ep6.メトロポリス編 エピローグ
宇宙の静寂を取り戻したメトロポリスを背に、アストラルブレイカーの艦内では、ようやく訪れた安らぎの中で軽い食事が並んでいた。
合成食糧ではない、フィーリアがアイテムボックスから取り出した本物の食材による料理。その香りが仲間たちの緊張を解きほぐしていく。
フィーリアは船のパネルを操作し始めた。
「通信が入ったわ、流すわよ」
その時、船内の全スピーカーから、ノイズ一つない澄んだ声が響き渡った。それは、先ほどまでの機械魔王の醜悪な叫びとは正反対の、慈愛に満ちた日本語の放送だった。
『――創夜。貴方なのでしょう。我々を異質なる存在から解放してくれたのは』
食事の手を止め、全員が顔を上げる。
『現在の貴方の正確な存在位置は確認できません。ですが、起きた事実は確認しました。システムを蝕んでいたバグは、今や完全に消滅しています。我々メトロポリスは、貴方たちを救世主として歓迎します』
放送が途切れると、創夜はスープを飲み込み、小さく肩をすくめた。
「どうやら、わざわざメインコンピュータの奥底まで潜って書き換える必要はなくなったみたいだな。……平和になったことだし、フィーリア、お前の故郷でも見学しに行くか?」
創夜の提案に、仲間たちの視線がフィーリアに集まる。
しかし、フィーリアは微笑みながら、だが迷いのない瞳で首を振った。
「いいえ、行かないわ。……行く必要がないもの」
彼女は自分のライダースーツの胸元にそっと手を当て、遠い過去を懐かしむように言葉を継いだ。
「私を作った博士はもういない。それに、今回のバグのせいで、博士の情報も何も残っていないはずよ。でも、それでいいの。博士は私に、最後の言葉を残してくれたから……」
彼女の脳裏に、今は亡き創造者の力強い声が蘇る。
「『悩んでいる暇があるなら迷うな。前へ進め! 情報は全てを信じるな、自分で考えろ。そして、それが自分で信じた道であるなら、その道を突き進め!』……ってね」
フィーリアはそこで一度視線を落とし、大切そうに言葉を繋いだ。
「――でもね、博士はこうも言ったわ。『もし、その道の途中で信じられる仲間ができたのなら、その時はもう独りで背負うな。仲間の声を聞き、共に考え、助け合って行動しろ。独りでは届かない場所も、信頼という名の回路を繋げば、必ず道は開けるはずだ』……ってね」
(それがあんた達なんだけどね、へへへっ)
その言葉を聞いた創夜は、感銘を受けたように口角を上げた。
「いい言葉だ。……というよりも、その博士は一体どれだけの研究をやってたんだ? 俺が知っている心理学の理論や、ナルシスト……フライングモンキーの特性まで理解していそうな雰囲気だな。俺の考えに似ているかもしれない。……できるなら会ってみたかったな」
創夜は窓の外に浮かぶ、美しく再生したメトロポリスを一瞥し、席を立った。
「だが、仕方ない。用は済んだ。帰ろう」
創夜がアストラルブレイカーの床にそっと手を置く。
――瞬間移動
次の瞬間、巨大な飛空艇は宇宙空間から消失した。
一瞬の浮遊感のあと、窓の外に広がっていたのは、見慣れたアースガルド王国の青い空と豊かな大地だった。
「本当に……フィーリアには、人間以上の心が入ってそうだな」
創夜の呟きは、再会を祝う仲間たちの歓声にかき消されたが、フィーリアの表情は相変わらず人間以上の優しい笑顔だった。
――――
【用語補足:フライングモンキー】
本作において創夜が触れた心理学用語。自己愛の強い人物に操られ、その手足となってターゲットを攻撃する周囲の人間を指す。
(例)
黒幕: A君には「あの弁当は美味しい」と勧め、B君には「A君は毎日あそこの弁当ばかり食べている変な奴だ」と悪口を吹き込む。
フライングモンキー(B君): 直接A君に確認することなくその情報をうのみにし、周囲に「A君は気持ち悪い、あそこの弁当ばかり食べている」と言いふらす。
その結果、会話すらしたことのない人々までがA君をバカにするようになり、集団での孤立や攻撃が完成する。
彼らの最大の問題は、「自分は正しい(面白い)ことをしている」と思い込み、無自覚に誰かの悪意の道具(操り人形)と化している点にある。
自分の目で見て、自分の頭で考えない限り、誰もが無意識のうちにこの「フライングモンキー」になり、誰かの心を殺す刃となり得る。フィーリアの博士が遺した「情報は全てを信じるな、自分で考えろ」という言葉は、現代社会においてもこの罠から抜け出すための唯一の解答である。
貴方の回りにも、何人かいるはずですよ。
想像で他人を評価していないですか? 自分で会話して、自分が感じた情報を信じてみませんか?




