双子の不協和音(ディソナンス)と、半チャンラーメン
「だから! あそこは姉上が半拍待ってくれればよかったのよ!」
「違うわよ! あんたの踏み込みが早すぎたの! おかげで合体魔法が不発になったじゃない!」
深夜の屋台に、ステレオ音声の怒号が響き渡った。
暖簾をくぐってきたのは、瓜二つの少女たちだった。
右側は長い髪をポニーテールにした、活発そうな少女。赤を基調とした軽装鎧を纏っている。
左側は髪を下ろした、少し大人しそうな少女。こちらは青を基調としたローブ姿だ。
顔はそっくりだが、装備の系統は「近接」と「遠距離」で完全に分かれている。
双子の魔法少女ユニット「ジェミニ・ツインズ」。
阿吽の呼吸で敵を翻弄するコンビとして有名だが、今夜はその呼吸が完全に乱れていた。
「いらっしゃい。……随分と賑やかだな」
俺が水を二つ置くと、二人はプイッと互いに顔を背けた。
「……ラーメン」
「……チャーハン」
注文まで同時に被り、二人はまた睨み合う。
「あんたねぇ! 汁物が食べたい気分なのよ!」
「私はお米なの! 動いてお腹減ったんだから!」
一触即発の空気。
俺はため息をつき、中華鍋とテボの両方を構えた。
「喧嘩すんな。……どっちも食えばいい」
数分後。
二人の前には、それぞれ同じトレーが置かれた。
小ぶりの丼に入った醤油ラーメンと、茶碗一杯分のチャーハン。
「半チャンラーメンセットだ。これなら文句ねえだろ」
二人は虚を突かれた顔を見合わせ、それから大人しく箸とレンゲを手に取った。
「……いただきます」
ズルズルッ、ハフハフ。
食べ始めると、二人の動きは奇妙なほどシンクロしていた。
姉が麺を啜れば、妹もチャーハンを口に運ぶ。コップを持つタイミング、息を吐くリズム。喧嘩していても、長年の習性が抜けないらしい。
だが、俺は気付いていた。
二人が胸元に付けている、お揃いのブローチのような宝石――『リンク・コア』の点滅リズムが、ほんの僅かにズレていることに。
「……おい、お前ら」
俺は洗い物をしながら声をかけた。
「さっき『タイミングが合わない』とか言って喧嘩してたな」
二人は箸を止めた。
「……そうよ。妹が焦るから」
「姉上が遅いからよ」
「どっちも違う」
俺は濡れた手を拭き、姉の方の胸元を指差した。
「その『リンク・コア』。メーカーは『ツインスター・ラボ』だな。……そいつ、最後にファームウェアの更新したのはいつだ?」
二人はキョトンとした。
「あぷで……? 何それ」
「買った時のままですけど……」
俺は呆れて天を仰いだ。
「やっぱりな。あのな、そのコアは二人の魔力波長を同期させて、思考伝達のラグをゼロにするための精密機械だ。だが、長く使ってると内部時計にズレが生じる」
俺はカウンター越しに手を伸ばした。
「ちょっと貸せ。……飯食ってる間に同期し直してやる」
二人は顔を見合わせ、渋々ブローチを外して俺に渡した。
俺は二つのコアを作業用マットに並べた。
赤と青の光が点滅している。その間隔は、コンマ数秒だけズレていた。
この僅かなズレが、高速戦闘においては致命的な「違和感」になる。
「『姉』の方が〇・〇五秒遅れてるな。処理落ちか」
俺は端末を接続し、診断モードを起動した。
キャッシュが溜まりすぎて、処理速度が低下している。
「……無駄なログが溜まりすぎだ。『今日の晩ごはん』とか『来週のシフト』とか、戦闘に関係ない思考まで常時共有してるから重くなるんだよ」
俺は不要なログファイルを削除し、内部クロックを強制同期させた。
さらに、通信プロトコルを軽量化し、戦闘時のみ帯域を広げる設定に変更する。
ピッ、という電子音と共に、二つのコアの点滅が完全に一致した。
「よし。……これで思考がリアルタイムで繋がるはずだ」
俺はブローチを二人に返した。
二人は半チャンラーメンを綺麗に完食し、コアを胸に付け直した。
その瞬間。
二人が同時にハッと目を見開いた。
「……えっ?」
「……あっ」
二人は互いの顔を見た。言葉はいらなかった。
思考が、感情が、抵抗なく流れ込んでくる感覚。
『(ごめん、私がいらついてた)』
『(ううん、私こそ、ごめんね)』
声に出さずとも、仲直りが完了していた。
「……すごい。姉上の考えてること、手に取るようにわかる」
「うん。あんた、今『ラーメンのスープ飲み干したいけどカロリーが』って考えてるでしょ」
「なっ!? 姉上だって『チャーハンの最後のチャーシュー、いつ食べようか』って迷ってたじゃない!」
二人は顔を見合わせ、プッと吹き出した。
さっきまでの険悪な空気は霧散していた。
「おじさん、ありがとう! これなら次は絶対、合体魔法決まる!」
「おじさん、これお代! 美味しかった!」
二人は声を揃えて礼を言い、カウンターに小銭を置いた。
その動作まで、完璧に一致していた。
店を出て行く二人の背中からは、もはや微塵のズレも感じられない。
右足と左足。呼吸と鼓動。二つで一つの生き物のように、夜の闇へと溶けていった。
「……やれやれ」
俺は二つの空のドンブリと、二つの空の茶碗を重ねた。
ラーメンとチャーハン。
別々の料理だが、一緒に食えば美味い。
相性ってのは、無理に合わせるもんじゃなく、互いの良さを引き立て合うもんかもな。
「さて、と」
俺はラジオのチャンネルを変えた。
どんなに機械を調整しても、最後に味を決めるのは人間同士の心だ。
今夜のあの二人なら、もう心配はいらないだろう。




