ep6.星間を繋ぐ門編 深淵の底
特殊降下用ポッドは、青白い粘性の霧を切り裂き、轟音を上げる大瀑布の水流を巧妙に避けながら、急速に滝壺の底へと向かっていた。ポッド内部は分厚い隔壁で守られているものの、外側に渦巻く次元のエネルギーの圧力は肌を刺すような重さとして感じられた。
「降下完了まで、残り30秒です」
フィーリアがポッドのモニターを確認し、冷静に告げた。
創夜は、手に力を込めた。この先は、物理法則すら曖昧な領域だ。
「ついた。逆光石は光を拒絶する結晶だ、手分けして探そう」
ポッドが着地した瞬間、外の次元的な圧力が一気に解放された。ポッドの外、滝壺の底は、巨大な洞窟のようになっていた。滝の水は周囲の岩盤に開いた巨大な穴に吸い込まれており、その中心には、漆黒の湖が広がっている。湖面は静まり返り、一切の光を反射せず、見る者の意識を吸い込みそうな不気味な闇を湛えていた。
「ここが……深淵の底アルか」リンが息をのんだ。
「真っ暗だわ」ミリィが口に手を当てる。
創夜は岩場に降り立った。空を見上げれば、滝壺上空に広がる青白い霧が、異界への門の存在を強調している。
「フィーリア周りをスキャンできるか?」
そういうと創夜は光魔法で辺りを照らすが、光がすぐにすっと消える。
「あれ?……」
「光が吸収されているの?」ミーナが驚く。
「私の出番ね」
セリアが賢者の杖の魔力であたりを照らした。
「広域探知開始するわ」
フィーリアがスキャンを開始した直後、漆黒の湖の表面がざわめいた。静寂を破って、不快な『音』が響き渡る。それは音というより、脳に直接届くような、知性を拒否する『概念』の振動だった。
湖面から、黒い粘液のようなものが隆起した。それは不定形で、しかしおぞましい質量を持ち、周囲の次元のエネルギーを吸収しながら巨大化していく。
それは古代の記述にあった、ヨグ=ソトースの『知識の影』が物質化した深淵の眷属だった。
「来たな」創夜が剣に手をかけるが、フィーリアが一歩前に出た。
「創夜、任せて」
眷属は無数の触手を発生させ、その触手の先端からは、空間そのものを腐食させるような異次元の波動が放出された。
「来るアル!」リンが警告を発する。
(あの触手、俺の仲間をおそうと考えると個人的に全て切り裂いてやりたいな)
眷属の放つ波動と触手は、避けることが不可能なほど広範囲かつ高速だった。しかし、フィーリアのマギテック・ゴーレムの全身を覆う魔神の腕の連撃が、触手の到達直前にわずかに軌道を歪ませた。
フィーリアの無我の境地が発動する。
触手が彼女の顔面や胴体めがけて迫る瞬間、フィーリアの身体は、まるで時間軸がわずかにずれたかのように、最小限の動きでそれを避けた。右に0.5センチ、後ろに1センチ。その動きは機械的であると同時に、達人の域に達した武術家のような無駄のなさだった。
創夜は目を見張った。
(回避軌道の最適化……あの動きは、予測ではなく、攻撃の意図そのものを読み取り、攻撃が最も届かない座標へ無意識に移行している!)
眷属は、自身の攻撃が全て『回避』されていることに苛立ち、さらに触手の数を増やし、密度を高めた。
「回避のみでは、時間稼ぎにしかならないわね」フィーリアは冷静に分析した。
「対象は次元間エネルギーで構成されているみたいね。物理攻撃は無効。魔力波は吸収される。ただし、その存在形態は不安定……集中収束型の波動で存在構造を破壊するわ」
フィーリアの右腕の装甲が開くと、内部に組み込まれた小型の次元砲が起動した。彼女は一切の感情を込めずに、目標の中央一点に狙いを定める。
「対次元波収束砲(ディメンション・ウェーブ・コンセントレーター)、発射」
放たれたのは、光でも魔力でもない、次元の崩壊波を一点に収束した極小の光線だった。それは眷属の体表を突き破り、『存在する』というその構成概念そのものに干渉する。
キィィィィン!という、ガラスが割れるような甲高い異音と共に、眷属の不定形の体が激しく震えだした。触手は力を失い、黒い粘液はまるで砂のように崩れ落ち、漆黒の湖へと逆流していく。
「フィーリア! 戦闘中悪いけど、この湖が水か確認してくれ」
「討伐完了よ。水の反応があるわ。それはただの水のようね」
「よし、光魔法があっても湖の底が見えない。この湖の底が怪しいな」
「私の白魔法で調べてみるわ。もともと太陽光とかの光が白魔法だから反応があるはずよ」
「ホーリーライト!」
ミリィの白魔法で、池全体が光った。
「なんかあるぞ!」
「セリア!」
創夜がセリアに合図をしつつ、湖の水を重力魔法で持ち上げると、セリアが炎魔法で上空に持ち上がった水をすべて蒸発させた。
「相変わらずの規格外だわ」
ミーナが悪魔の書から規格外のホバーボードのようなものを召喚し湖の怪しい物体へと迫り、悪魔的な手袋で対象を回収する。
「創夜! 回収完了よ! これ何かしら?」
「暗くて見えないわね」
「ホーリーライト!」ミリィが白魔法で照らすが全然見えない。漆黒を保っている得体のしれないものがそこあることしかわからなかった。
「創夜、とりあえず、渡すわ」
「ありがとうミーナ!」
「暗いわね……」
「解析できないわ……」
「フィーリアもダメなのか……そんなこともあるのか」
「何かわからないアル」
「なんなのそれ!?」
「伝説も何も全然見えないじゃない」
「よくわからないが、これしかないだろ。とりあえずアイテムボックスにしまおう。一度外に出るぞ!」
――瞬間移動
「降下用ポッドは一応元に戻しておこうか」
そういうと、アストラルブレーカーをアイテムボックスから取り出し、降下ポッドの装置を操作して降下ポッドを元の位置に戻し、創夜たちはアストラルブレーカーに乗り込んだ。




