ep9.玉座なき魔王編 エピローグ
創夜が眠るアストラル・ブレイカーのコックピットでミーナは悪魔の書を広げ、そのページの空白を指先でなぞった。
彼女が静かに魔力を練り上げると、影が異常なほどに伸び、一箇所に収束していく。そこから現れたのは、燕尾服を着た少年の姿をしながらも、瞳に銀河の螺旋を宿した悪魔――クロノスだった。
『……珍しいな、悪魔の書の正当なる継承者よ。我を呼び出すとは』
「アザートスって創夜が先走ったせいで、うっぷんが溜まってるの、みんなでこのうっぷんを晴らせるような敵はどこかにいないかしら?」
ミーナの言葉に、クロノスは愉快そうに肩を揺らした。
『くくく……いいだろう。アザートスの夢を現実のものとしたか……しかし、夢の方がいいこともあるようだ』
ミーナは真剣な眼差しで、飛空艇のコックピットの地図を指差した。
「創夜は一人で背負いすぎている。私たちは、彼に『守られる対象』で終わりたくないの。……彼一人のチートでは決して届かない、仲間全員の力が対等に噛み合わなければ倒せない『絶望』を教えなさい」
クロノスの表情から余裕が消え、冷徹な神性が顔を出した。
『……正気か? それは、個としての限界を超えた先にしか存在せぬ絶望だぞ。一人で挑めば、戦うという「因果」そのものを消去され、存在しなかったことにされる。それでも望むか?』
「ええ。今の私たちなら、その絶望すら笑い飛ばせるわ」
『いいだろう。ならば、その座標を刻んでやろう。……次元の牢獄、終焉の回廊の最深部。そこに鎮座するのは、神々が世界の秩序を保つために遺した「装置」……』
クロノスが指を鳴らすと、世界地図が異常な回転を始め、針が折れんばかりに一点を指した。
『その名は、アーテル・エクス・マキナ』
「アーテル……エクス・マキナ…」
──
アストラル・ブレイカーが次元の嵐を突き抜け、終焉の回廊へと侵入した瞬間、世界から『音』が消えた。
パノラマウィンドウの先に現れたのは、無数の歯車が組み合わさったような、白銀の巨神。その背後には、因果律を視覚化したかのような黄金の輪が幾重にも回転している。
『――対象を検知。存在の因果を走査中……』
無機質な声がコックピット内に響き渡る。
「あれが、アーテル・エクス・マキナ……。デカすぎアル。あんなの、どうやって殴ればいいアルか!」
リンがガントレットを鳴らしながら身構える。創夜は一歩前に出ると、不敵に笑って『夜の剣』を抜いた。
「相当でかいのに隙がないな」
アストラルブレーカーの主砲を叩き込む。
『――裁定。その「攻撃」という事象の因果を、この宇宙から消去する』
次の瞬間、創夜の目から信じられない光景が飛び込んできた。
巨大な主砲のレーザーが一瞬でまるで最初から何もしていなかったかのようにきえた。それどころか、飛空艇も主砲を撃つ前の位置へ戻されていた。
「……は? 今、確かに攻撃したはずだぞ?」
「これがアイツの能力よ、気を付けた方が良さそうね」
ミーナが険しい表情で悪魔の書をめくる。
「『攻撃した』という原因を、あいつが『なかったこと(無)』に書き換えたのよ。一人で挑む限り、あなたの行動はすべてその瞬間に否定されるわ」
巨神の右腕がゆっくりと持ち上がる。その指先には、暗黒のエネルギーが収束していた。
『――反論は却下する。次に、貴様の「存在」そのものの因果を裁定する』
「来るわよ! フィーリア、障壁最大出力!」
「了解。ですが、物理障壁では防げません。概念防御を展開します!」
フィーリアがコンソールを叩き、アストラル・ブレイカーを包む魔導障壁が多層展開される。直後、巨神から放たれた極太のレーザーが飛空艇を直撃した。
衝撃で船体が大きく揺れる。
「ぐっ……! 俺のチートが通用しないなんてな。……だが、ミーナの言った通りだ。俺一人の因果が消されるなら、消しきれないほどの『絆』を叩きつけてやるまでだ!」
創夜は再び剣を構え、今度は仲間たちに向かって叫んだ。
「みんな! ヨグ=ソートスの時と同じだ。六芒星の陣形を展開する! あいつが一人を裁定している間に、残りの五人が因果をねじ込むぞ!」
「待ってたアル! その言葉を聞きたかったネ!」
リンが甲板から飛び出し、ミリィが風となって並走する。
アストラル・ブレイカーの甲板から、五つの光が飛び出した。
創夜を陣形の中心とし、リン、ミリィ、フィーリア、ミーナ、そして後方で魔法を構えるセリアが、巨大なアーテル・エクス・マキナを取り囲むように展開する。
『――検知。複数対象による同時演算を確認。並列裁定を開始する』
巨神の背後の黄金の輪が、さらに高速で回転を始めた。その輝きが強まるたびに、周囲の空間が「現実」から切り離されていくような感覚に襲われる。
「こいつ、一人じゃなくて全員の動きを同時に消そうとしてるアルか! 欲張りすぎネ!」
リンが叫びながら、巨大な歯車の腕に向かって拳を突き出した。
「――ドラゴニック・バースト!」
だが、その衝撃波が届く寸前、巨神の指先がリンを指した。
カチリ、と時計の針が戻るような音が響き、リンの放った『攻撃』の因果が消去される。リンの身体は再び構えをとる前の位置へと強制的に戻された。
「くっ、やっぱり消されるわ……でも、これならどう!?」
ミリィが瞬速の剣を抜き、残像すら残さない速度で空間を駆け抜ける。裁定の速度を上回る超加速。
しかし、巨神は無機質な声で告げる。
『――速度は無意味。移動したという結果を消去する』
「きゃああっ!?」
ミリィもまた、飛空艇の端まで戻されてしまう。一人ずつでは、あいつの演算速度に追いつけない。
「みんな、落ち着け! あいつが一人を裁定している間は、他の奴への演算がコンマ数秒遅れるはずだ!」
創夜が『夜の剣』を掲げ、全魔力を解放する。
「ミーナ、フィーリア! 攪乱を頼む!」
「任せなさい! ――多重演算!」
「マギテック・ゴーレム!」
フィーリアのマギテック・ゴーレムの巨大な両腕が空中に召喚され、連撃を叩き込む、そして、腕だけではなく、創夜のスキルを真似したのか、空中に巨大なゴーレムの弓、鎌、槍、レールガンが召喚される。そして、弓から光の1本の矢が放たれる。空中で拡散し、1本の弓から1000を越える弓の矢が敵の頭上に降り注ぐ、それと同時に、ゲイボルグの槍が敵めがけて投げられた。鎌は創夜スキル、虚空断裂ヴォイド・スライサーが放たれ、鎌が通った軌道上には、一瞬、夜の闇を切り取ったかのような深淵の黒い亀裂が走った。それは物理的な斬撃ではなく、空間そのものを断ち切る一撃。亀裂の先にあった波打ち際の岩礁は、鎌が触れる前に、まるで消しゴムで消されたかのように無音で消滅した。
そして、ミーナが召喚した数十の悪魔と、フィーリアの巨神が周囲を埋め尽くした。数千の『偽の攻撃』が同時に巨神へと降り注ぐ。
『――裁定、裁定、裁定……。ノイズが許容値を突破。優先順位を再設定』
巨神の黄金の輪が激しく火花を散らす。あまりの攻撃回数に、因果の消去が追いつかなくなっているのだ。
「今だ! セリア!」
「ええ! 聖域の光、因果を繋ぎ止める楔となれ! ――アバロン・アンカー!」
セリアが賢者の杖を掲げると、仲間の足元に強固な魔法の鎖が顕現した。それは「現在」という時間をその場に固定し、因果の逆行を拒絶する絶対的な防御魔法。
『――警告。因果の書き換えに抵抗を確認。出力を増大……』
「増大させる前に、俺たちが叩き込む! リン、ミリィ、行くぞ!」
創夜の号令と共に、前衛の三人が一斉に踏み込んだ。
セリアの楔によって因果の消去を耐え凌ぎながら、巨神の白銀の装甲へと肉薄する。
「これでもくらいなさい!」
全員の重力魔法がアーテル・エクス・マキナの体を押さえ込んだ。
「これが、俺たちの――絆の力だぁぁ!!」
創夜の剣が、因果を否定する黄金の輪を真っ向から捉えた。
消そうとする力と、刻もうとする力が衝突し、終焉の回廊に凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
因果を消そうとする神の装置に対し、創夜の剣が真っ向から黄金の輪を捉えた。
消そうとする力と、刻もうとする力が衝突し、終焉の回廊に凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
神の理が、今、人の絆によってひび割れようとしていた。
創夜の『夜の剣』が巨神の黄金の輪と激突し、因果の火花が異空間を焼き尽くす。
本来ならば、この接触すら『なかったこと』にされるはずだった。しかし、セリアの『アバロン・アンカー』が現在を繋ぎ止め、リンたちの重力魔法が巨神の演算を物理的に歪めている。
『――不合理。因果の矛盾を確認。再裁定……再裁定……エラ、エラー』
アーテル・エクス・マキナの背後の歯車が、悲鳴のような金属音を立てて逆回転を始めた。神の装置といえど、六人のチート級の力が重なり合った「絆」という名のバグを処理しきれなくなっている。
「今よ! 奴の因果律が揺らいでる! 創夜、最大火力で叩き込んで!!」
ミーナの叫びに応え、創夜は大きく跳躍した。
「みんな、あの時と同じだ! 神々の武器を共鳴させるぞ!!」
創夜の言葉に、仲間たちが呼応する。
ミリィの瞬速剣、リンのガントレット、フィーリアの魔人の腕、ミーナの悪魔の書、そしてセリアの賢者の杖。かつてヨグ=ソートスを討った六つの輝きが、今再び、創夜の持つ『夜の剣』へと吸い込まれていく。
「これが……俺たち六人の、答えだぁぁ!!」
創夜の剣は、もはや鉄の塊ではなかった。それは銀河の光を宿し、過去・現在・未来のすべての因果を一点に収束させた、究極の輝き。
――究極六芒星術式:因果崩壊!!
創夜が振り下ろした一撃は、巨神の黄金の輪を真っ向から両断した。
裁定されることも、消去されることもない。ただ純粋に、圧倒的な絆の力が、神の理そのものを破壊したのだ。
『――理、解、不、能。秩序の……崩壊を……確認……』
白銀の巨神の身体に、無数の亀裂が走る。そこから漏れ出すのは、失われた因果の光。
ゆっくりと、巨神はその巨体を崩壊させ、終焉の回廊の塵へと還っていった。
静寂が戻る。
荒い息をつきながら、創夜はその場に膝をついた。
「ははっ……。最高の敵だったな……にしても、フィーリアのゴーレムのあれってまさか、俺のスキルコピーしたのか?」
「えっへん。メトロポリスの科学を舐めないで!」
フィーリアはロボットとは思えない人間以上の満足そうな笑顔を浮かべていた。
背後から、リンたちが駆け寄ってくるのがわかる。
「中々面白い相手だったアル! !」
「前の創夜の独走のうっぷんが晴れた気がするわ」
「いい運動だったわ」
「ミーナの悪魔の情報は最高だったわ」
「本当に創夜についていると飽きないわね」
「次はどこへ行こうか」
セリアが優しく微笑み、疲弊した創夜の身体を癒やしの魔法が包み込む。
ミーナは勝ち誇ったように悪魔の書を閉じ、空を見上げた。
創夜は仲間たちの顔を見回し、晴れやかな笑顔を浮かべた。
神の理すら超えた六人の絆。その物語は、まだはじまったばかりだ。




