孤独な花火師の不発弾と、鉄板オムそば
ドォォォン……! パラララ……
遠くの夜空で、大輪の花火が咲く音がした。
今日はこの街の夏祭りだ。
川向こうの会場からは、風に乗って微かにお囃子の音や、人々の歓声が聞こえてくる。
だが、俺の屋台があるこの路地裏は、祭りとは無縁の静寂に包まれていた。
俺は鉄板を磨きながら、少しだけ窓を開けた。
ソースの焦げる匂いと、火薬の匂い。祭りの夜は、独特の切なさがある。
ヒュルルル……トン
花火の打ち上げ音に混じって、軽い着地音がした。
暖簾をくぐってきたのは、艶やかな浴衣をアレンジしたような戦闘服の少女だった。
帯には巨大な筒――迫撃砲のような発射装置を二本差し、髪にはかんざし型の起爆デバイス。
爆裂魔法のエキスパート、「スターマイン・紅」。
彼女は祭りの方向を背にして座ると、不機嫌そうに頬杖をついた。
「……いらっしゃい。祭りは行かないのか」
俺が水を出すと、彼女は唇を尖らせた。
「行けるわけないじゃん。人混みに紛れて『火薬喰らい』の怪獣が出るかもしれないんだよ? 警備担当の私が遊んでる暇なんてないし」
彼女は遠くの花火の音を聞き、悔しそうに拳を握った。
「……本当は、友達と浴衣着て、りんご飴とか食べたかったなぁ。今年こそ、彼氏とか作っちゃったりしてさぁ」
彼女はため息をついた。
「おじさん。……せめて、祭りっぽいもの食べさせて。屋台で売ってるような、ジャンクで味が濃いやつ」
俺は鉄板に火を入れた。
豚バラ肉とキャベツをラードで炒める。
そこに中華麺を投入し、水を差して蒸し焼きにする。
麺がほぐれたら、特製の濃厚ソースを一気にかける。
ジュワアアアアッ!!!
店内にソースの焦げる、あの暴力的な「祭りの香り」が充満する。
彼女が鼻をヒクつかせた。
「……あ、いい匂い」
俺は焼きそばを一度皿に退避させ、鉄板に溶き卵を流した。
薄く広げた卵の上に焼きそばを戻し、くるりと巻く。
マヨネーズ、青のり、紅生姜を添えて完成だ。
「特製オムそばだ。……パックじゃなくて皿だが、味は保証する」
彼女は割り箸を割り、オムそばを突いた。
黄色い卵が破れ、中から湯気と共にソース色の麺が現れる。
ハフッ、ズルズルッ
「……んんっ!」
彼女は目を輝かせた。
「これこれ! この味! 喉が渇くくらい濃いソース!」
彼女はマヨネーズをたっぷり絡めて、大口で頬張った。
「あー、美味しい……。なんか、やっと『夏』が来た感じがする」
彼女は涙目で笑い、夢中で食べ進めた。
祭りの会場には行けなくても、この味が彼女を祭りの中心へと連れて行く。
俺は彼女が食べている間、カウンターに置かれた「打ち上げ筒」に目をやった。
真鍮製の美しい筒だが、砲口が煤で真っ黒に汚れ、焦げ臭い煙が漏れている。
「……おい。その筒、ちゃんと手入れしてるか?」
彼女はオムそばを頬張りながら首を振った。
「忙しくて無理。……それに最近、不発が多くてさ。ドカンといきたいのに、『プシュ〜』って情けない音で煙が出るだけ」
「……やっぱりな。湿気てやがる」
俺はため息をついた。
「夏は湿気が多いんだ。おまけに今日は雨上がりだぞ。火薬の防湿管理が甘すぎる」
俺は厨房の奥から、工業用ドライヤーと、真鍮ブラシを取り出した。
「ちょっと貸せ。……湿気った花火ほど悲しいもんはねえからな」
俺は筒を分解し、内壁にへばりついた湿った火薬カスをブラシで削ぎ落とした。
さらに、点火プラグの周囲をドライヤーで徹底的に乾燥させる。
「火薬の配合もいじるぞ。……湿気に強い『マグネシウム混合比』に変えて、燃焼温度を上げる」
俺は薬室のダイヤルを回し、混合気を調整した。
「これで不発はなくなる。……ついでに、炎色反応のフィルターも掃除しとくか」
煤で曇っていたフィルターを磨くと、本来の鮮やかなプリズムが現れた。
「……ほらよ」
俺は筒を組み立て直して返した。
完食した彼女は、筒を受け取り、その軽さに驚いた。
「……なんか、乾いた音がする」
彼女は筒を軽く振った。サラサラと、乾燥した火薬の良い音がした。
彼女は代金を払い、外に出た。
祭りの花火は、もう終わっていた。辺りは静寂に戻っている。
「……あーあ。終わっちゃった」
彼女は残念そうに夜空を見上げた。
「俺が調整したんだ。……試射くらいしていけよ」
俺が言うと、彼女はニヤリと笑った。
「そうだね。……じゃあ、おじさんに『特大の一発』、プレゼントしてあげる!」
彼女は筒を夜空に向け、トリガーを引いた。
シュボッ!
乾いた発射音と共に、光の玉が空高く舞い上がった。
ヒュルルルル……。
そして、頂点で弾けた。
ドォォォォォンッ!!!
祭りの花火よりも低空で、しかし強烈な輝きを放つ、真紅と黄金の華。
それは完璧な円を描き、柳のように美しく垂れ下がった。
破壊のための爆炎ではない。夜を飾る、鎮魂と希望の光だ。
「……たーまやー!」
俺は屋台の前で、小さく声を上げた。
彼女は光に照らされた笑顔で振り返り、Vサインをして飛び去っていった。
「ありがとー! 来年は彼氏と来るからねー!」
……彼氏ができるかは知らんが、その笑顔があれば大丈夫だろう。
俺は鉄板に残ったソースの焦げを削ぎ落とした。
鉄板の熱と、夜空の残像。
一人だけの花火大会も、悪くないもんだ。
「さて、片付けるか」
遠くで、祭りの終わりの寂しい風が吹いていた。




