青き騎士の凱旋と、炙りチャーシュー丼
春の夜風が、少しだけ暖かさを運んでくるようになった。
日付が変わる頃。俺はチャーシューの仕込みをしながら、ラジオに耳を傾けていた。
『――本日の防衛戦も見事な勝利でした! 特にラピス・ナイト選手の活躍は目覚ましく、月間MVP候補にもノミネートされ……』
ラジオから流れる実況に、俺は包丁を動かす手を止めずに口元を緩めた。
あの夜、ボロボロになって店に来た新人が、今やMVP候補か。
成長ってのは、見ていて気持ちのいいもんだ。
ザッ、ザッ。
砂利を踏む音がした。
あの時と同じ、重たい足音。だが、そのリズムは以前とはまるで違っていた。
迷いがなく、力強い。
暖簾がサッと持ち上げられた。
「……こんばんは、大将」
現れたのは、あの青いドレスアーマーの少女だった。
相変わらず衣装は泥や煤で汚れている。だが、その顔つきは別人のようだった。
瞳には確かな自信の光が宿り、背筋はピンと伸びている。泣き腫らした目は、もうどこにもない。
「いらっしゃい。……ラジオで名前聞いたぞ。有名人だな」
俺が茶化すと、彼女は少し照れくさそうに笑った。
「やめてくださいよ。……全部、ここのラーメンのおかげですから」
彼女は慣れた様子でカウンターに座り、身の丈ほどの槍を立てかけた。
「今日は何にする? またラーメンか?」
「うーん、今日はずっと動いてて、お米が食べたい気分で。……ガッツリしたの、ありますか?」
「なら、こいつだ」
俺は仕込んだばかりのチャーシューの塊を取り出した。
厚切りにスライスした肉を、ご飯を盛ったドンブリの上に敷き詰める。
そして、ハンドバーナーを取り出し、火をつけた。
ゴォオオオッ!!
青白い炎が肉の脂を炙る。
パチパチと脂が弾け、醤油ダレが焦げる香ばしい匂いが店内に充満する。
肉の表面がカリッと焼け、中はジューシーに溶け出す絶妙な加減。
真ん中に温泉卵を落とし、万能ねぎとマヨネーズを少々。
「特製・炙りチャーシュー丼だ」
ドンブリを出すと、彼女は「わぁ……!」と声を上げ、目を輝かせた。
「いい匂い! これ絶対美味しいやつだ!」
彼女はスプーンを手に取り、温泉卵を崩した。
とろりと溢れる黄身が、炙られた肉と絡み合う。
それを一口で頬張る。
「……んんっ!!」
見開き、足をバタつかせた。
「美味しい! 香ばしくて、トロトロで……最高です!」
豪快な食べっぷりは相変わらずだ。彼女は一心不乱にスプーンを動かし、エネルギーを補給していく。
俺は洗い物をしながら、彼女の槍に視線をやった。
使い込まれ、傷だらけだが、メンテナンスは完璧に行き届いている。
そして、槍の基部には見慣れないパーツが増設されていた。
「……その『拡張冷却タンク』。大和重工の純正品だな」
俺が指摘すると、彼女はスプーンを止めて頷いた。
「あ、これですか? ……そうなんです、不思議なことがあって」
彼女は水を飲み、嬉しそうに語り始めた。
「あの日、大将に排熱のコツを教えてもらってから、すごく調子が良くて。そしたら数日後、事務所に『大和重工』から荷物が届いたんです」
「……ほう」
「中身は、この冷却カートリッジのセットでした。『サンプル品につきモニター提供』って書いてあって。……私、ミツビシの武器使ってるのに、変ですよね?」
彼女は首を傾げたが、すぐに表情を崩した。
「でも、同封されてたメモに『マークⅣの排熱バルブと互換性あり』って手書きで書いてあって。試してみたら、ピッタリだったんです! おかげで今は、フルパワーで連射してもオーバーヒートしなくなりました!」
俺は背を向けて、換気扇のスイッチを強めた。
佐々木の野郎、ちゃんと仕事したようだな。
ミツビシの武器に大和のパーツを付けさせるなんて、メーカーのプライドを捨てた「現場ファースト」の対応だ。
「……よかったじゃねえか。メーカーも、有望株には投資したいんだろ」
「そうなんですかね? ……でも私、なんとなく思ってるんです」
彼女の声のトーンが変わった。
「そのメモの筆跡……お店のメニューの字と、ちょっと似てるなって」
俺は一瞬、手を止めた。
振り返ると、彼女はドンブリを抱え、悪戯っぽく俺を見ていた。
「……気のせいだろ」
「ふふ、そうですよね。気のせいです」
彼女は深く追求しなかった。
だが、その瞳は全てを理解した上で、感謝を伝えていた。
彼女は最後の一粒まで米を平らげ、手を合わせた。
「ごちそうさまでした! ……本当に、美味しかったです」
彼女はお代を置き、槍を手に取って立ち上がった。
その所作は洗練され、もはや新人の危なっかしさは微塵もない。
「大将。私、もっと上に行きます」
彼女は暖簾の前で振り返り、力強く宣言した。
「いつかSランクになって、今度は後輩におごってあげられるようになりますから!」
「おう。期待してるぞ」
彼女は夜の闇へと飛び立っていった。
青い光の軌跡が、以前よりも太く、鮮やかに夜空を切り裂いていく。
「……Sランク、か」
俺は空になったドンブリを下げた。
焦げた醤油の匂いが、まだ微かに残っている。
あの泣き虫が、今や立派な「騎士」だ。
俺が裏で手を回した小さな「コネ」が、彼女の翼を支える一部になっているのなら、元・営業マンとしてこれ以上の本望はない。
「さて、と」
俺はラジオのボリュームを少し上げた。
次なるニュースが、また誰かの活躍を伝えている。
俺は新しい肉をバーナーで炙る準備をした。
成長した客に負けないよう、こっちも腕を磨き続けなきゃな。




