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中間管理職(フェアリー)の愚痴大会と、山菜の天ぷら


 午前二時。

 今夜は風がなく、妙に静かだった。

 だが、その静寂を破ったのは、足音ではなかった。

 ブブブブブ……という、大型の羽虫の群れが飛来するような羽音。それが急速に近づいてくる。


「――だから言っただろ! 今月のノルマはキツイって!」

「知るかよ! 上層部ハイ・エルフの決定だぞ!」

「あーもう! やってらんねえ! オヤジ、開いてるか!?」


 暖簾がバサッと持ち上がった。

 だが、人間の姿はない。

 視線を下げると、カウンターの上に、掌サイズの奇妙な連中が着陸していた。

 先頭にいるのは、赤いトサカのような髪をした、筋肉質の妖精。

 その後ろに、青白い顔色をした細身の妖精と、全身が葉っぱで覆われたような緑色の妖精。

 計三匹。それぞれが小さなネクタイを緩め、疲労困憊といった様子でカウンターに寝転がった。


「……いらっしゃい。珍しいな、団体様か」


 俺が声をかけると、赤い妖精がふんぞり返った。


「おうよ! 今日は無礼講の宴会だ! 人間界の美味いモン、持ってこい!」


「ただし! 脂っこいのは勘弁な。最近、胃がもたれるんだよ」と青い妖精。


「新鮮なのがいいなぁ。土の匂いがするようなやつ」と緑の妖精。


 注文が多い連中だ。

 だが、彼らは「魔法少女の契約管理」という激務をこなす中間管理職だ。ストレスが溜まるのも無理はない。

 俺は冷蔵庫から、とっておきの食材を取り出した。

 タラの芽、ふきのとう、こごみ、行者ニンニク。

 知り合いの業者が山で採ってきたばかりの、天然の山菜たちだ。


「……これなら文句ねえだろ」



 俺は山菜を冷水で締め、薄く衣をまとわせた。

 一八〇度の新しい油に、静かに投入する。


 シュワワワ……パチパチ……


 水分が蒸発する軽快な音が響き、春の苦味を含んだ独特の香りが立ち上る。

 揚げ時間は短く。素材の色が鮮やかになった瞬間、油から引き上げる。

 揚げたての山菜天ぷらを、竹ザルに盛り付け、粗塩を添えて出した。


「おおっ! こいつは良い香りだ!」


 赤い妖精が、自分の体ほどもあるタラの芽の天ぷらに抱きついた。

 ガブリ。

 サクッ、という心地よい音が響く。


「んぐっ、熱っ! ……でも、美味ぇ! このほろ苦さがたまんねえ!」

「ほう、これはいいアクだ。大地のエネルギーを感じるねぇ」


 緑の妖精はふきのとうを齧り、恍惚の表情を浮かべた。


「オヤジ! 酒だ酒! とびきり甘いやつ!」

「あいよ」


 俺は芋焼酎を、最高級のアカシア蜂蜜で割った特製「蜜酒」を、お猪口に注いで出した。

 彼らはそれを小さな体で抱え込み、グイッと飲み干した。

 酒が回ると、宴会は一気に愚痴大会へと変わった。


「聞いてくれよオヤジ! 俺の担当の『火炎系』の子、馬鹿力でさぁ! 昨日も怪獣ごとビル二棟燃やしちまって! 始末書書く俺の身にもなれってんだ!」


 赤い妖精が、行者ニンニクを齧りながら管を巻く。


「まだマシだよ。僕の担当の『水系』の子なんて、慎重すぎて全然前に出ないんだ。おかげで討伐時間が延びて、効率パフォーマンス評価がガタ落ちさ」


 青い妖精がため息をつく。


「僕のとこの『植物系』の子は、装備の可愛さにこだわりすぎてねぇ。先月も『このデザインじゃ戦えない』ってストライキだよ。経費削減しろって言われてるのに!」


 彼らの口から出るのは、現場の少女たちへの不満ばかり。

 だが、元・防具屋の俺には、その愚痴の裏側が見える。

 火力が強すぎるのは、出力調整が難しい旧式のジェネレーターを使っているからだろう。

 慎重すぎるのは、防具が薄くて被弾が怖いからだ。

 見た目にこだわるのは、そうでもしないとメンタルが持たないからだ。


「……お前らも大変だな」


 俺は追加の天ぷらを揚げながら、ボソッと言った。


「だが、現場の子たちは機械じゃねえ。生身の人間だ。……たまにはメンテナンスの時間も見てやれよ」


 俺の言葉に、三匹はピタリと動きを止めた。

 そして、顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


「……ヘッ、人間風情が偉そうに。オヤジ、お前どっちの味方だ?」

「俺はただの屋台屋だ。腹を空かせた奴の味方だよ」


 彼らは再び酒を煽り、天ぷらを平らげた。

 一時間後。すっかり酔っ払った妖精たちは、千鳥足(千鳥飛行?)でふらふらと飛び立った。


「うぃ〜、食った食った! これで明日も馬車馬のように働けるぜ!」

「オヤジ、代金はこれだ!」


 赤い妖精が、懐から小さな巾着袋を取り出し、カウンターに投げつけた。

 彼らは「じゃあな!」と騒々しく去っていった。

 俺は残された巾着袋を開けた。

 中に入っていたのは、金ではない。

 乾燥した茶葉のようなものだった。だが、そこから漂う香りは、この世のものとは思えないほど深く、芳醇だった。

「……『星露せいろの茶葉』か。人間界じゃ手に入らない高級品だな」

 飲むと一晩で疲労が回復するという、魔法の茶葉だ。

 彼らなりの、最大限のチップらしい。


「……ったく、現金な連中だ」


 俺は空になった竹ザルを片付けた。

 山菜の苦味と、蜂蜜の甘み。

 彼らが管理する「魔法少女システム」も、そんな風に苦味と甘みが混在しているのかもしれない。

 俺は茶葉を少しだけ急須に入れ、自分用のお茶を淹れた。


 立ち上る湯気は、疲れた体に優しく染み渡った。


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