鋼鉄の囚人と、野菜マシマシ二郎系
ズシン、ズシン、ズシン
深夜二時半。地響きのような足音が近づいてきた。
コップの水面が同心円状に波打つ。
俺は警戒して中華鍋を置いた。
大型の怪獣か?
だが、暖簾をくぐろうとして――入りきらずに屋台の柱をミシミシと軋ませたのは、全高三メートル近くの鋼鉄の巨人だった。
分厚い装甲板、全身を覆うスパイク、そして顔面を完全に隠すガスマスクのようなフルフェイスメット。
魔法少女というよりは、歩く要塞だ。
「……おい、店が壊れるぞ。入るなら体を屈めろ」
俺が注意すると、巨人は慌てて縮こまり、窮屈そうにパイプ椅子(二つ並べた)に座った。
ガシャコン、という重い金属音が響く。
「……いらっしゃい。デカい図体だが、中身は人間か?」
俺が尋ねると、ヘルメットのスピーカーから、ノイズ混じりの、今にも泣き出しそうな少女の声が漏れた。
『……うぅ、店主さん……助けて……』
『脱げないんです……これ……』
「は?」
『変身解除のコマンドを入力しても、エラーが出て……もう六時間もこのままなんです……トイレも行けなくて……お家にも帰れなくて……』
彼女は巨大な鉄の手で頭を抱えた。
なるほど、「変身ロック」か。安物の変身デバイスや、整備不良の装備でたまに起こる事故だ。
「……とりあえず、腹は減ってるか」
『……はい。この形態、維持するだけでカロリー消費がすごくて……餓死しそうです……』
「なら、食え。話はそれからだ」
俺は極太のオーション麺(強力粉の麺)を茹で釜に放り込んだ。
茹で時間は七分。
その間に、キャベツと大量のモヤシを茹でる。
丼にカエシ(醤油ダレ)と化学調味料、そして背脂をたっぷりチャッチャと振りかける。
茹で上がったゴワゴワの麺を入れ、その上に野菜の山を築く。
頂上に刻みニンニクをドサッ。さらに分厚い「ブタ(チャーシュー)」を二枚突き刺す。
「ラーメン二郎インスパイア、野菜マシマシニンニクアブラカラメだ。……今のたまりきったストレスには、こういうのが一番効く」
ドン、と置かれた茶色い山。
彼女(巨人)はゴクリと唾を飲む音をさせた。
『……食べたい……でも、口が……』
ヘルメットの顎部分が邪魔で、口が開かない。
俺は溜息をつき、厨房からバールのようなものを取り出した。
「ちょっとじっとしてろ。……顎のロックだけ先に外してやる」
俺はヘルメットの隙間に工具を差し込み、強制開放レバーをこじった。
プシューッ!
蒸気と共に、マスクの下半分がガシャンと開いた。
そこから覗いたのは、汗だくになった可愛らしい少女の口元だった。
彼女は震える手で割り箸を割り(力が強すぎて割り箸が粉砕されたので、俺は鉄製のトングを渡した)、野菜の山に食らいついた。
ワシワシ、ムシャムシャ。
極太麺を啜り、ニンニクの効いたスープを流し込む。
『……んぐっ、おいひい……!』
強烈な塩分と脂が、枯渇したエネルギータンクに直撃する。
彼女は一心不乱に山を崩していった。
全身の装甲が、喜びでカタカタと震えている。
俺はその間、彼女の背中にあるメインユニットを観察した。
無骨なデザイン。むき出しの配線。
「……『重機動兵装・タイタンⅢ』。軍事用パワードスーツの横流し品だな」
俺は呆れた。
「どこのブラック事務所だ? 十代の女の子に、こんな『拘束具』みたいな旧式を着せてんのは」
『……ふごっ(ズルズル)……私、防御力しか取り柄がなくて……事務所が「お前は動く壁になれ」って……』
「壁にするにしても、限度がある」
俺はユニットの排熱ファンを覗き込んだ。
ファンが回っていない。熱暴走で制御チップがダウンしているのが、ロックの原因だ。
「……食ってる間に直すぞ。熱くて死ぬほど苦しいだろ、それ」
『……はい……サウナみたいです……』
俺は冷蔵庫から、業務用の冷却スプレー(-40度)を取り出した。
本来は魔工用ではないが、今は緊急事態だ。
俺は背中のユニットカバーを外し、熱を持った制御チップに向けてスプレーを噴射した。
ブシュゥゥゥゥ――ッ!!
大量の白煙が上がる。
『ひゃうっ!? つ、つめたっ!』
「我慢しろ。チップを急速冷却して、強制再起動かけるんだ」
冷却されたチップが、正常な温度に戻る。
俺はすかさず、固着していた安全装置のピンをハンマーで叩いてリセットした。
カキンッ!
システム音が鳴り響く。
『システム・オールグリーン。パージ準備完了』
「……よし。食い終わったら、深呼吸して『解除』と念じろ」
彼女は最後のスープを飲み干し、トングを置いた。
大きく息を吸い込み、目を閉じる。
「……解除ッ!!」
バシュッ、ガシャン、バラララッ!
全身の装甲が弾け飛び、光の粒子となって消滅した。
現れたのは、小柄で華奢な少女だった。
全身汗びっしょりで、髪の毛はペシャンコ。茹で上がったタコのように顔が赤い。
彼女は自分の手を見て、それから体を確認した。
「……ぬ、脱げた……!」
彼女は涙を流して喜んだ。
「ああっ、軽い! 涼しい! 生き返ったぁぁ!」
彼女はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。さっきまでの重厚な巨人からは想像もできない軽やかさだ。
彼女は財布を取り出し、千円札を置いた。
「ありがとうございます! 本当に助かりました! ……もう一生、この鉄屑の中で暮らすのかと思ってました」
「事務所に言っとけ。『排熱ファンのフィルター掃除くらいしやがれ』ってな」
「はい! ……あ、でも」
彼女は自分の服の匂いを嗅いだ。
「……私、すごいニンニク臭いかも」
「二郎系食って、汗かけばそうなる。……ま、生きてる匂いだ。気にすんな」
彼女は照れくさそうに笑い、深々とお辞儀をして店を出て行った。
その背中は、来た時よりも二倍は大きく見えた――いや、実際には半分以下のサイズになったのだが、心の荷物が降りた分、大きく見えたのだろう。
「……さて」
俺は床に散らばった錆のような鉄粉を掃除した。
大量のニンニクと、鉄の匂いが混ざり合う店内。
頑丈な鎧ってのは、身を守るためのものだが、時として自分を閉じ込める檻にもなる。
たまには脱いで、風を通さなきゃ、中身が腐っちまうからな。
俺は換気扇を最強にした。
強烈なニンニク臭が、夜の街へと流れていった。




