表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/66

重工業の罪と罰、味の染みたおでん


 夜十時。

 店の前に、場違いな黒塗りのハイヤーが音もなく停車した。

 運転手が後部座席のドアを開ける。

 降りてきたのは、開発部の佐々木だった。だが、いつものような疲れたサラリーマンの顔ではない。背筋を伸ばし、緊張した面持ちで、車内からもう一人の人物をエスコートした。

 現れたのは、杖をついた小柄な老人だった。

 仕立ての良い和服に、羽織。白髪は綺麗に撫で付けられ、深く刻まれた皺の一つ一つに、年輪のような威厳と、隠しきれない哀愁が漂っている。

 大和重工・代表取締役会長、剛田ごうだ厳造げんぞう

 この国の防衛産業を牛耳る「重工業の神」とも呼ばれる男だ。


「……ここか、佐々木」

「は、はい。私の旧友が営んでいる屋台です」


 剛田会長は鋭い眼光で屋台を見渡し、そして俺と目が合った。


「……黒木か。久しぶりだな」

「……ご無沙汰しております、会長。まさかこんな吹きっさらしに来られるとは」


 俺は頭を下げた。俺が退社する時、最後に辞表を受理したのが、当時社長だったこの人だ。

 二人はカウンターに座った。

 剛田会長はメニューを見ず、静かに言った。


「……熱燗。それと、おでんを頼む。大根と、厚揚げ、それと牛すじだ」

「かしこまりました」


 俺はチロリで酒を温め、四角いおでん鍋から具材を取り出した。

 出汁は昆布と鰹節、そして鶏ガラを少し加えた特製つゆ。

 飴色になるまで三日間煮込んだ大根。箸がスッと通るほど柔らかい。

 出汁をたっぷり吸った厚揚げ。

 そして、トロトロになるまで煮込んだ牛すじ串。

 辛子を添えて差し出す。


「へい、おでんです。熱いのでお気をつけて」


 会長は猪口ちょこで酒を一口含み、ほう、と息を吐いた。

 そして、おでんの大根を箸で割り、口に運んだ。


 ジュワッ……


 口の中に広がる、優しく、深い出汁の味。


「……染みているな。芯まで」


 会長はポツリと言った。


「……佐々木から聞いていた通りだ。お前は、機械も料理も、丁寧に仕事をする」


 会長はゆっくりと食事を進めながら、独り言のように語り始めた。


「……四十年前。最初の怪獣災害が起きた時、私は資材調達部の部長だった」


 その目は、遠い過去を見ていた。


「大人は無力だった。通常兵器は通じず、唯一対抗できたのは、魔力適性を持つ十代の子供たちだけ……。国は彼女たちを徴用し、我々に『彼女たちの武器を作れ』と命じた」


 会長が握る箸が、微かに震えた。


「私は反対したんだ。『子供に武器を持たせるな』『大人が戦う方法を探すべきだ』とな。……だが、私の声は届かなかった。毎日増える犠牲者の数が、倫理を押し流した」


 彼は牛すじを噛み締めた。


「それ以来、大和重工は大きくなった。魔法少女の命を削るシステムを作り、それを売って利益を得る。……私は、死の商人だ」


 隣で佐々木が俯いた。それは、今の開発部も背負っている十字架だ。


「黒木。お前が会社を辞めた理由も分かっている。……『スペックのために安全性を犠牲にする』方針に耐えられなかったのだろう。……正しかったのは、お前だ」


 重苦しい空気が流れた。

 その時。

 ガララッ!

 暖簾が乱暴に開かれた。


「おじさーん! ちょっと見てよこれ!」


 入ってきたのは、顔馴染みの若手魔法少女だった。

 彼女はカウンターに、ひしゃげたシールドをドンと置いた。

 大和重工製の量産型シールド『イージス・ライト』だ。中央から無残に折れ曲がり、ボロボロになっている。


「さっきの戦闘で一発食らったら、真っ二つになっちゃった! マジ危なかったし! これ不良品じゃないの!?」


 佐々木が青ざめ、会長の顔が強張った。

 自社の製品が壊れ、あわや少女が死ぬところだったのだ。


「……申し訳ない。やはり、我々の技術は……」


 会長が沈痛な面持ちで頭を下げようとした、その時。


「……いや、違うな」


 俺はひしゃげた盾を手に取り、断面を指差した。


「嬢ちゃん。これ、攻撃を受けた瞬間、ものすごい衝撃が来たろ?」

「え? うん。ドゴォォン!って吹っ飛ばされたけど……でも、怪我はしなかったよ」

「だろうな。……見てみろ。ここのリベット」


 俺は盾の接合部を示した。


「この盾はな、許容量を超える衝撃を受けた時、あえて『計算通りに壊れる』ように作られてるんだ」

「えっ?」

「車のボディと一緒だ。衝撃を吸収して壊れることで、持っているお前の腕がへし折れないように力を逃がしたんだよ。……もしこの盾が頑丈すぎて壊れなかったら、お前の腕は衝撃で粉々だったぞ」


 少女は目を見開いた。


「……そ、そうなんだ。……じゃあ、こいつが身代わりになってくれたの?」

「ああ。いい仕事をした名誉の戦死だ」


 俺は会長を見た。

 会長は、信じられないものを見る目で俺と、そして壊れた盾を見ていた。


「……会長。あんたが社長時代に承認した『安全設計ガイドライン』だろ」


 俺は言った。


「『使用者の生存を最優先とする』。……現場じゃ、あんたの意志はちゃんと生きてますよ」

 

 会長は震える手で、壊れた盾に触れた。

 冷たい金属の塊。だが、それは確かに、一人の少女の命を守り抜いて役目を終えていた。


「……そうか。……守れたのか」


 会長の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 四十年間、彼を苛み続けてきた「子供を戦場に送る罪悪感」。それが、少しだけ報われた瞬間だった。

 少女は気まずそうに頭をかいた。


「……そっか。ごめんね、不良品とか言って。……ありがと、おじいちゃんたちの会社!」


 彼女は新しい盾の発注を頼んで、元気に帰っていった。

 後には、静寂と、湯気の温かさが残った。

 会長は涙を拭い、残ったおでんの出汁を飲み干した。


「……美味い。……本当に、美味いな」


 その声は、来た時よりもずっと穏やかだった。


「黒木。……佐々木」


 会長は立ち上がり、二人の部下(と元部下)を見た。


「私はもう少し、あの椅子に座り続けることにするよ。……まだ、老いぼれにもやれることがあるようだ」

「……はい! ついていきます、会長!」


 佐々木が感極まったように答えた。

 会長は代金を置くと、俺に向かって深く一礼した。


「ごちそうさん。……また、迷った時は寄らせてもらう」


 黒塗りの車が去っていく。

 

 俺は空になったおでん鍋を見つめた。

 長い時間をかけて煮込み、味を染み込ませる。

 人も組織も、そう簡単に味は決まらない。

 だが、丁寧に仕事をしていれば、いつか誰かの芯まで温めることができる。


「……オヤジさんも、たまにはいい酒が飲めたかな」


 俺は熱燗の残りを、シンクに流さず、自分の猪口に注いだ。


 冷えた夜風が、少しだけ心地よく感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ