表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/66

嫌われ者の黒いスープと、富山ブラック


 深夜のラジオニュースが、不穏な話題を報じていた。


『――先日より出没している“黒い魔法少女”による被害報告が相次いでいます。妖精協会は彼女を「堕ちた魔法少女フォールン」と認定し、警戒を呼びかけており……』


 俺は眉をひそめ、ラジオのスイッチを切った。

 正義の味方がいれば、悪役もいる。それがこの業界のシナリオ(台本)だ。

 だが、その配役がいつも正しいとは限らない。

 カラン、と乾いた音がした。

 暖簾をくぐる気配はなかったのに、いつの間にかカウンターに「それ」は座っていた。

 全身を漆黒の甲冑に包んだ少女。背中には、禍々しい装飾が施された巨大な大鎌デス・サイズ

 顔の半分は黒いバイザーで覆われているが、覗く口元は引き結ばれている。

 間違いない。今ラジオで言っていた「堕ちた魔法少女」だ。


「……食えるか」


 彼女は低い声で言った。


「店主。あんたも、私が怖いか?」

「客は客だ。金さえ払えばな」


 俺は動じることなく答えた。


「注文は」

「……黒いもの。私の心みたいに、真っ黒で、塩辛いやつ」


 中二病じみたオーダーだが、その声には自嘲が混じっていた。

 俺は頷き、たまり醤油のボトルを掴んだ。

 中華鍋で豚バラ肉を強火で炒め、そこに特製の黒醤油タレを一気に注ぐ。

 ジュワアアッ!!

 焦げた醤油の香りが爆発的に広がる。

 真っ黒なスープに太麺を沈め、その上から粗挽きのブラックペッパーをこれでもかと振りかける。具はメンマと、煮込みチャーシュー、そしてざく切りのネギ。

 富山ブラックラーメン。

 見た目のインパクトは最凶だが、その味は労働者のために計算され尽くした塩分補給食だ。

 ドンブリを出すと、彼女はバイザーを少し上げ、スープの色に目を細めた。


「……本当に、真っ黒だな」


 彼女はレンゲでスープを啜った。

 ガツン! とくる醤油の塩気と、ペッパーの刺激。


「……っ!」


 むせそうになるのを堪え、彼女は麺を啜った。

 濃い味付けが、孤独な戦いで麻痺した味覚を無理やり叩き起こす。


「……しょっぱい。でも、悪くない」


 彼女は水を飲みながら、ポツリと言った。


「皆、私を見ると逃げるんだ。怪獣を倒しても『黒い霧を撒き散らす魔女』だって石を投げられる。……私の魔法、そんなに気味が悪いか?」


 彼女の背中の大鎌から、常にゆらゆらと黒いもやが立ち上っていた。

 それが彼女の「悪役」としてのオーラを形成している。

 俺はラーメンの水切りをしながら、その鎌を横目で観察した。

 禍々しいデザインだが、基部に見えるシリアルナンバーには見覚えがあった。


「……『タナトス・サイズVer.2』。海外メーカー『グリム・ワークス』の製品だな」


「え?」


 彼女が箸を止める。


「海外製は出力が高い代わりに、排魔効率が悪いんだ。……おい、その鎌、ずっと『アイドリング状態』にしてないか?」

「そりゃあ……いつ敵が来てもいいように、魔力は込め続けてるけど」

「それが原因だ」


 俺はため息をつき、カウンター越しに手を伸ばした。


「ちょっと貸せ。……汚ねえな、すすだらけだぞ」


 俺は鎌の柄にある排気ポートを指でこすった。指先が真っ黒になる。


「お前が撒き散らしてる『黒い霧』。あれは闇の魔力でも呪いでもねえ。単なる『不完全燃焼の排ガス』だ」

「は……?」


 彼女が呆気にとられた顔をする。


「グリム社のエンジンは、低回転時にカーボンが溜まりやすいクセがあるんだよ。その煤が魔力と一緒に噴き出して、煙幕みたいになってるだけだ。……整備不良もいいとこだな」


 俺は工具箱からワイヤーブラシと、キャブレタークリーナーを取り出した。

 排気ポートにノズルを突っ込み、洗浄剤を噴射する。

 プシューッ!

 真っ黒なヘドロのような液体が流れ落ちてくる。


「うわっ、汚なっ!」

「こんだけ詰まってりゃ、そりゃ煙も出るわ。……ついでに吸気バルブの調整もしとくぞ」


 俺はドライバーでエアスクリューを回し、混合気を薄めに設定した。

 ブラシで煤をこそぎ落とし、最後にウエスで磨き上げる。


「よし。魔力を流してみろ」


 彼女は恐る恐る鎌を握り、魔力を込めた。

 ブォン……。

 先ほどまでの禍々しい黒煙は消え、代わりに透明な、蒼白い陽炎のような光が刃を包んだ。


「……えっ? 青い?」

「これが本来の色だ。完全燃焼してりゃ、煙なんざ出ねえよ」


 俺は手を洗って言った。


「これで明日から『黒い魔女』とは呼ばれなくなるだろ。……ま、『蒼い死神』くらいにはなるかもしれんがな」


 彼女は信じられないといった顔で、クリアになった刃を見つめていた。

 そして、急に顔を真っ赤にした。


「じゃ、じゃあ私、今まで……ただのガス欠寸前の車みたいに、黒煙を撒き散らしてカッコつけてたってこと……!?」

「そういうことだ。環境に悪いから気をつけろ」


 彼女は恥ずかしさで悶絶しそうになりながら、残りのラーメンを一気にかき込んだ。


「お、お代ッ! 釣りはいらない!」


 カウンターに紙幣を叩きつけ、彼女は逃げるように立ち上がった。

 だが、出口で一度だけ振り返った。

 バイザーの下の瞳は、もう曇っていなかった。


「……ありがとう! 次は、もっと普通のラーメン食いに来る!」


 彼女は青い光の帯を残し、夜空へと消えていった。


「……普通のラーメンか」


 俺は空になった真っ黒なドンブリを下げた。

 悪役だの魔女だのと騒がれても、蓋を開ければ整備不良のポンコツだったわけだ。

 世間の評価なんて、案外そんなもんかもしれない。

 俺はラジオを再びつけた。

 ニュースの続きが流れる。


『――現場からの報告です。先ほどの黒い魔法少女ですが、現在は青い光を放ちながら、人命救助を行っている模様です。正体は別人の可能性も……』

「……ふん」


 俺はニヤリと笑い、新しい麺をテボに投げ入れた。

 黒が白に変わるなんざ、オセロみたいで面白いじゃねえか。


 ここに来れば、どんな色の客だって、腹を満たして帰るだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ