表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/66

開発主任の残業飯と、レバニラ炒め定食


 金曜日の深夜一時。

 都市部の喧騒から離れたこの店に、一台のタクシーが止まった。

 降りてきたのは、くたびれたスーツ姿の男だった。

 ネクタイは緩み、シャツの襟は汚れ、目の下には消えない隈。背中は丸まり、手にはコンビニの袋ではなく、分厚い設計図面の入ったアタッシュケース。

 男は暖簾の前で立ち止まり、深いため息をついてから、重そうに腕を上げた。


「……やってるか、黒木」


 その声を聞いて、俺は中華鍋を振る手を止めた。


「……珍しいな。開発部の人間がこんな吹きっさらしまで来るとは」


 現れたのは、佐々ささき

 俺がかつて勤めていた「大和重工」の同期であり、現在は技術開発部の課長を務める男だ。俺が裏で魔法少女たちに流している「予備パーツ」の横流し元でもある。


「会議が長引いてな。……胃が痛くて、まともな飯が食いたくなった」


 佐々木はカウンターの一番端に座ると、アタッシュケースを足元に置き、頭を抱えた。


「注文は」

「……精がつくもの。あと、苦くないやつ。人生だけで十分だ」


 相変わらずの減らず口だ。

 俺は冷蔵庫から、新鮮な豚レバーを取り出した。

 牛乳に浸して臭みを抜いたレバーを、醤油と生姜の下味に漬け込む。

 片栗粉をまぶし、多めの油でカリッと揚げ焼きにする。これだけで美味いが、今日は「定食」だ。

 中華鍋に油を足し、大量のモヤシとニラを投入。強火で一気に煽る。

 揚げたレバーを戻し入れ、オイスターソースと醤油、酒、砂糖を合わせた特製ダレを絡める。


 ジャァァァッ!!


 食欲を刺激する香ばしい匂いが爆発する。

 丼飯と中華スープ、漬物を添えて出す。


「レバニラ炒め定食だ。……明日は休みだろ、ニンニクも入れといたぞ」


 佐々木は割り箸を割り、山盛りのレバニラを一口頬張った。

 シャキシャキの野菜と、濃厚なレバーの旨味。


「……美味い。社食のゴムみたいなレバーとは大違いだ」


 佐々木はガツガツと飯をかき込み始めた。エリート街道を走っているはずの男が、まるで飢えた野良犬のようだ。

 その時だった。

 バサッ、と暖簾がめくられた。


「……あー、もう! 最悪! やってらんない!」


 入ってきたのは、一人の魔法少女だった。

 だが、今までのような派手な衣装ではない。カーキ色を基調とした、地味な軍服風の衣装。

 手には量産型のライフル。胸元には階級章のみ。

 特定の妖精と契約せず、防衛省の管轄下で組織的に運用される「量産型トルーパー魔法少女」だ。

 彼女はドカッと佐々木の隣(席がそこしか空いてなかった)に座り、ライフルをカウンターに叩きつけた。


「おじさん! ビール! あと餃子!」

「未成年だろ。コーラにしとけ」

「じゃあコーラ! ……はぁ、マジでクソ装備」


 彼女の悪態に、レバニラを食っていた佐々木の手がピタリと止まった。

 彼女がカウンターに放り出したライフル。

 側面には『YAMATO HEAVY INDUSTRIES』の刻印。

 佐々木が先月、血尿を出しながらリリースしたばかりの最新鋭量産モデル『Type-99 魔導小銃』だった。

 佐々木が横目で彼女を睨む。


「……嬢ちゃん。その銃が、どうかしたのか」


 彼女はコーラをラッパ飲みし、不機嫌そうに答えた。


「あ? これっすか? よくジャムる(弾詰まりする)んすよ。今日もいいとこで動作不良起こして、上官に怒鳴られたし」


 彼女は銃床をバンバン叩いた。


「カタログじゃ『信頼性抜群』とか書いてあるらしいけど、嘘ばっか。ちょっと砂が入っただけで動かなくなるとか、現場ナメてんのかって感じ」

 

 佐々木のこめかみに青筋が浮かんだ。


「……それは、お前のメンテナンス不足じゃないのか」


 佐々木が低い声で言った。


「その『Type-99』は、部品公差〇・〇一ミリ以下の精密加工で作られている。泥や砂が入った程度で止まるような設計じゃない。マニュアル通りに毎日分解清掃していれば――」


「はぁ?」

 彼女がキレた。


「マニュアルぅ? あんな分厚い本、戦場で読んでられるかっての! それに毎日分解? こっちは連勤続きで寝る暇もねえんだよ!」


 彼女はライフルを指差した。


「だいたい、この排莢ポートが狭すぎるのが悪いんだよ! 設計した奴、絶対エアコンの効いた部屋でぬくぬく仕事してるオッサンだろ! 現場に出てこいってんだ、バカ開発者!」


 ガタンッ!


 佐々木が立ち上がった。顔は真っ赤だ。


「……そのバカ開発者が、誰だか分かって言ってるのか!」

「ああん!? 誰だよアンタ、やんのかコラ!」


 一触即発。

 サラリーマンと魔法少女の喧嘩という、地獄絵図になりかけた瞬間。


「……やめろ」


 俺は二人の間に、焼きあがった餃子の皿をドン! と置いた。


「店で喧嘩する奴は出禁だ」


 俺は佐々木を睨み、それから少女に向き直った。


「……嬢ちゃん。その銃、ちょっと貸してみな」

「え、あ、はい。……何すか大将」


 俺はライフルを手に取り、慣れた手つきでボルトを引いた。


 ジャリッ。


 嫌な感触。


「……佐々木。お前の言う通り、精度は完璧だ。完璧すぎる」


 俺は佐々木に銃を突きつけた。


隙間クリアランスがなさすぎて、熱膨張した薬莢が張り付いてんだよ。……実験室の室温なら問題ないだろうが、連続射撃した現場の銃はチンチンに熱くなってる。そこまで計算に入れたか?」


 佐々木が押し黙った。


「……理論値では、排熱システムが機能するはずだ」

「理論値だろ。現場は理論通りにいかねえ」


 俺は厨房からヤスリを取り出し、排莢ポートの内側をガリガリと削り始めた。


「……おい! 何をする! それはの表面処理は特殊コーティングが……!」

「コーティングなんぞ知るか。……広げるぞ」


 俺はポートの穴を〇・五ミリほど拡張し、さらにボルトの接触面を荒く削って「遊び」を作った。

 精密機械としては台無しだ。だが、武器としてはこれでいい。


「……ほらよ」


 俺は銃を少女に返した。

 彼女は半信半疑でボルトを引いた。

 ガシャッ、カシャン。

 小気味よい金属音。引っかかりが消えている。


「……あれ? 軽っ! 全然詰まらない!」


 彼女は驚喜し、餃子を放り込んだ。


「すげえ! 大将、マジ天才! 最初からこうやって作ればいいのに!」

 

 佐々木は苦虫を噛み潰したような顔で、自分のレバニラを見つめていた。


「……〇・五ミリ。たったそれだけで、そこまで変わるのか」

「変わるさ。……俺たちが売ってたのは、スペックシートじゃねえ。命を守る道具だ」


 俺は佐々木の前に水を置いた。


「お前がいいモン作ろうとしてるのは知ってる。……だが、たまには泥にまみれた現場の声も聞けよ。昔の俺みたいにな」


 佐々木はしばらく黙ってレバニラを噛み締めていたが、やがて深く息を吐き、少女に声をかけた。


「……おい」

「あ? 何だよオッサン」

「その銃の、ストック(肩当て)の角度。……使いにくくないか?」


 少女は瞬きした。


「え、あー……まあ、ちょっとデカイっていうか、私の体格だと滑るんだよね」


 佐々木は懐から手帳を取り出し、何かを書き留めた。


「……ショートストックのオプションが必要か。それと、排莢ポートの公差見直し。……グリップの太さは?」

「太い! あと滑り止めが痛い!」

「……チェッカリングの形状変更。材質はラバーに変更……」


 佐々木はブツブツと呟きながら、猛烈な勢いでメモを取り始めた。

 その目は、死んだ魚のような目から、エンジニアの目に変わっていた。

 少女も最初は警戒していたが、自分の不満を真剣に聞くオッサンに、次第に調子に乗って要望を出し始めた。


「あとさー! 重いんだよこれ! もっと軽くなんないの!?」

「強度の問題がある。だが、フレームを肉抜きすればあるいは……」


 奇妙な会議が始まった。

 俺は苦笑いしながら、餃子の追加を焼いた。

 開発者と使用者。

 一番遠い場所にいる二人が、ラーメン屋のカウンターで並んでいる。

 

 一時間後。

 少女は満足して帰っていった。


「サンキュー大将! オッサンも、変なこと聞いてくれてありがとな!」

 

 残された佐々木は、メモで埋め尽くされた手帳を満足げに眺め、冷めたレバニラの残りをかき込んだ。


「……黒木。お前がここを辞められない理由が、少し分かった気がする」


 佐々木はアタッシュケースを持ち上げ、立ち上がった。


「会社に戻る。……修正図面を引かなきゃならん」

「今からか? 倒れるぞ」

「美味いレバニラ食ったからな。エネルギーは満タンだ」


 佐々木はニヤリと笑った。その顔には、来た時の疲労感はなかった。


「……また来る。今度は、試作品のテストデータを取りにな」


 佐々木はタクシーを拾い、夜の闇へと消えていった。

 大和重工の次期モデルは、きっと少しだけマシなものになるだろう。


「……さて」


 俺は空になった皿を下げた。

 レバーとニラのスタミナ飯。

 働く男も、戦う少女も、食わなきゃ始まらない。

 俺は洗い物を始めた。


 かつての同僚の背中が、少しだけ大きく見えた夜だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ