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終わった街のふたりと、味噌すいとん


 しんしんと、雪が降っていた。

 季節外れの雪だ。魔力汚染が生んだ異常気象らしい。

 午前三時。夜明け前だが、空は分厚い雲に覆われ、世界は灰色のままだ。

 俺は寸胴の湯気が、白い闇に吸い込まれていくのを眺めていた。

 ここは第七〇三廃棄指定区画。

 かつて激戦があり、住民が全員退去し、今は瓦礫だけが残るゴーストタウンの境界線。

 キュルルルル……プスン。

 雪を踏む音と、くたびれたエンジンの音が止まった。

 暖簾の向こうに、サイドカー付きの魔導バイクが停まったのが見えた。

「……着いた」

「……お店、あったんだ」

 抑揚のない、静かな二つの声。

 暖簾をくぐって入ってきたのは、分厚いコートを着込み、近代的なデザインのヘルメットを被った二人の少女だった。

 背の高い方は、丸い眼鏡をかけている。

 背の低い方は、小銃を肩から下げている。

 彼女たちは「廃棄区画監視員」。誰もいない街を、ただひたすら巡回し、新たな怪獣の発生がないか記録するだけの、終わりのない任務に就いている。

「いらっしゃい。……寒い中、ご苦労さん」

 俺が声をかけると、二人はのっそりとカウンターに座った。

「……ん。寒い」

 小銃を持った少女が、凍えた手をこすり合わせた。

「おじさん。何か、温かい汁物。……あと、腹にたまるやつ」

「……予算は、これだけ」

 眼鏡の少女が、小銭入れから数枚の硬貨を並べた。少ない。

 俺は頷き、小麦粉を取り出した。

 水で溶き、少し塩を加えて練る。耳たぶくらいの硬さになるまで。

 鍋には、大根、人参、ゴボウ、里芋を煮込んだ味噌仕立ての汁。

 そこに、スプーンですくった生地を、ぽとん、ぽとんと落としていく。

 生地が熱い汁の中で踊り、白く膨らんでいく。

 最後に長ネギを散らし、七味唐辛子を振る。


「味噌すいとんだ。……肉はないが、温まるぞ」


 ドンブリを出すと、二人は湯気の向こうで目を細めた。


「……白い」

「……丸い」


 二人はレンゲで、不格好な小麦粉の団子すいとんをすくった。

 ふうふう、と息を吹きかけ、口に運ぶ。


 ハフッ


 モチモチとした食感。噛むほどに小麦の甘みが広がり、濃いめの味噌スープが体に染み渡る。


「……ん。おいしい」


 小銃の子が、ぽつりと言った。


「……あったかいね」


 眼鏡の子が、眼鏡を曇らせながら同意した。

 二人は、黙々と食べた。

 カチャ、カチャ、とレンゲが器に当たる音だけが、静かな店内に響く。

 俺は鍋を混ぜながら、外の雪景色を見た。


「……あっち(廃棄区画)は、どうだ」


 俺が聞くと、眼鏡の子が汁を飲み込んでから答えた。


「……何も。怪獣もいない。人もいない。建物が崩れる音だけ」

「……あと、雪がいっぱい」


 小銃の子が付け足した。


「……そうか」


 平和と言えば平和。虚無と言えば虚無。

 彼女たちは、戦う相手もいない戦場で、ただ世界が終わっていることを確認し続けている。


「……ねえ、おじさん」


 小銃の子が、すいとんを咀嚼しながら言った。


「……戦争って、終わったんだっけ?」

「……終わった地区もあれば、まだの地区もある」


 俺は答えた。


「お前さんのところは、もう終わったんだよ」

「……そっか。じゃあ、私たちは何をしてるんだろうね」

「……記録」


 眼鏡の子が短く言った。


「人がここで生きていたことを、誰かが忘れないように」


 彼女は、カウンターに置いた古いカメラのような魔導具を撫でた。

 そのレンズはひび割れ、テープで補修されている。

「……おい。その記録機、レンズが曇ってるぞ」

 俺が指摘すると、眼鏡の子はあきらめたように首を振った。

「……内側が結露してる。もう直せない」

「貸してみな」

 俺は記録機を受け取った。

 旧式の『メモリー・キーパー』。

 俺は工具箱から、乾燥剤とシーリング材を取り出した。

 分解し、レンズの内側の湿気を飛ばす。

 劣化したゴムパッキンを剥がし、新しいシーリング材を充填する。


「……湿気対策をしておく。これで、雪の中でもクリアに撮れる」


 俺はレンズを磨き上げ、彼女に返した。

 彼女はファインダーを覗いた。


「……見える。お店のホコリまで」

「ホコリは余計だ」


 彼女は微かに口元を緩め、パシャリ、と俺と、隣で食べている相棒を撮った。

 ガラケー写真のような、時代を感じる静かな写真が出てきた。

 完食した二人は、最後の一滴まで汁を飲み干した。


「……ごちそうさま」

「……満タンになった」


 二人はヘルメットを被り直し、再び分厚いコートの襟を立てた。

 外はまだ、灰色の雪が降り続いている。

「……行こうか」

「……うん。明日も平和だといいね」

 二人はバイクに乗り込んだ。

 エンジンがかかる。トトトトト……と、頼りなくも優しい音が響く。

 魔導バイクは雪の中へと消えていった。

 後には、二本のタイヤの跡だけが残された。

 それもすぐに、新しい雪に埋もれて消えるだろう。


「……絶望と仲良くするのも、才能か」


 俺は空になったドンブリを洗った。

 小麦粉と味噌の、素朴な匂い。

 何もなくても、温かい飯と、隣に誰かがいれば、それで生きていける。

 それはある意味、最強の魔法少女かもしれないな。


「さて」


 俺はラジオのボリュームを少し上げた。

 ノイズ混じりのクラシック音楽が、静寂を優しく埋めていた。


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