嫌われ者の黒いスープと、富山ブラック
深夜のラジオニュースが、不穏な話題を報じていた。
『――先日より出没している“黒い魔法少女”による被害報告が相次いでいます。妖精協会は彼女を「堕ちた魔法少女」と認定し、警戒を呼びかけており……』
俺は眉をひそめ、ラジオのスイッチを切った。
正義の味方がいれば、悪役もいる。それがこの業界のシナリオ(台本)だ。
だが、その配役がいつも正しいとは限らない。
カラン、と乾いた音がした。
暖簾をくぐる気配はなかったのに、いつの間にかカウンターに「それ」は座っていた。
全身を漆黒の甲冑に包んだ少女。背中には、禍々しい装飾が施された巨大な大鎌。
顔の半分は黒いバイザーで覆われているが、覗く口元は引き結ばれている。
間違いない。今ラジオで言っていた「堕ちた魔法少女」だ。
「……食えるか」
彼女は低い声で言った。
「店主。あんたも、私が怖いか?」
「客は客だ。金さえ払えばな」
俺は動じることなく答えた。
「注文は」
「……黒いもの。私の心みたいに、真っ黒で、塩辛いやつ」
中二病じみたオーダーだが、その声には自嘲が混じっていた。
俺は頷き、たまり醤油のボトルを掴んだ。
中華鍋で豚バラ肉を強火で炒め、そこに特製の黒醤油タレを一気に注ぐ。
ジュワアアッ!!
焦げた醤油の香りが爆発的に広がる。
真っ黒なスープに太麺を沈め、その上から粗挽きのブラックペッパーをこれでもかと振りかける。具はメンマと、煮込みチャーシュー、そしてざく切りのネギ。
富山ブラックラーメン。
見た目のインパクトは最凶だが、その味は労働者のために計算され尽くした塩分補給食だ。
ドンブリを出すと、彼女はバイザーを少し上げ、スープの色に目を細めた。
「……本当に、真っ黒だな」
彼女はレンゲでスープを啜った。
ガツン! とくる醤油の塩気と、ペッパーの刺激。
「……っ!」
むせそうになるのを堪え、彼女は麺を啜った。
濃い味付けが、孤独な戦いで麻痺した味覚を無理やり叩き起こす。
「……しょっぱい。でも、悪くない」
彼女は水を飲みながら、ポツリと言った。
「皆、私を見ると逃げるんだ。怪獣を倒しても『黒い霧を撒き散らす魔女』だって石を投げられる。……私の魔法、そんなに気味が悪いか?」
彼女の背中の大鎌から、常にゆらゆらと黒い靄が立ち上っていた。
それが彼女の「悪役」としてのオーラを形成している。
俺はラーメンの水切りをしながら、その鎌を横目で観察した。
禍々しいデザインだが、基部に見えるシリアルナンバーには見覚えがあった。
「……『タナトス・サイズVer.2』。海外メーカー『グリム・ワークス』の製品だな」
「え?」
彼女が箸を止める。
「海外製は出力が高い代わりに、排魔効率が悪いんだ。……おい、その鎌、ずっと『アイドリング状態』にしてないか?」
「そりゃあ……いつ敵が来てもいいように、魔力は込め続けてるけど」
「それが原因だ」
俺はため息をつき、カウンター越しに手を伸ばした。
「ちょっと貸せ。……汚ねえな、煤だらけだぞ」
俺は鎌の柄にある排気ポートを指でこすった。指先が真っ黒になる。
「お前が撒き散らしてる『黒い霧』。あれは闇の魔力でも呪いでもねえ。単なる『不完全燃焼の排ガス』だ」
「は……?」
彼女が呆気にとられた顔をする。
「グリム社のエンジンは、低回転時にカーボンが溜まりやすいクセがあるんだよ。その煤が魔力と一緒に噴き出して、煙幕みたいになってるだけだ。……整備不良もいいとこだな」
俺は工具箱からワイヤーブラシと、キャブレタークリーナーを取り出した。
排気ポートにノズルを突っ込み、洗浄剤を噴射する。
プシューッ!
真っ黒なヘドロのような液体が流れ落ちてくる。
「うわっ、汚なっ!」
「こんだけ詰まってりゃ、そりゃ煙も出るわ。……ついでに吸気バルブの調整もしとくぞ」
俺はドライバーでエアスクリューを回し、混合気を薄めに設定した。
ブラシで煤をこそぎ落とし、最後にウエスで磨き上げる。
「よし。魔力を流してみろ」
彼女は恐る恐る鎌を握り、魔力を込めた。
ブォン……。
先ほどまでの禍々しい黒煙は消え、代わりに透明な、蒼白い陽炎のような光が刃を包んだ。
「……えっ? 青い?」
「これが本来の色だ。完全燃焼してりゃ、煙なんざ出ねえよ」
俺は手を洗って言った。
「これで明日から『黒い魔女』とは呼ばれなくなるだろ。……ま、『蒼い死神』くらいにはなるかもしれんがな」
彼女は信じられないといった顔で、クリアになった刃を見つめていた。
そして、急に顔を真っ赤にした。
「じゃ、じゃあ私、今まで……ただのガス欠寸前の車みたいに、黒煙を撒き散らしてカッコつけてたってこと……!?」
「そういうことだ。環境に悪いから気をつけろ」
彼女は恥ずかしさで悶絶しそうになりながら、残りのラーメンを一気にかき込んだ。
「お、お代ッ! 釣りはいらない!」
カウンターに紙幣を叩きつけ、彼女は逃げるように立ち上がった。
だが、出口で一度だけ振り返った。
バイザーの下の瞳は、もう曇っていなかった。
「……ありがとう! 次は、もっと普通のラーメン食いに来る!」
彼女は青い光の帯を残し、夜空へと消えていった。
「……普通のラーメンか」
俺は空になった真っ黒なドンブリを下げた。
悪役だの魔女だのと騒がれても、蓋を開ければ整備不良のポンコツだったわけだ。
世間の評価なんて、案外そんなもんかもしれない。
俺はラジオを再びつけた。
ニュースの続きが流れる。
『――現場からの報告です。先ほどの黒い魔法少女ですが、現在は青い光を放ちながら、人命救助を行っている模様です。正体は別人の可能性も……』
「……ふん」
俺はニヤリと笑い、新しい麺をテボに投げ入れた。
黒が白に変わるなんざ、オセロみたいで面白いじゃねえか。
ここに来れば、どんな色の客だって、腹を満たして帰るだけだ。




