フリーランスの空腹と、羽根つき餃子
雪がちらつき始めた。
深夜三時。客足が途絶え、俺は屋台の隅でタバコを吹かしながら、古くなった週刊誌をめくっていた。
特集記事には『魔法少女の経済効果』『大手三社、新規契約者数は過去最高』といった景気のいい文字が踊る。
だが、その恩恵が全ての魔法少女に行き渡っているわけじゃない。
それを証明するように、そいつは現れた。
「……こんばんは」
暖簾をくぐったのは、迷彩柄のポンチョを羽織った小柄な少女だった。
足元は泥だらけのコンバットブーツ。背中には、身長ほどもある長いライフルケースを背負っている。
派手なエフェクトも、きらびやかな装飾もない。一見するとサバイバルゲーム帰りの子供だが、漂う鉄錆と硝煙の匂いは本物だ。
「いらっしゃい」
俺は雑誌を閉じた。
彼女はカウンターのメニュー札をじっと見つめ、財布の中身を確認し、それから遠慮がちに言った。
「……餃子、一皿。あと、ライス」
ラーメンを頼む余裕はないらしい。
俺は無言で鉄板に火を入れた。
彼女はフリーランス(個人勢)だ。
事務所にも属さず、企業スポンサーもつかない。自治体が出す最低限の撃退報酬だけで食いつなぐ、言わば「魔法少女界の日雇い労働者」。
彼女がカウンターに置いたライフルケースの留め具は、ガムテープで補修されていた。
ジュワアアッ、と水を差した鉄板が音を立てる。
蒸気が上がる中、彼女は泥のついた手袋を外し、ため息をついた。
「……スコープ、またズレたかな」
独り言ちる声は、ひどく頼りなかった。
「今日の大型種、急所を外して逃がしちゃって……。他のパーティに横取りされちゃいました」
報酬はゼロ、ということか。
俺は餃子の焼き加減を見ながら、横目で彼女の足元にあるライフルケースを見た。
ケースの隙間から覗く銃床の形状。あれは……。
「……『森人Ⅱ型』か。物持ちがいいな」
俺の言葉に、彼女は驚いたように顔を上げた。
「え、あ、はい。中古ショップで安かったので……。もう五年くらい使ってます」
「製造元は六角重機。頑丈さが取り柄だが、今はもう倒産したメーカーだ。交換パーツなんてどこにも売ってねえぞ」
「そう、なんです。正規メンテに出すと高いし、自分でいじってるんですけど……最近、どうしても狙点が右に流れて」
俺は焼きあがった餃子を皿に移した。
パリパリの大きな「羽根」がついた、完璧な焼き上がり。
それをライスの横に置くと、彼女は目を輝かせて割り箸を割った。
ハフハフと熱い餃子を頬張る。肉汁とニンニクの香りが、疲れた体に染み渡るのが見て取れた。
その間に、俺は言った。
「食ってる間、その長物、貸してみな」
「えっ、でも……」
「お代の一部だと思っていい。見かねただけだ」
彼女はおずおずとライフルを差し出した。
ずしりと重い、木と鉄の塊。
今の主流である軽量樹脂製とは違う、無骨な手触り。
俺はボルトを引き、薬室を覗き込み、スコープのマウントレールを指でなぞった。
(……レンズの曇りはない。銃身のライフリングもまだ生きている。だが……)
俺は屋台の引き出しから、小さなマイナスドライバーと、一枚の紙やすりを取り出した。
「お嬢ちゃん。これ、トリガーが重すぎるぞ」
「え? あ、はい。暴発しないように、バネを強めにしてあって……」
「それが原因だ。引き金を引く瞬間、無意識に力が入って銃口が右にブレてる」
六角重機の銃は、安全基準を過剰に意識しすぎてトリガープル(引き金の重さ)が異常に硬いのが欠点だった。
俺はトリガーユニットを分解し、シア(逆鈎)の接触面を紙やすりで軽く撫でた。
削りすぎれば暴発する。削りが甘ければ変わらない。
現役時代、工場のオヤジに叩き込まれた「感覚」だけが頼りだ。
数回擦り合わせ、シリコンスプレーをひと吹き。
カチャン、と部品を戻し、空撃ちをする。
……カチッ
ガラスの棒を折るような、クリスピーな感触。
「これでいい」
俺はライフルを彼女に返した。
彼女は餃子を飲み込み、慌てて銃を受け取った。
恐る恐る引き金に指をかけ、空撃ちをする。
カチッ
その瞬間、彼女の表情が変わった。
「……軽い。嘘、吸い付くみたい」
「スコープはいじってねえ。だが、これで狙った場所に飛ぶはずだ」
俺は残っていた餃子のタレを片付けながら付け加えた。
「その銃は、今のハイテク銃みたいに自動補正なんてしてくれねえ。だが、構造が単純な分、使い手の腕には正直に応える。……今の現場じゃ、貴重な名機だ」
彼女はライフルを、まるで宝物のように抱きしめた。
「……ありがとうございます。これなら、次は外しません」
完食した皿を重ね、彼女は小銭を数えてカウンターに置いた。
五百円玉一枚と、十円玉が数枚。ギリギリの生活が見て取れる。
「ごちそうさまでした! あの、また来てもいいですか?」
「商売だからな。金があるなら来な」
ぶっきらぼうに答えると、彼女は嬉しそうに笑い、再び闇の中へと消えていった。
数日後。
ラジオのニュースが、地味な話題を伝えていた。
『――昨夜、郊外に出現した中型獣を、所属不明の魔法少女が単独で撃破しました。一・五キロメートル先からの精密狙撃によるものと見られ……』
俺は中華鍋を振りながら、口元を緩めた。
一・五キロ。あのボロ銃でよくやる。
きっと、浮いた弾薬代で、次はラーメンくらい食いに来るだろう。
俺は冷蔵庫から、デザート用のプリンを取り出した。
彼女が次に来た時は、こいつをサービスしてやろうか。
苦い現実に抗うフリーランスには、少しばかりの甘味が必要だ。
……まあ、余り物の処分って名目でな。




