忍びきれないくノ一と、パリパリ羽根つき餃子
午前三時。
草木も眠る丑三つ時。
俺は餃子の皮を包みながら、背後の気配に気づかないふりをしていた。
天井の梁のあたりから、微かな――だが、俺の耳には不快なほどの高周波音が聞こえている。
キィィィィィ……という、蚊の羽音のような電子音だ。
「……天井に張り付いてると血が下がるぞ。降りてきな」
俺が声をかけると、音が一瞬止まり、スタッという軽やかな着地音と共に影が現れた。
藍色の忍装束に、長いマフラー。口元を布で隠し、背中には忍者刀(小太刀)。
和風サイバーパンクな出で立ちの「忍者」魔法少女だ。
「……ぬう。気配を殺していたはずなのに、バレたか」
彼女は悔しそうに唸り、カウンターに座った。
「拙者、隠密行動には自信があったのだが……やはり店主殿はただ者ではないな」
「いらっしゃい。……腹は減ってるのか」
「減っている。……任務続きで、兵糧丸しか食っておらん」
彼女はマスクをずらし、少し頬を赤らめた。
「……肉汁が溢れるような、精のつくものが食べたいでござる」
俺は包みたての餃子を鉄板に並べた。
水を差し、蓋をする。
ジュワワワワァァァッ!!
蒸気が上がり、ニンニクとニラの食欲をそそる香りが広がる。
水分が飛ぶのを待ち、最後にごま油を回し入れる。ここが勝負だ。底面に綺麗な「羽根」を作る。
焼きあがった餃子を、皿を被せてひっくり返す。
パリパリの薄い皮が、黄金色の円盤のように広がる。
「へい、特製羽根つき餃子だ。酢胡椒で食いな」
タレは醤油ではなく、酢とたっぷりの黒胡椒。これが肉の脂をさっぱりと流してくれる。
彼女は「かたじけない」と箸を割り、餃子を一つ摘み上げた。
サクッ。
心地よい音と共に羽根が割れる。
ハフッ、ジュワッ。
熱々の肉汁が口の中に溢れ出す。
「……んんっ! 美味ッ!」
彼女は目を丸くした。
「皮はパリパリなのに、中はジューシー……! 酢胡椒がまた、肉の甘みを引き立てておる!」
彼女は忍びの掟も忘れ、次々と餃子を口に運んだ。
一皿六個が、瞬く間に胃袋へ消えていく。
俺はその間、彼女の背中にある「光学迷彩ユニット」に耳を澄ませた。
今は停止しているが、さっき聞こえたあの高周波音の原因はそこだ。
「……おい。お前、最近敵に見つかりやすくないか?」
彼女は最後の一個を飲み込み、驚いた顔をした。
「な、なぜそれを!? ……左様。最近、背後から近づいても、なぜか怪獣に感づかれるのでござる。拙者の足音がうるさいのかと、悩んでおったのだが……」
「足音じゃねえ。……『音波』だ」
俺は彼女の背中を指差した。
「その『朧・ステルスジェネレーター』。メーカーは『忍・インダストリー』だな」
「いかにも。最新鋭の迷彩装置でござる」
「最新鋭すぎて、インバーターの周波数が高すぎるんだよ」
俺は解説した。
「人間には聞こえねえ『モスキート音』が出てる。しかも、獣型の怪獣が一番嫌がる周波数帯だ。……お前は姿を消しながら、大音量で不快なサイレンを鳴らして歩いてるようなもんだぞ」
彼女は青ざめた。
「な、なんと……! それでは、隠密どころか挑発行為ではないか!」
「そういうこった。……ちょっと貸せ」
俺は工具箱から、防振用のゴムシートと、鉛のテープを取り出した。
「食ってる間(おかわりするか?)に調整してやる」
「す、すまぬ! 追加で一皿頼む!」
彼女が二皿目の餃子をハフハフしている間に、俺はジェネレーターのカバーを開けた。
内部のコイルが微細に振動している。これが音源だ。
俺はコイルの周りに防振ゴムを挟み込み、さらにケースの内側に鉛テープを貼って共振を止めた。
さらに、制御プログラムをいじり、スイッチング周波数を可聴域外の、さらに上――怪獣ですら感知できない超音波領域までシフトさせる。
「……よし。これで音は消えたはずだ」
俺はユニットを閉じた。
完食した彼女は、ユニットを再起動させた。
ブォン……。
空気が歪み、彼女の姿が半透明になる。
今度は、あの不快な高周波音は全く聞こえない。完全なる静寂だ。
「……おお! 静かだ! 自分でも起動しているのが分からぬほど!」
姿は見えないが、感動している声が聞こえる。
解除すると、彼女は瞳をキラキラさせていた。
「店主殿、感謝する! これぞ真の隠密! これで次の任務は完璧でござる!」
彼女は代金を置くと、音もなく立ち上がった。
「さらばだ! ……また、腹が減ったら忍び込む!」
シュッ。
風切り音一つ残さず、彼女は煙のように消え去った。
今度は本当に、気配すら感じさせない見事な退店だった。
「……忍び込むのはいいが、玄関から入ってくれよ」
俺は苦笑いしながら、空になった二枚の皿を下げた。
酢と胡椒、そしてごま油の香ばしい匂い。
包んで隠して、味を閉じ込める。
餃子も忍者も、中身が漏れちゃあ台無しってことだ。
「さて」
俺は鉄板を綺麗に磨き上げた。
静寂が戻った店内。
本当にいい仕事をした後は、音もしないもんだ。




