「ルーシーインザスカイ」
読み終わったらトイレへGO!
全くの偶然が新しい世界の扉を開き、人生を180度変える。いや、俺の場合は斜め前に飛んだんだ。
ボタンの押し間違えなんてよくあるだろう。エレベーターで、車の運転で、自動販売機で…。
そこはホテルのバスルームだった。
日本人の偉大なる発明、シャワートイレ! 用が済んで〝停止〟ボタンを押したつもりだった。
「うっ!」
なんと、水流が変化した!
ウェーブ洗浄だった!
リズムと振動。
その瞬間、肛門から脊髄を通り抜けたものは何だったのか?
只のパルスではない何かだ!
脳幹を通り抜けたソイツは中脳の視床下部を直撃した! あらゆる知覚神経を司るモニターセンターはソイツに歪められ、捻じ曲げられ、増幅され、遮断され、混乱を引き起こす。
柑橘系の香りが強く漂ってくる。タンジェリンオレンジ? ペーパーホルダーがカラカラと回り出して黄色や緑色のセロファンの蝶になって千切れて飛んでゆく。空間は引き伸ばされて天井が空高く広がり、まるでママレードスカイみたいだ。横を向くと浴槽の舟にルーシーが笑いかけていて上を指差している。見上げれば遥か遠い空にダイヤモンドが輝いている。訳を聞こうとルーシーに向き直った瞬間、彼女はダイヤモンドめがけて飛び立ってしまった。
(あぁ、コレがジョンが見たやつなんだ…。)
何処からか聴こえてくるシタールの気怠いサウンド。
ストンと我に返った。
何が起こったのかは大体想像がついた。混乱した視床下部が下垂体に誤った指令を送り、ドーパミン、もしくはエンドルフィンを大量に分泌させたのだろう。脳内麻薬物質だ。
ジャパニーズシャワートイレにこんな機能が付いていたなんて!
俺はシャワートイレの品番をメモしてネットで取説を調べまくった。
メーカーはこの機能を公式には認めていないらしい。シャワー洗浄はオートオフ機能がついていて5分の洗浄で自動的にオフになるらしい。このリミットを外せないのが残念だ。
5分間でどこまで飛べるか? 俺はルーシーと一緒に飛びたいんだ! そうすればジョンを越えられる気がする。何か方法がある筈だ! そうだ!洗浄には強弱のセレクトがある! そして温水温度だ! いや待てよ、便座の温度も関係しているかもしれない! 全てのパラメータをマックスにすればルーシーより高く飛べるかもしれない! もっと高く!
「ボス、またですね…。」
「あぁ、盛りを過ぎたミュージシャンばかり、今月に入って10軒目だ。」
「ドラックの痕跡がまるでない部屋で検死結果はオーバードースって…。しかも今回ギターとiPadをトイレに持ち込んでますね。」
「作曲でもしてたんだろう。どれ、遺作を聴かせてもらおうじゃないか。」
流れ出すサイケデリックソング。
「ヘイ、ボス!コレってビートルズ超えてないっすか?」
「驚いたな! なんてタイトルだ?」
「『Flying higher than Lucy!』だそうです。」
「そうか…。この曲はぶっ飛んでるな。」
「はい、ぶっ飛んでますよ。」
おわり




