三十路の魔法少女と、ピリ辛味噌もつ鍋
深夜二時。
外はシトシトと冷たい雨が降っていた。
こんな夜は古傷が疼く。俺が肩を回していると、暖簾が気だるげにめくられた。
「……よう、黒木。やってるか」
入ってきたのは、スーツ姿の女性だった。
年齢は三〇代前半。手にはコンビニのビニール傘と、巨大なアタッシュケース。
一見すると残業帰りのOLだが、そのケースから漏れ出る魔力と、硝煙の匂いは隠せていない。
彼女の名は「バレット・ローズ」。本名は京子。
俺が大和重工の営業だった頃、一番最初に担当した「お得意様」だ。
「いらっしゃい。……また随分と遅いなお帰りだな、京子さん」
俺がビール瓶とグラスを出すと、彼女はドカッと椅子に座り、ネクタイを緩めた。
「聞いてくれよ。今日の現場、新人の介護で走り回らされてさ。……腰が砕けそうだ」
彼女はビールを一気に煽り、プハァと息を吐いた。
「……黒木。アレくれ。精がつくやつ。ニンニクたっぷりで」
「なら、もつ鍋だ。味噌でいいな?」
俺は土鍋を火にかけた。
スープは鶏ガラベースに、合わせ味噌とコチュジャン、鷹の爪を溶いたピリ辛味。
そこに、丁寧に下処理した新鮮な「シマチョウ(牛の大腸)」をたっぷりと入れる。
キャベツ、ニラ、ゴボウのささがき、豆腐を山盛りにし、最後にスライスしたニンニクを散らす。
グツグツグツ……
味噌の焦げる香りと、ニンニクの香りが店内に充満する。
「へい、特製ピリ辛もつ鍋だ。煮えるまで待てよ」
京子は鍋を見つめながら、タバコ(電子タバコだが)を取り出した。
「……あーあ。昔はあんたが持ってくるカタログ見て、『新型のキャノン砲、全部乗せで!』なんて無茶な注文してたのになぁ」
彼女は自嘲気味に笑った。
「今じゃ『軽量化』だの『サポーター』だの、健康グッズみたいなオプションばっかり気にしてる。……魔法少女も焼きが回ったもんね」
彼女は現役最年長クラスの魔法少女だ。
一〇代が主力のこの業界で、三〇代まで前線に立つのは異例中の異例。
だが、その代償として、体はボロボロだ。魔法による身体強化も、加齢による腰痛や肩こりまではカバーしてくれない。
「……焼けたぞ。食え」
俺が蓋を取ると、プリプリに脂が乗ったモツが顔を出した。
京子はハフハフと言いながら、モツを口に運んだ。
噛みしめると、ジュワッ! と甘い脂が弾け出る。
「……んんっ! これよこれ!」
ピリ辛の味噌スープが、脂の甘みを引き立てる。
彼女はビールを流し込み、クタッとなったニラとキャベツを頬張った。
「……美味い。細胞が生き返るわ」
俺は彼女が鍋をつついている間、足元に置かれたアタッシュケース――変形型の大型対物ライフル『バスター・ローズ』に目をやった。
一〇年前に俺が売りつけた、大和重工製の無骨な鉄塊だ。
「……京子さん。その銃、まだ使ってんのか」
「ええ。重いし、燃費悪いし、時代遅れのポンコツだけどね」
彼女は鍋の湯気越しに笑った。
「でも、こいつの反動がないと、撃った気がしないのよ。最近の軽量ライフルじゃ、オモチャみたいで不安になる」
俺はカウンター越しに手を伸ばした。
「……ちょっと肩を見せてみろ」
「え? 何よ急に」
「いいから」
俺は彼女の右肩――ライフルのストック(銃床)を当てる部分を触診した。
スーツの上からでも分かるほど、筋肉がカチカチに強張っている。
「……やっぱりな。衝撃吸収パッドが死んでる。一〇年前のウレタンゴムじゃ、もう硬化して石みたいになってるぞ。これじゃ毎回、肩をハンマーで殴られてるようなもんだ」
彼女は痛そうに顔をしかめた。
「……どうりで。最近、撃つたびに電気が走ると思った」
俺は厨房の奥から、最新素材の「ソルボセイン(衝撃吸収ゲル)」のシートを持ってきた。
さらに、ライフルをケースから取り出し、ストックのゴムパッドを剥がした。
ボロボロに崩れる古いゴム。
俺はその代わりに、ゲルシートを何層にも重ねて貼り付け、その上から滑り止めの革を巻いた。
「……よし。これで反動は七割カットだ。おまけに、肩へのフィット感も増したぞ」
京子は鍋を完食し、ライフルを受け取った。
構えてみる。
肩に吸い付くような感触。
「……嘘。なにこれ、マシュマロみたい」
彼女は驚いて俺を見た。
「あんた、ラーメン屋になっても『開発部魂』は抜けてないのね」
「アフターサービスだ。……昔、あんたには随分と売上を助けてもらったからな」
彼女は嬉しそうにライフルをケースにしまった。
「……ありがとう、黒木。これなら、あと数年は現役でいけそうよ」
彼女は残ったスープにご飯を入れ、雑炊にして綺麗に平らげた。
代金を払い、立ち上がる。
その背筋は、来た時よりもスッと伸びていた。
「また来るわ。……次は、あんたの同期の佐々木でも連れてくるわよ」
「勘弁してくれ。店が開発会議室になっちまう」
彼女はカラカラと笑い、雨上がりの夜へと消えていった。
三〇代の魔法少女。
「魔法」なんて可愛らしいもんじゃない。「意地」と「技術」で戦う、本物のプロフェッショナルだ。
「……長生きしろよ、戦友」
俺は空になった土鍋を洗った。
こびりついた味噌の焦げ跡。
古くなればなるほど、味が出るのは鍋も人間も一緒だ。
「さて」
俺は洗い物を終え、自分のために一杯だけビールを注いだ。
昔馴染みが元気だと、酒が美味い。




