ガチャ爆死の貧乏神と、厚切りハムカツ
深夜二時。
屋台のラジオが、深夜アニメのCMで『期間限定! SSR確定ガチャ開催中!』と煽っている。
俺は寸胴の火加減を見ながら、そのCMを苦々しく聞いた。
射幸心を煽る商売は、いつの時代も変わらねえな。
ズズ……。
暗闇の中から、地面を這うような足音が近づいてきた。
暖簾が力なくめくられる。
「……大将。一番安いメニュー……くれ……」
現れたのは、目の下にどす黒い隈を作った少女だった。
衣装はカジノのディーラーを模したような、黒と赤の燕尾服スタイル。だが、その服はヨレヨレで、所々に「ハズレ券」のような紙切れが張り付いている。
彼女はカウンターに突っ伏し、虚ろな目で宙を見つめた。
「……また爆死。これで一〇〇連敗。……私の給料、全部ゴミ(コモンアイテム)に変わっちゃった」
彼女の名は「ジャックポット・バニー」。
戦闘ごとに武器をランダムで召喚する「ガチャ・ロッド」を使用する、ギャンブル系魔法少女だ。
強力なSSR武器が出れば単騎でボスを瞬殺できるが、運が悪ければ「ただの棒」や「鍋の蓋」しか出ない。
そして彼女は、業界一「運が悪い」ことで有名だった。
「……金がないなら、これにしとけ」
俺は冷蔵庫から、業務用のプレスハムの塊を取り出した。
それを贅沢に、二センチもの厚さに切り出す。
小麦粉、溶き卵、粗めのパン粉をたっぷりと纏わせる。
一七〇度の油に静かに沈める。
ジュワアアアッ……
重厚な揚げ音が響く。薄っぺらいハムカツじゃない。ステーキのような厚みだ。
きつね色に揚がったら引き上げ、包丁でザクッと半分に切る。断面から湯気と共に、ピンク色の肉汁が滲み出る。
千切りキャベツを添え、たっぷりのウスターソースと和辛子を添える。
「厚切りハムカツだ。……中身は安物だが、厚けりゃ御馳走だろ」
ドン、と皿を置く。
彼女は死んだ魚のような目でハムカツを見た。
「……ハム。……今の私にお似合いね。どうせ私は加工肉よ……」
ブツブツ言いながら、彼女はハムカツに齧り付いた。
サクッ! ジュワッ!
分厚い衣の歯ごたえと、ハムの塩気、ソースの酸味が口いっぱいに広がる。
「……っ!」
彼女の目に光が戻った。
「……美味しい。……ハムなのに、肉食ってる感じがする」
「白飯もあるぞ。食うか」
「……食う。大盛りで」
彼女はハムカツを白飯にバウンドさせ、ガツガツとかき込んだ。
安くて、油っこくて、味が濃い。
空っぽの財布と心が、安価なカロリーで満たされていく。
俺は彼女がハムカツを頬張っている間に、カウンターに置かれた杖「フォーチュン・ロッド」を手に取った。
先端にスロットマシンのようなドラムがついた、派手な杖だ。
「……おい。このロッド、回転音が変だぞ」
彼女は米を飲み込み、力なく笑った。
「ああ、それ? もうガタが来てるのかもね。……回すたびに『ギギッ』って音がして、必ず『タワシ』とか『ピコピコハンマー』のアイコンで止まるの」
「……やっぱりな」
俺は工具箱から、パーツクリーナーとシリコングリスを取り出した。
「飯食ってる間に貸してみな。……ツキがないんじゃなくて、整備不良だ」
俺はドラム部分のカバーを外した。
内部には複雑な歯車と、魔力抽選を行うクリスタルが組み込まれている。
「うわ、なんだこれ」
ドラムの軸受けに、黒い粘着質の汚れがびっしりと詰まっていた。
「お前、ガチャ回す時、スナック菓子とか食いながら触ったろ。油とホコリが固まって、ドラムの回転にブレーキをかけてる」
この汚れのせいで、ドラムが物理的に重くなり、一番軽い(つまり一番弱い)出目の位置で止まりやすくなっていたのだ。
「運の問題じゃねえ。物理的な摩擦抵抗だ」
俺はクリーナーを吹きかけ、ブラシで汚れを徹底的に洗い流した。
黒い汁がボタボタと落ちる。
さらに、軸受けに高品質なグリスを塗り込み、クリスタルの接点を磨き上げる。
最後に、指で軽く弾いてみる。
シャーッ……!
ドラムは音もなく、滑らかに高速回転した。
「……よし。これで確率はフラットに戻ったはずだ」
完食した彼女は、ロッドを受け取り、信じられないといった顔でドラムを見つめた。
「……嘘、こんなに軽く回るの?」
「試してみな」
彼女は深呼吸し、ロッドのトリガーを引いた。
キュインキュインキュイン……!
ドラムが高速回転し、色とりどりの光が点滅する。
ガシュッ!!
止まったのは、黄金色に輝く『SSR』のアイコン。
直後、虚空から巨大な黄金のバズーカ砲が現れた。
「えっ……!?」
彼女は腰を抜かした。
「ええええ!? 『ギガ・グラビティ・キャノン』!? 出現率〇・〇〇一%の伝説装備!?」
「……ほらな。運は自分で磨くもんだ」
俺はニヤリと笑った。
彼女は震える手でバズーカを抱きしめ、それから俺に飛びつかんばかりの勢いで感謝した。
「ありがとう大将! これなら勝てる! 借金返せる!」
彼女は財布の底に残っていた小銭を全部カウンターに置いた。
「これ、お代! ……次は、特上ロースカツ食いに来るから!」
彼女は黄金のバズーカを担ぎ、意気揚々と店を飛び出した。
ドォォォン!!
しばらくして、遠くで怪獣が消し飛ぶ音がした。
一撃必殺だ。
「……ゲンキンなもんだ」
俺は空になった皿を下げた。
ソースと油の匂い。
ハムカツだって、揚げ方ひとつで御馳走になる。
ハズレだと思ってる人生も、ちょっとしたメンテナンスで当たりに変わるかもしれん。
「さて」
俺は新しい油を足した。
次はどんな「ハズレくじ」を引いた客が来るのか。
ここに来れば、せめて腹いっぱいのアタリを提供してやるさ。




