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暴走特急と胃痛の老爺、とろ〜り甘酢天津飯


 深夜一時半。


 ドガガガッ!!


 静かな夜を切り裂くような着地音、屋台の暖簾がレールから外れんばかりの勢いで開けられた。


「大将ーッ! 腹減った! 死ぬ! 何か食わせてーッ!」


 飛び込んできたのは、全身傷だらけの少女だった。

 短パンにタンクトップ、その上にプロテクターをつけただけの軽装。

 両手には、コンクリートをも砕く巨大なガントレット「インパクト・ナックル」を装着している。

 格闘戦特化型魔法少女、「バレット・リオ」。

 彼女はカウンターの椅子に飛び乗るように座り、水をラッパ飲みした。


「……こらっ! お待ちなさい、リオ! 店では静かにと何度言えば……ゼェ、ゼェ……!」


 遅れて入ってきたのは、手のひらサイズの小さな妖精だった。

 白い髭を蓄え、小さなモノクルとベストを着用した、老紳士のような姿。

 だが、今は息も絶え絶えで、空中でヨロヨロとふらついている。


「……まったく、お主という子は……! 怪獣の群れに正面から突っ込む馬鹿がどこにおる! ワシの心臓がいくつあっても足りんわ!」

「うるさいなぁ、ゲンじい! 勝てばいいんだよ、勝てば!」

「勝ったから良いという問題ではない! あそこで回避行動を取らずに右ストレートを放つなど、自殺行為じゃ!」


 老妖精ゲンじいは、説教をしながらカウンターにへたり込んだ。


「……店主殿。すまぬが、この馬鹿娘の口を塞ぐものをくれんか。……あと、ワシには温かいお茶を……」

「いらっしゃい。……大変だな、爺さん」


 俺は同情しながら、中華鍋を熱した。

 この暴走娘には、早く出せて、かつ満腹になるものがいいだろう。

 ボウルに卵を三個割り入れ、カニカマ、ネギ、刻んだ椎茸を混ぜ込む。

 煙が出るほど熱した鍋に油を馴染ませ、卵液を一気に流し込む。


 ジュワァァァッ!!


 強火で一気にかき混ぜる。半熟ふわふわの状態を作るのが勝負だ。

 丼に盛った白飯の上に、その黄金色の卵を滑らせるように乗せる。

 別の鍋で、鶏ガラスープに醤油、酢、砂糖、ケチャップを合わせ、片栗粉でとろみをつけた「甘酢あん」を作る。

 とろ〜りとした熱々のあんを、卵の上からたっぷりとかける。


「へい、特製天津飯だ。……卵三個使ってるから精がつくぞ」


 リオはスプーンを握りしめ、ガツガツと食らいついた。


「んぐっ、あつっ! ……うまーい!!」


 酸味の効いたあんと、ふわふわの卵が、白飯と絡み合う。


「この酸っぱいのが食欲そそる〜! 卵ふわふわ! 飲み物みたい!」

「噛め! 飲み物ではない!」


 ゲンじいが横から叱るが、リオは聞く耳を持たない。

 彼女は嵐のような勢いでドンブリの中身を減らしていく。

 俺はその間、彼女がカウンターにガチャンと置いたガントレットに目をやった。

 指の関節部分から、オイルのようなものが漏れている。


「……おい。そのナックル、油漏れしてるぞ」


 リオは口の周りをあんでベタベタにしながら言った。


「あー、それ? 最近、パンチするたびに『ガキンッ』って変な音がすんだよね。あと手首が痛い」

「当たり前じゃ!」


 ゲンじいが声を荒げた。


「お主、硬い敵を殴る時に、インパクトの瞬間に手首を捻っておるじゃろ! あれはドリルの要領で貫通力を上げる高等技術だが、そのナックルは『打撃用』じゃ! 回転負荷には耐えられん!」


 俺はナックルを手に取り、シリンダー部分を確認した。


「……爺さんの言う通りだ。回転トルクでピストンが歪んでる」


 俺は言った。


「このままだと、次のパンチでお前の手首ごとナックルが爆発するぞ」

「ええっ!? マジ!?」


 リオが青ざめ、ゲンじいが「ほれ見たことか!」と頭を抱えた。


「……貸してみな。食ってる間に応急処置してやる」


 俺は工具箱から、ベアリングと高粘度グリスを取り出した。


「打撃と同時に回転を加えるなら、軸受け(シャフト)をフリーにする必要がある」


 俺はピストンの基部に、スラストベアリングを組み込んだ。

 これで、衝撃を受け止めつつ、回転力をスムーズに逃がすことができる。

 さらに、歪んだピストンを叩いて直し、クッションゴムを二重に入れた。


「これで回転パンチを撃っても、手首に負担はかからねえ。……ただし」


 俺は釘を刺した。


「無茶すれば、今度はひじがイカれるぞ。道具が良くなっても、体がついてこなきゃ意味がねえ」


 完食したリオは、修理されたナックルをはめた。

 手首を回してみる。


 クルクル……


 滑らかだ。引っかかりがない。


「……すげぇ! めちゃくちゃ回る! これならスクリューブロー撃ち放題じゃん!」


 彼女は目を輝かせてシャドーボクシングを始めた。


「こらっ! 店内で暴れるな!」


 ゲンじいが飛び上がり、リオの耳を引っ張った。


「いたたた! 分かった、分かったってば!」

「店主殿の忠告を聞いておったか! 調子に乗るでない!」


 リオは舌を出して笑い、代金を払った。


「サンキュー大将! これでまたガンガン行けるわ!」

「……はぁ。全く、寿命が縮むわい」


 ゲンじいは深いため息をつきながらも、どこか嬉しそうにリオの肩に乗った。


「行くぞ、リオ。明日は早朝訓練じゃ。基礎から叩き直してやる」

「えーっ! 勘弁してよ〜!」


 騒がしい二人は、夜の街へと消えていった。

 

「……いいコンビだ」


 俺は空になったドンブリを洗った。

 甘酸っぱいあんの香り。

 ふわふわの卵も、とろみのあるあんが包んでやらなきゃ、すぐに冷めちまう。

 あの爺さんがいりゃ、あのお転婆娘も、そう簡単には壊れないだろうさ。


「さて」


 俺は飛び散ったあんを拭き取った。

 次にあの娘が来る時は、肘のサポーターでも用意しておくか。


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