる。


 ブォォォォン!!


 工事現場のような音がするが、排熱効果は抜群だ。デッキの温度がみるみる下がっていく。


『報告。CPU温度、正常値まで低下。処理速度が三〇%向上しました。……店主の技術力に驚嘆します』


 ピクセルのドット絵が、驚きの表情に変わった。


「物理的なメンテも大事ってことだ」


 巨大なパフェを完食したネオンは、冷えたデッキを手に取った。


「……嘘、めっちゃ軽い。サクサク動く」


 彼女は空中で指を走らせ、ホログラムウィンドウを展開した。

 先ほどまでカクついていた表示が、滑らかに動く。


「……すごい。これなら、あのウイルスも次も来た時、速攻で駆除できるかも」


 彼女は満足げに息を吐き、代金を置いた。


「ありがとう、おじさん。……パフェ、マジで神だった」


 彼女は立ち上がり、再び空間にアクセスした。


「ピクセル、行くよ。リブート!」

『了解。ダイブシークエンス起動』


 ザザッ……シュン!


 彼女の姿は、ノイズと共に電子の海へと消えていった。


「……便利な世の中になったもんだ」


 俺は空になったジョッキを洗った。

 甘ったるいチョコとクリームの匂い。

 目に見えない場所で、目に見えない敵と戦う連中がいる。

 彼女たちに必要なのは、熱いラーメンよりも、脳を癒やす甘い毒なのかもしれないな。


「さて」


 俺はアイスの残量を確認した。


 またあの娘が来た時のために、コーンフレークも補充しておかないとな。


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