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壊し屋の震える手と、ニンニク豚スタミナ丼


 ドムッ、ドムッ。

 深夜一時過ぎ。屋台の裏手から、サンドバッグを叩くような鈍い音が聞こえてきた。

 怪獣ではない。リズムが一定だ。誰かがシャドーボクシングでもしているのだろう。

 俺は気にせず、豚バラ肉のスライスを仕込んでいた。

 やがて音が止み、荒い呼吸と共に暖簾がめくられた。


「……うっす。やってる?」


 現れたのは、ジャージの上からボロボロの法被はっぴを羽織ったような、奇抜な和風スタイルの少女だった。

 髪は短く刈り込んだオレンジ色。額には汗が滲んでいる。

 特徴的なのは、その両腕だ。肘から先が、無骨な鋼鉄のナックルガード(手甲)で覆われている。

 近接格闘専門の「武闘派」魔法少女だ。


「いらっしゃい。……いい汗かいてるな」

「トレーニングの帰りだよ。腹減って死にそうだ」


 彼女はドカッと椅子に座ると、カウンターに肘をつこうとして――顔をしかめ、慌てて腕を引っ込めた。


「……イテテ」

「どうした」

「いや、なんでもねえ。……大将、『肉』くれ。米の上に乗っけた、ガッツリしたやつ」


 彼女は自分の手を隠すように太ももの下に挟んだ。


「あいよ」


 俺は中華鍋を熱し、ラードを溶かした。

 そこにスライスしたニンニクを投入。香ばしい香りが立ち上ると、豚バラ肉をドサッと入れる。


 ジューッ!!


 肉の脂が弾ける音。強火でカリッと焼き目をつけ、玉ねぎを加える。

 最後に、醤油、みりん、酒、そしてすりおろしニンニクを混ぜた特製ダレを一気に回しかける。

 鍋の中でタレが沸騰し、肉に絡みつく。

 ドンブリ飯の上に肉を山盛りにし、真ん中に生卵の黄身を落とす。万能ネギと、紅生姜を添えて完成だ。


「特製ニンニク豚スタミナ丼だ。かき込め」


 ドンブリを出すと、暴力的なまでのニンニクと醤油の匂いが彼女の鼻孔を直撃した。


「うおっ、すげえ! これだよこれ!」


 彼女は目を輝かせ、スプーンを握ろうとした。

 カチャン。

 スプーンが手から滑り落ち、カウンターに当たった。


「あ……わりぃ」


 彼女は拾おうとするが、指が思うように動かないようだ。指先が小刻みに震えている。


「……箸にするか?」

「いや、いい。スプーンで食う」


 彼女は震える左手を右手で押さえつけ、無理やりスプーンを握りしめた。

 その動作は、空腹のせいじゃない。神経系のダメージだ。

 俺は彼女が無理やり豚丼を口に運ぶのを見ながら、彼女の腕のナックルガードに目を向けた。

 分厚い装甲板に、真紅の塗装。拳の部分には、パイルバンカーのような突起がある。


「……『金剛こんごう重工』の『阿修羅・参式』か。破壊力は一級品だが、反動がデカすぎて製造中止になったモデルだぞ」


 彼女は豚肉を噛み締めながら、苦笑いした。


「詳しいな、大将。……そうだよ。こいつの火力がないと、最近の硬い怪獣の殻は割れねえんだ」


 彼女は自分の腕を見た。


「でも、反動が全部、腕に返ってくる。最近じゃ、変身解いても箸が持てねえんだよな。……ま、才能ねえから根性でカバーするしかねえんだけど」


 才能がない、か。

 俺は無言で冷蔵庫から氷嚢ひょうのうを取り出し、カウンターに置いた。


「食ってる間、冷やしとけ」

「お、サンキュ」


 そして俺は、工具箱から六角レンチと、小さなタブレット端末のような分析器を取り出した。


「ちょっと腕出しな」

「え? 何すんだ?」

「食ってろ。……いいから」


 俺は彼女が丼をかき込んでいる隙に、ナックルガードの手首部分にあるメンテナンスポートを開いた。

 内部の衝撃吸収ゲルが、炭化して真っ黒になっている。これじゃクッションの役割を果たしていない。完全に「直撃」を手首で受けている状態だ。


「……やっぱりな。衝撃吸収ショック・アブソーバーの設定が『OFF』になってる」

「あー、それな。先輩が『その方がパンチが重くなる』って弄ってくれたんだ」


「バカ野郎が」


 俺は吐き捨てた。


「吸収機能を切れば、確かに打撃の運動エネルギーは一〇〇%相手に伝わる。だがな、作用反作用の法則は魔法でも無視できねえ。同じだけの手痛いしっぺ返しがお前の骨を砕くんだよ」


 それは「根性」や「指導」の名を借りた、ただの無知なイジメだ。現場を知らない脳筋先輩のやりそうなことだ。

 俺は端末を接続し、制御プログラムを書き換えた。


「インパクトの瞬間だけ魔力障壁を展開して、反動を『熱』に変換して逃がす設定に変える。打撃音は少し変わるが、威力は落ちねえ」


 さらに、炭化したゲルの代わりに、厨房にあった予備のシリコンパッキンを詰め込んだ。応急処置だが、無いよりはマシだ。


「……よし、動かしてみな」


 豚丼を完食した彼女は、ナックルをつけたまま、空に向かって軽くジャブを放った。

 シュッ。

 風切り音と共に、拳の先端からプシュッ、と白い蒸気が排気された。


「……え?」


 彼女は目を見開いた。


「軽い……! 手首にガツンと来ない! それに、なんか温かい?」

「反動を熱に変えたからな。冬場にはちょうどいいカイロになる」


 彼女は信じられないといった顔で、自分の手を見つめ、それからニカっと笑った。


「すげえ! これなら、あと百発は殴れる!」

「調子に乗るな。手首の骨にはヒビが入ってるかもしれん。明日、病院に行け」

「へいへい。……ありがとな、大将!」


 彼女は残った黄身をスプーンで掬い、名残惜しそうに舐めた。

 その手からは、先ほどまでの震えが消えていた。


「お代! めちゃくちゃ美味かった! 力が湧いてきたぜ!」


 彼女はカウンターに千円札を置くと、今にも走り出しそうな勢いで立ち上がった。


「あ、そうだ。大将、なんでそんなこと出来んの?」

「……昔、防具屋でクレーム処理係をやってただけだ」

「ふーん? 変な防具屋!」


 彼女は笑い声を残し、夜の街へと飛び出していった。

 遠くで、ドォン! と何かが砕ける豪快な音がした。早速、試し打ちでもしたらしい。


「……たく、加減を知らねえ客だ」


 俺は氷嚢を片付けた。

 若さという武器は、時に自分自身を傷つける諸刃の剣になる。

 それを研ぎ直してやるのも、大人の仕事ってやつか。

 俺は空になったドンブリを洗った。

 ニンニクの匂いが充満する店内。

 これで明日も、あの拳は誰かを守るために振るわれるのだろう。


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