ep4.星間を繋ぐ門編 知識の図書館
飛空艇は、一夜にして大陸を横断し、古代の賢者が集ったという伝説の地、『知識の図書館』へと到達した。そこは、空に浮かぶ巨大な岩礁群の上に築かれた、荘厳な大理石の建造物だった。周囲の空気は澄み渡り、魔力と知識の波動が満ちている。
飛空艇を静かに着陸させた創夜たちは、中へと足を踏み入れた。図書館の内部は、無限に続くかのような書棚と、天井まで届く巨大な知識の柱が立ち並ぶ、壮大な空間だ。
「フィーリア、なんとかこの本の山の分析とかできたりしないか? 全部あさるには流石に何日もいるからな、それに、スキャン済みの本もいくらかは必要な情報は更新されているはずだ」
「分かったわ」
図書館の入り口でそんな会話をしている中、一冊の本が光り、創夜たちの目の前で本が独りでに開いた。
そして、文字が自然と空中に浮かび上がった。
そこには以下のような、理解を超越した文章が刻まれていた。
混沌の果てにて、盲目なる蠢動が、無貌の宮居を司る。
彼は玉座なき魔王にして、中心に座さぬ神なり。
空間と時間を繋ぎしは、ヨグ=ソートス。
彼は万物を内包する門にして、鍵そのもの。
その存在は、無限の泡を擁する螺旋の霧と化し、この世界の物理法則の外に座す。
門が開かれし時、黒き淵より、無形の影が高密度な物質を纏い、増殖する獣として溢れ出す。
彼らが増す度に、次元の隔壁は薄れ、虚空の震えが岩盤を穿つ。
この災厄を止めるためには、門を閉じることこそ、唯一無二の手段なり。
「まるで、古文を読んでるような感覚というよりも、エジプトの壁画をみてるような気分だな。わかりにくっ! フィーリア、セリア意味がわかるか? 玉座なき魔王ってのがヨグ=ソートスってやつか?」
セリアは額を押さえた。
「……私たちが遭遇した黒いモヤが門で、その現象を引き起こしているのは、ヨグ=ソートスと呼ばれる存在ということかしら」
リンが拳を握りしめる。「あの硬石ゴーレムは、異世界の魔物アルか!」
ミーナは表情を引き締める。
「玉座なき魔王…そして中心に座さぬ神。それが何を指すかは不明ですが、どうやら私たちは、ただの魔王討伐とはかけ離れた、次元の危機に直面しているようです」
創夜は、その難解な古代文字を睨みつけた。
「なるほど。門を閉じることが、唯一の手段か……魔王といわれるヨグなんとかっていう門を倒すことというか、壊すことなのか。それよりも、この門をどうにかしなければ、この世界は無限の泡から溢れ出す魔物に飲み込まれることになる」
フィーリアは、羊皮紙に記された幾何学模様を解析しながら、興奮気味に報告した。
「この記述の背後に、門を閉じるための何らかの儀式か、装置に関する座標情報が隠されている可能性が高いわ! 急いで解読する!」
一行は、この深淵の知識が記された断章を手に、新たな、そして最も危険な局面へと足を踏み入れた。
第一封印書庫に張り詰めた静寂の中、フィーリアの空間に空いたオペレーションルームから微かな電子音が響き渡っていた。彼女は、古代の象徴文字の背後に隠された、より高次元の幾何学的な構造を解析していた。
「あったわ! 古代の賢者たちは、この記述が安易に悪用されないように、門を閉じる鍵に関する情報を、難解な数理モデルとして暗号化していたのね」
フィーリアは興奮した面持ちで、解析結果を飛空艇のブリッジのメインスクリーンに投影した。
「この暗号を解読したところ、門が最も不安定になる場所、つまり封印の儀式を行うべき座標と、儀式に必要な三つの要素が特定できたわ!」
創夜が解析結果を食い入るように見つめる。
「場所はどこだ?」
「場所は……この大陸の遥か北西に位置する、古代の天文台跡地よ。現在では、地図から消滅している星見の塔と呼ばれる場所ね。座標情報は完璧よ」
次に、フィーリアは儀式に必要な三つの要素について説明した。
「問題は、この三つの鍵ね。断章には、抽象的な言葉で記されているわ」
フィーリアは、解読された文章を読み上げた。
『真実の螺旋を知る者の魂』
『光を呑み込みし結晶』
『時間を超克し、空間を固定する装置』
リンが首を傾げる。
「真実の螺旋……? 光を呑み込む……? まるで詩みたいアルね」
創夜は沈思黙考し、自身の持つ知識と照合し始めた。
「待て。一つ目は、俺たちを指している可能性が高い。俺たちこそが、バベルの塔の螺旋を知るものだ」
「二つ目、光を呑み込みし結晶……逆光石ではないかしら? 伝説的な石よ。ある場所なんて聞いたことないわ」
セリアが推測する。
創夜は最後の要素に目を向けた。
「そして三つ目、時間を超克し、空間を固定する装置。これは、俺の持っている飛空艇アストラル・ブレイカーの装備だ。この船は、時空間を歪めて超速移動するために、次元を超越した特殊な装置で構成されている。この船の強化パーツにそんなのがあったな」
三つの鍵の候補が揃った。
「必要なのは逆光石だな」
創夜は、皆の顔を順に見つめた。
その言葉に呼応するように、机に置かれた古文書が激しく震え始めた。
バサバサと音を立てて勝手にページがめくれていく。止まったのは、何も記されていないはずの白紙のページだった。
「……見て。文字が、書き込まれていくわ」
セリアの掠れた声に全員が視線を落とす。
白紙のページに、まるで見えない筆が猛烈な勢いで走っているかのように、漆黒のインクが文字を刻んでいく。その文字はすぐに青白く発光し、ページから剥がれ落ちるようにして、空中に光の列となって浮かび上がった。
「逆光石は、地脈図にも鉱石図鑑にも載らぬ、神話の残滓なり……」
ミリィがその光る文字を読み上げ、目を輝かせる。
「『光を呑み込みし結晶』。世界が生まれた夜に、虚空の震えによって凝固した魔力の塊……。これ、普通の鉱物とは組成が全く違うんだわ。物理法則の外側にある、超希少物質ってことね」
ミーナが差し出したサンドイッチを、創夜は無意識に受け取った。だが、その目は空中で蠢き続ける光の記述に釘付けになっている。
記述は次第に図形へと姿を変え、簡略化された古い大陸地図を形作っていった。
「これは地図か? 今の大陸に似ているが、細部が違うな」
「おそらく深淵の時代――文明が生まれる前の大陸図よ」
セリアがその地図の一点、激しく明滅する箇所を指差した。
「解析完了。……現在の大陸南部、『深淵の大瀑布』と呼ばれる巨大な滝壺。そこが逆光石の眠る場所よ」
「大瀑布か。伝説じゃ、滝壺の底は次元の裂け目に繋がっていて、誰も到達できないと言われている場所のようだわ」
セリアが文献の記憶を辿るように補足する。
「光を呑み込みし結晶が、光の届かぬ地の底にある、かぁ」
創夜は顎に手を当て、光の地図を凝視した。次元の裂け目という言葉が、今回の事件の核心を突いている。
不意に、空中の文字がさらに激しく明滅し、禍々しい宇宙的な数式を伴った記述へと変貌した。
「ヨグ=ソートス……」
創夜がその名を口にすると、フィーリアは緊張に肩を震わせながら、浮かび上がる深淵の知識を訳し始めた。
『彼は道の開拓者。彼は万物の中にあり、一つの中に万物がある。彼は鍵にして門。彼の知識は、無限大の次元を横断する……』
「無限大の次元だと?」
創夜は息を呑んだ。アストラル・ブレイカーで次元を越えることはできる。だが、相手はその時空間の外側に遍在する神のような存在だというのか。
「この記述によれば、彼を直接倒すことは不可能に近いようです」
ミーナが静かに、だが断固とした口調で付け加えた。
「彼が次元を不安定にさせ、この世界に干渉している以上、鍵を使って『門』を閉じることこそが、唯一にして最大の防衛手段となります」
創夜は迷いを振り払うように拳を握りしめた。
「よし。やることは決まったな。目標は二つ目の鍵、逆光石。場所は深淵の大瀑布だ」
「ミーナ、出航準備だ。セリアとフィーリアは、現地に着くまでにその文字からさらに情報を引き出しておいてくれ。……行くぞ!」




