人形使いの独り言と、ふわとろオムライス
深夜二時。
ガシャリ、ガシャリ……。
重たい金属を引きずるような、不気味な音が近づいてきた。
まるで古びた機械時計の秒針のようなリズム。
暖簾がゆっくりと開くと、そこに立っていたのは、ゴスロリファッションに身を包んだ小柄な少女だった。
そして、彼女の背後には――人間大の「人形」が佇んでいた。
陶器のような白い肌、ガラスの瞳、関節球体が見える四肢。美しいが、どこか背筋が寒くなるような造形だ。
少女は人形の手を引き、まるで生きた人間をエスコートするようにカウンターへ導いた。
「……二人、いいですか?」
彼女は人形を隣の椅子に座らせ、自分もその横に座った。
人形はガクンと首を垂れ、動かない。
「いらっしゃい。……連れは、飯を食うのか?」
俺が尋ねると、彼女は寂しげに首を横に振った。
「ううん。この子は食べない。……私だけ。オムライス、お願いします」
「あいよ」
俺は鶏肉と玉ねぎを刻み、フライパンを熱した。
バターを溶かし、具材を炒める。ケチャップを投入してチキンライスを作り、一度皿に移す。
次に、卵を三個。牛乳を少々加えてよく溶く。
熱したフライパンに一気に流し込み、菜箸で大きくかき混ぜる。半熟状態で形を整え、チキンライスの上に乗せ、包丁で真ん中に切れ目を入れる。
パカッ。
半熟卵が雪崩のように広がり、赤いライスを黄金色に包み込んだ。
仕上げにデミグラスソースをかけて完成だ。
「へい、ふわとろオムライスだ」
湯気と共に皿を置くと、少女は少しだけ表情を崩した。
「……わあ、きれい」
彼女はスプーンを手に取ったが、すぐに隣の人形に視線を向けた。
「……ねえ、アリス。美味しそうだよ」
人形は答えない。無機質なガラスの瞳が虚空を見つめているだけだ。
彼女はため息をつき、オムライスを一口食べた。
バターと卵の甘みが口いっぱいに広がる。
「……美味しい。……でも、最近アリスの調子が悪くて」
彼女は独り言のように呟いた。
「動きが重いし、私の命令からワンテンポ遅れるの。……私が未熟だから、アリスも愛想尽かしちゃったのかな」
彼女は人形の冷たい手を握りしめた。
俺は洗い物をしながら、その人形を観察した。
一見するとアンティークドールだが、関節の隙間から微かに魔力光が漏れている。
「……『機巧魔術工房』の自律型オートマトン、『マリオネット・コードⅤ』か」
俺の言葉に、彼女が驚いて顔を上げた。
「えっ、知ってるの?」
「ああ。職人が一つ一つ手作りしてる高級品だ。……だが、そいつは繊細すぎるのが欠点だ」
俺はカウンターを回り込み、人形の背後に立った。
「背中のネジ、ちょっと見せてみな」
ドレスの背中部分にある、ゼンマイのような装飾。実はこれがメインの制御ユニットへのアクセスポートだ。
俺はそこにあるカバーを開き、内部の歯車とワイヤーを確認した。
「……やっぱりな。『姿勢制御ジャイロ』のオイルが切れてる。それに、関節のワイヤーテンションが強すぎて、常にブレーキがかかった状態だ」
俺は工具箱から、時計修理用の極細ドライバーと、専用の潤滑油を取り出した。
「お嬢ちゃん。お前、この子を大事にしすぎて、メンテの時に『ネジをきつく締めすぎて』ないか?」
彼女はハッとした。
「……うん。壊れないように、緩まないように、毎日しっかり締めてた……」
「それが逆効果だ。機械ってのはな、ある程度の『遊び』がないとスムーズに動けねえんだよ」
俺はドライバーで、主要な関節のネジを半回転ずつ緩めた。
さらに、焼き付いたジャイロの軸にオイルを一滴垂らす。
カチ、コチ、カチ……。
内部から聞こえる駆動音が、苦しげな軋みから、滑らかなリズムへと変わっていく。
「人間関係と一緒だ。束縛しすぎると、相手も息が詰まる」
俺はカバーを閉じた。
「……よし。動かしてみな」
彼女はオムライスを頬張ったまま、魔力を糸のように指先から伸ばした。
クンッ、と指を動かす。
次の瞬間、人形がシャバッと顔を上げ、滑らかに立ち上がった。
先ほどまでの重々しさは微塵もない。まるで重力から解放されたかのように、軽やかな所作で彼女にお辞儀をした。
「……アリス!」
彼女の目が輝いた。
「すごい……! 買った時より軽いかも!」
人形は彼女の頭を、優しく撫でるような仕草をした。それはプログラムされた動作かもしれないが、どこか温かみを感じさせた。
彼女は残りのオムライスを嬉しそうに平らげた。
「よかったね、アリス。おじさんが直してくれたよ」
完食し、彼女はお代を置くと、人形の手を取って立ち上がった。
帰り際、人形が俺の方を向き、ペコリと頭を下げた気がした。
「ありがとう、おじさん! また来るね、二人で!」
ガシャリ、ガシャリという音はもうしない。
コツ、コツと、二人の足音が軽やかに重なって、夜の闇へと消えていった。
「……遊びが必要、か」
俺は空になった皿を下げた。
黄色い卵の跡が残る皿。
完璧すぎると壊れる。少し緩いくらいが丁度いい。
それは、会社員時代には決して許されなかった哲学だ。
俺はフライパンを磨きながら、少しだけ肩の力を抜いた。
この店も、俺にとっては丁度いい「遊び場」なのかもしれないな。




