修復士の深夜残業と、厚切り豚の生姜焼き
深夜二時半。
怪獣警報は解除され、街は静寂を取り戻していた。
だが、俺の屋台の引き戸を開けた客は、まるでこれから戦場に向かうかのように、全身が真っ白な粉にまみれていた。
「……いらっしゃい。雪でも降ってきたか?」
俺が冗談めかして言うと、彼女は力なく首を横に振った。
「……コンクリの粉です。あと、漆喰と、瓦礫の埃」
現れたのは、作業着のようなベストに、ヘルメット型のヘッドギアを装着した少女だった。
手には武器ではなく、巨大な「魔法左官コテ」と、背中にはタンクのようなものを背負っている。
戦闘後の破壊された街を魔法で直す、復旧部隊所属の魔法少女、「アーキテクト・マイ」。
彼女は埃を払う気力もないようで、そのまま丸椅子に座り込んだ。
「……はぁ。今日も派手に壊してくれたなぁ、あのバカ戦闘部隊……」
彼女は深いため息をついた。
「ビルの壁面に大穴あけて『勝利のポーズ』とか、マジ勘弁してほしい……。その穴を埋めるのが誰だと思ってんのよ……」
非戦闘系の魔法少女は、世間ではあまり知られていない。
怪獣を倒すのが「花形」なら、彼女たちはその後の「後始末」を一手に引き受ける裏方だ。
「……腹は減ってるか」
「ペコペコです。……体力勝負なんで、肉を。ガッツリした肉をください」
彼女は虚ろな目で訴えた。
「ビタミンB1と、タンパク質と、炭水化物を……大量に……」
俺は冷蔵庫から、豚ロースのブロック肉を取り出した。
薄切り肉ではない。ステーキのような厚さに切り出す。
筋切りをして、小麦粉を薄くまぶす。
フライパンで両面をこんがりと焼く。脂の焼けるいい匂いが広がる。
そこに、すりおろしたたっぷりの生姜、醤油、みりん、酒を合わせた特製ダレを一気に回しかける。
ジュワアアアアッ!!!
強烈な生姜の香りと、焦げた醤油の香ばしさが店内の空気を支配する。
タレを煮詰め、肉にしっかりと絡める。
山盛りの千切りキャベツを添えた皿に、肉をドサッと乗せ、フライパンに残ったタレをキャベツごとぶっかける。
丼飯と、わかめスープを添えて。
「へい、厚切り豚の生姜焼き定食だ。……マヨネーズは?」
「かけます! たっぷりと!」
彼女は割り箸を割り、マヨネーズを肉とキャベツに絞り出した。
そして、分厚い肉を一切れ、白飯にワンバウンドさせてから口に放り込む。
ガブリ、ムシャムシャ
肉の弾力、生姜の辛味、タレの甘辛さ、そして脂の甘み。
「……んん〜っ!!」
彼女が生き返ったような声を上げた。
「……うまい! 濃い! 疲れた体に染み渡るぅ!」
彼女は肉を追いかけるように白飯をかき込んだ。
タレの染みたキャベツだけでも飯がいける。
彼女は一心不乱に箸を動かした。埃まみれの顔に、少しずつ赤みが戻ってくる。
俺はその間、彼女がカウンターの脇に立てかけた「魔法左官コテ」と、背中のタンクに目をやった。
コテの表面には魔力伝導ラインが走っているが、その光が明滅し、不安定だ。
「……おい。そのコテ、調子悪くないか?」
彼女は飯を頬張りながら頷いた。
「んぐっ……そうなんですよ。最近、『速乾セメント』の出が悪くて。コテの滑りも悪いし、塗りムラができちゃうんです」
彼女は悔しそうに言った。
「私の魔法は『修復』。壊れた壁を元通りにするだけ。……でも、道具がこれじゃ、どうしても継ぎ目が残っちゃう。戦闘部隊の子たちには『別に直ればいいじゃん』って言われるけど……私はプロとして、完璧に直したいんです」
俺はコテを手に取り、表面を指でなぞった。
ザラザラしている。
「……こりゃ酷い。魔力コーティングが剥げて、硬化したセメントのカスがこびりついてる」
俺は背中のタンクも見分した。
「それに、タンクの混合比設定がおかしい。硬化剤が多すぎて、コテ先に出る前に固まりかけてるぞ」
これじゃあ、どんなに技術があっても綺麗には塗れない。
「……飯食ってる間にメンテしてやる」
俺は厨房から、耐水ペーパーと、フッ素樹脂のスプレーを取り出した。
「えっ? 店主さん、直せるんですか?」
「俺は元・大和重工の開発・営業だ。土木用魔導重機の設計もやったことがある」
俺はコテの表面を研磨し始めた。
こびりついた汚れを削ぎ落とし、鏡のように磨き上げる。
そこに、高耐久のフッ素コーティングを施し、熱処理で定着させる。
これで摩擦係数はゼロに近い。どんな粘度のセメントでもスルスル伸びるはずだ。
さらに、タンクのバルブを調整し、硬化剤の混合タイミングを〇・五秒遅らせる設定に変えた。
「これで、塗った瞬間に固まるんじゃなく、塗って伸ばしきった直後に固まるようになる。……仕上げ(ナラシ)の時間が稼げるはずだ」
完食した彼女は、ピカピカになったコテを受け取った。
試しに、空中でコテを滑らせてみる。
ヒュッ。
風を切る音が軽い。
「……すごい。重さが消えたみたい」
彼女はタンクのゲージも確認した。
「混合比もバッチリ……! これなら、継ぎ目なしの一枚壁が作れます!」
彼女は満面の笑みで、生姜焼きのタレが少しついた口元を拭った。
「ありがとうございます! ……なんか、やっと報われた気がします」
彼女はコテを愛おしそうに撫でた。
「誰も見てないかもしれないけど、明日の朝、みんなが『あれ? ここ壊れてなかったっけ?』って首をかしげるくらい、完璧に直してきます!」
彼女は代金を払い、元気よく店を出て行った。
その背中は、派手な戦闘用魔法少女たちよりも、ずっと職人らしく、頼もしく見えた。
「……破壊より再生の方が、何倍も難しいんだがな」
俺は空になった皿を洗った。
生姜の力強い香り。
誰かが壊した日常を、誰かが夜のうちに直している。
当たり前の朝が来るのは、ああいう「裏方」のおかげだ。
「さて」
俺は換気扇を回した。
明日もまた、この街は平気な顔をして朝を迎えるだろう。
継ぎ目のない、綺麗な壁と一緒に。




