二世の重圧と、とろとろ半熟親子丼
深夜一時。
木枯らしが吹き荒れる寒い夜だった。
屋台の引き戸が、重たげに開いた。
「……こんばんは」
入ってきたのは、まだ中学生くらいの小柄な少女だった。
深紅のブレザー風の衣装。背中には、彼女の身長ほどもある巨大な両手剣を背負っている。
その剣は明らかに彼女の体格に見合っておらず、歩くたびに鞘が床を擦りそうになっていた。
彼女はカウンターに座ると、剣を降ろすこともなく、深くため息をついた。
「……おじさん。何か、温かくて……ホッとするもの、ある?」
その表情は、寒さのせいだけでなく、精神的な疲労で強張っていた。
「いらっしゃい。……なら、これだ」
俺は冷蔵庫から鶏肉を取り出した。
一口大に切った鶏モモ肉を、タマネギと一緒に特製の出汁で煮る。
醤油、みりん、酒、そして砂糖を少し多めに。甘辛い香りが立ち上る。
鶏肉に火が通ったら、溶き卵を二回に分けて回し入れる。
一回目はしっかり火を通し、二回目は余熱で半熟に仕上げる。
熱々のご飯の上に、とろとろの卵と鶏肉を滑らせるように乗せる。最後に三つ葉を散らして完成だ。
「特製・親子丼だ。……卵と鶏、離れられない縁の味だ」
ドンブリを置くと、少女は少しだけ目を見開いた。
「……親子、丼」
彼女はレンゲで、半熟の卵と鶏肉をすくい上げた。
口に運ぶ。
甘い出汁の味と、ふわふわの卵の食感。
「……ん。おいしい。……お母さんが作るのより、ちょっと甘いかも」
彼女は寂しそうに笑った。
「……私ね、『紅蓮の剣聖』の娘なの」
『紅蓮の剣聖』
二十年前、単騎でSクラス怪獣を斬り伏せた伝説の魔法少女だ。今は引退し、後進の指導にあたっていると聞く。
「……やっぱりな。その背中の大剣、『プロミネンス・ブレード』だろ。母親譲りか」
俺が指摘すると、彼女は俯いた。
「うん。お母さんが引退する時に、譲り受けたの。……でも、私には重すぎて」
彼女は自分の細い腕をさすった。
「みんな言うの。『お母さんはもっと凄かった』『剣聖の娘なのに、動きが鈍い』って。……私なりに必死に振ってるのに、お母さんの剣技には全然届かない」
彼女は親子丼の鶏肉を見つめた。
「……親は偉大すぎて、子はいつまでも半人前。……この丼みたいに」
俺は彼女が食べている間、背中の大剣を観察した。
刀身だけで三〇キロはある超重量級の魔剣だ。
かつての母親は、身長一七〇センチを超える恵まれた体格と、怪力でこれを振り回していた。
だが、目の前の娘は一五〇センチそこそこ。タイプが違う。
「……おい、お嬢ちゃん」
「なに?」
「お前、その剣を振る時、母親のフォームを真似してるな?」
彼女は頷いた。
「うん。お母さんに教わった通りの型で……」
「それが間違いだ」
俺は断言した。
「母親とお前じゃ、骨格も筋肉の質も違う。お母さんは『剛剣』だが、お前はバネのある『速剣』タイプだ。……母親の真似をしてちゃ、一生その剣に振り回されるぞ」
俺はカウンターを回り込み、大剣の柄を掴んだ。
「ちょっと借りるぞ」
俺は工具箱から六角レンチを取り出し、柄の底にあるウェイト調整ネジを回した。
「この剣にはな、使い手の重心に合わせるための調整機構がある。……お母さんはパワー重視で『剣先重心』にしてたが、お前の筋力じゃ遠心力に負ける」
俺は内部のバランサーを移動させ、重心を手元(グリップ側)に寄せた。
これで破壊力は落ちるが、操作性は劇的に向上する。
「……さらに、柄の太さだ」
俺は太すぎるグリップに巻かれた革紐を解き、薄手のグリップテープに巻き直した。
「手の小さいお前には、これが限界だ。……これで、剣がお前の手足になる」
親子丼を完食した彼女は、調整された大剣を背負い直した。
「……あれ?」
彼女は剣の柄に手をかけ、少しだけ引き抜いてみた。
ジャキンッ。
軽い。まるで重さが消えたようだ。
「……すごい。片手でも振れそう」
「それがお前の『適正』だ。……母親の影を追うな。お前はお前の剣を振ればいい」
彼女はハッとして、俺を見た。
「……私、の剣」
彼女は剣を鞘に納め、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! ……私、ずっとお母さんの背中ばかり見てました。でも、これからは自分の足元を見て戦います!」
彼女は代金を払い、店を出て行った。
その足取りは、来た時のような引きずるような重さはなく、軽やかだった。
「……親子丼、か」
俺は空になったドンブリを洗った。
親である鶏と、子である卵。
同じ丼の中にいても、それぞれ違う食感と役割がある。
親と同じになる必要なんてねえ。
とろとろの半熟には、半熟の良さがあるんだからな。
「さて」
俺は少し残った三つ葉を片付けた。
次の世代も、なかなか骨がありそうだ。




