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映えない実像(リアル)と、納豆キムチチャーハン


 深夜一時。

 静かな屋台に、不釣り合いなほど明るいLEDライトの光が近づいてきた。


「はーい! みんなどうもー! 魔法少女チャンネル『マジカル・リサの突撃晩ごはん』だよ〜! 今日はなんと、幻の屋台に来てまーす! イェイイェイ!」


 暖簾をくぐってきたのは、自撮り棒を掲げ、周囲に三機の小型ドローンを浮遊させた派手な少女だった。

 ネオンピンクの髪、フリフリのアイドル衣装。瞳にはカラコン。

 彼女はカメラに向かって完璧な笑顔を振りまきながら、カウンター席に座った。


「見て見て〜! このレトロな感じ! エモくない!? 店主さーん、映えメニューお願いしまーす!

スパチャ(投げ銭)よろしくね〜♡」


 俺は無表情で包丁を置いた。


「……うちは撮影禁止だ」

「えっ?」


 彼女の笑顔が凍りついた。


「店のルールだ。カメラを止めろ。ドローンも下ろせ」


 俺がドスの効いた声で告げると、彼女は「え、あ、ちょ……」と狼狽え、しぶしぶ配信停止ボタンを押した。

 ドローンが着陸し、ライトが消える。

 店内が元の薄暗さに戻った瞬間。


「……はぁ〜〜〜〜〜……」


 彼女はカウンターに突っ伏し、地の底から響くような深いため息をついた。


「……マジだるい。死ぬ」


 さっきまでのアニメ声はどこへやら。低く、ドスの効いた地声だ。

 彼女は気だるげに髪をかき上げた。


「撮影禁止とか、マジ助かるわ。事務所が『寝る時以外は回せ』ってうるさくてさ。……やっとカメラの目から解放された」

「いらっしゃい。……随分と裏表が激しいな」

「仕事だからね。……で、注文。映えなくていい。茶色くて、味が濃くて、匂いがキツいやつ。……配信じゃ絶対に食えないやつ」


 俺はニヤリと笑い、納豆のパックを取り出した。


「なら、こいつだ」


 中華鍋を煙が出るまで熱し、ラードを溶かす。

 そこに、刻んだキムチと豚ひき肉を投入。強烈な酸味と辛味が立ち上る。

 さらに、よく混ぜた納豆を二パック分、豪快に放り込む。

 独特の醗酵臭が熱で爆発的に広がる。アイドルなら卒倒しそうな匂いだ。

 ご飯を加え、強火で煽る。納豆のネバネバが熱で飛び、パラパラとモチモチの中間になる。

 仕上げに醤油を焦がし、万能ネギを散らす。


「納豆キムチチャーハンだ。……匂いは保証する」


 ドンブリを出すと、彼女は鼻をヒクつかせた。


「……くさっ。最高」


 彼女はレンゲで山盛りの茶色い塊をすくった。見た目は最悪だ。キラキラ要素はゼロ。

 だが、彼女はそれを大口を開けて頬張った。


「……んぐっ、うま……!」


 キムチの辛味、納豆のコク、焦がし醤油の香り。

 彼女はガツガツと、獣のように貪り食った。


「配信だとさぁ、スイーツとかサラダばっかで……こういうガッツリしたモン食うと『イメージ壊れる』とか炎上すんだよ……。人間なんだから、納豆くらい食わせろっての……」


 俺は彼女がストレスを咀嚼している間に、カウンターに置かれたドローンを手に取った。

 最新の配信専用ドローン『ライブ・アイ』。

 だが、その機体は異常に熱を持っていた。


「……おい。このドローン、戦闘中も飛ばしてるのか?」


 彼女はチャーハンを頬張りながら頷いた。

「ん。戦闘配信が一番数字取れるからね。……でも最近、シールドの展開が遅くてさ。よく被弾すんだよね」

 俺はドローンの設定画面を開いた。


「……やっぱりな。『リアルタイム・ビューティー補正』が最強レベルで掛かってる」

「あー、それ必須。スッピンとか汗だくの顔とか、晒せないし」

「その補正処理に、お前の魔力リソースの四割が食われてるぞ」


 俺は呆れて言った。


「顔のシワ一つ消すために、命削ってどうすんだ。魔力伝送の帯域がパンクしてるから、防御魔法に遅延ラグが出てるんだよ」


 俺は設定画面を操作した。


「補正レベルを下げるぞ。……『毛穴消失モード』と『瞳デカ目補正』はオフだ」


「ちょ、待って! それ切ったらただのオバサン……じゃない、疲れた顔がバレる!」

「死んだら元も子もねえだろ。……代わりに、『モーションブラー(動体ブレ)』のエフェクトを強めに入れてやる」


 俺は設定を書き換えた。


「激しく動いてるように見せるエフェクトだ。これなら、画質を落としても『臨場感』ってことで誤魔化せる。顔の粗もブレて見えねえよ」


 処理負荷は三分の一になった。これなら戦闘に支障はない。


「……ふーん。店主、詳しいじゃん」


 彼女は完食した皿を置き、水を一気飲みした。


「ブレて誤魔化す、か。……ま、今の私にはお似合いかもね」


 彼女はドローンを回収し、再び「スイッチ」を入れる準備をした。

 深呼吸を一つ。

 表情筋をパチンと叩く。


「……よし! ごちそうさま!」


 立ち上がった瞬間、彼女は再びキラキラしたアイドルの顔に戻っていた。


「店主さーん、美味しかったよ〜! ……また、カメラ回ってない時に来るねっ☆」


 彼女はウインクを飛ばし、再びドローンを起動させて店を出て行った。


「はーいみんな〜! お待たせ〜! ちょっと電波が悪かったみたい! 再開するよ〜!」


 元気な声が遠ざかっていく。


「……プロ根性だな」


 俺は店内に残った強烈な納豆の匂いを嗅いだ。

 映える虚像を作るために、裏で泥臭い飯を食い、泥臭い努力をする。

 それはそれで、立派な戦い方だ。


「さて、換気だ換気」


 俺は窓を全開にした。


 次に普通の客が来たら、納豆臭くて逃げ出しちまうかもしれないからな。


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