ep5.メトロポリス編 異変
特化型ロボットを全滅させた創夜の仲間たちの周囲に、再び静寂が訪れた。メトロポリスの警報は完全に止まり、空を覆っていたドローンの残党も撤退している。
創夜とフィーリアは誰もいない都市の中心へ向けてゆっくりと飛行していく。創夜はメトロポリスの都市に付属したカメラが動いてこちらをとらえているのを確認しながらカメラに向かって叫んだ。
「さて、次はどうする、メインコンピュータ。俺たちを危険人物と判断したなら、お前の不意打ちのお返しは終わりだ。お前を破壊するのは簡単だが、まずは話をさせてもらうぞ!」
しかし、応答はない。メインコンピューターは沈黙を守っている。
フィーリアがライダースーツのパネルを操作しながら、焦燥した声を上げた。
「ダメだ! 完全に通信を遮断してる! 防御システムも、中途半端に動いてるのが一番厄介だわ……次に何を仕掛けてくるか、全く予測できない!」
『創夜、こっちは休憩アル』
創夜は、立ち止まり、周囲を見渡した。
「AIは予測できない攻撃に、完全に思考停止しているはずだ。それに、俺たちが攻撃しなければ攻撃してこないということがよくわかるように、暫く静寂を保とうか」
データバンクへ向かって一歩を踏み出した、その時だった。
メトロポリスの全土を、かつてない激しい震動が襲った。
「きゃああっ!?」
フィーリアが悲鳴を上げ、膝をつく。地面そのものが、まるで生き物のように脈打ち、隆起していた。
周囲のビルが不自然に折れ曲がり、道路の舗装を突き破って、巨大な鋼鉄の歯車が回転しながらせり出してくる。
「何よこれ……街が、組み換わっているの!?」
フィーリアがライダースーツのパネルを必死に叩くが、返ってくるのはエラー表示の嵐だ。「ダメ、制御不能! これはメトロポリスじゃないわ……私の知っている設計図のどこにも、こんな変形機構なんて存在しない!」
次の瞬間。
創夜を含む仲間全員が宇宙空間へ弾むように放り出された。
先程までいたメトロポリスの最新科学の町がその町にいたロボット全てを吸収し、巨大ロボへと変形していく。
「……なんだ? ロボットを取り込んでいる。様子が明らかにおかしいぞ!」
創夜は即座に仲間の無事をテレパシーで確認した。
「リン、セリア、ミリィ、ミーナ大丈夫か?」
「大丈夫!」
「ふう、一緒に吸収されてないみたいで安心した」
創夜は即座に状況を整理した。
(全員が無事、ということは、俺たちを吐き出した? 吐き出すしかなかった? どういうことだ!?)
創夜は虚空に指を走らせ、スキルを発動した。
(ステータス確認)
目の前に浮かび上がったウィンドウには、街の名称ではなく、おぞましい赤文字の個体名が刻まれていた。
【個体名:機械魔王マキナ・ヴォルガ】
【状態:魔王の呪縛による完全汚染・殺戮形態】
「機械魔王マキナ・ヴォルガ?……『魔王』だって! フィーリア、何か知ってるか?」
「魔王ですって? わからないわ、少なくとも、もうワタシの知っているメトロポリスでは無いということだけは確かよ! こんな変形するなんてあり得ないわ。それにメトロポリスは町でしかないわ。魔王なんてでたらめよ! 様子がおかしかったのはそもそも、バグが存在していたのね、創夜、どうにかできるの?」
「こんな時だからこそ、あの技を思い出した」
暗黒の宇宙。酸素も重力もない死の世界。創夜がいつも全員にかけているフルオーラにより環境適応は問題ない。
創夜はすでに動いていた。アイテムボックスから、ステルス状態で待機させていた――アストラルブレイカーを、瞬時に離れた位置へ瞬間移動し取り出す。
テレパシーで全員に指示を飛ばした。創夜の声が、宇宙空間に放り出された仲間たちの脳内に直接響く。
『フィーリア、セリア、リン、ミリィ、ミーナ。悪いがこいつは俺一人でやる。町を壊さずに瞬殺してやる。だから、船で料理でも作って待っていてくれ』
「ちょっと創夜! 何を――」
フィーリアが反論する間も与えず、創夜はスキルを発動した。離れた仲間全員をアストラルブレイカーのコックピットへ転送した。
一人、宇宙に残された創夜。目の前には、星々を背に咆哮を上げる、惑星サイズの機械魔王が鎮座している。
創夜は、そのあまりに巨大で鈍重な姿を見て、心底面倒そうに吐き捨てた。
「悪いな。こういう時、アニメだったら全員をロボットに乗せて、『合体だ!』なんて叫びながら変形ロボで戦うのがお決まりなんだろうが……」
創夜は、眼前にそびえ立つ惑星サイズの鉄塊を、心底退屈そうに眺めた。
「悪いが、俺はこういう『リアル系』の熱い熱血展開ってのは嫌いなんだよ。昔のアニメにもあっただろう? 『明らかにロボに乗らない方が強いだろ』っていうツッコミどころ満載のやつがさ」
彼は静かに、だが圧倒的な威圧感を放つ抜刀剣の柄に手をかける。
「大体、俺たちはロボットなんかに乗った方が、明らかに弱くなるんだ。……こっちは『破壊専門』のチート持ちなんだからな!」
彼は静かに、腰の抜刀剣に手をかけた。
宇宙の暗闇に、赤黒い光を放つ異形の巨神が浮上した。
かつて美しい宇宙都市であったメトロポリスは、今や巨大な鋼鉄の四肢を持つ機械魔王『マキナ・ゴルバ』へとその姿を変えている。都市のビル群は棘のように逆立ち、魔王の殺意を代弁するように、無数の砲門が宇宙空間に漂う創夜へと向けられた。
創夜の瞳が冷徹に、巨神の核――魔王の殺意が最も濃く渦巻く『概念の結節点』を射抜いた。
彼は夜の剣を刀へと変形させる。それは『もの』を斬るための刃ではない。創造のスキルによって具現化された、形なき理を断つための器。
機械魔王がその巨大な顎を開き、宇宙を焼き尽くすほどの高エネルギー熱線を放とうとした、その瞬間だった。
「これは、斬るべきものしか斬れない剣だ。消えろ」
創夜が低く構え、意識を研ぎ澄ます。
――無想一閃・神薙
閃光。
宇宙の闇を一瞬だけ白く塗りつぶすような、鋭く、静かな一撃。
創夜の振るった刃は、巨大な機械魔王の体を、抵抗一つなく透過した。物理的な衝撃波も、爆発も起こらない。
しかし。
「……ガ、……ア、アアア……ッ!?」
機械魔王の内部から、電子の悲鳴とも、魔王の断末魔ともつかぬ異音が響き渡る。
創夜が斬ったのは、メトロポリスの鋼鉄ではない。街を狂わせ、殺意を増幅させていた『魔王の呪縛』という概念そのものだった。
パァン、と乾いた音が宇宙に響いた気がした。
機械魔王を覆っていた赤黒い禍々しいオーラが、ガラスが砕けるように四散し、宇宙の塵へと変わっていく。
直後、創夜の『創造』の力が光の波となって街を包み込んだ。
バグを斬り捨てられ、支えを失い崩壊しかけた巨大な四肢が、巻き戻されるビデオテープのように元の『都市』の形へと収束していく。
数秒後。
そこには、先ほどまでの化け物の姿はない。
静寂。
星々の光を反射して静かに浮かぶ、平和なメトロポリスがそこにあった。
創夜は剣を鞘に納め、カチリと音が鳴る。
「……さて。バグは消した。あとは、大人しくなったメインコンピュータと、ゆっくり話をさせてもらうか」
遠く離れたアストラルブレイカーの中で、仲間たちは息を呑んでその光景を見ていた。宇宙規模の厄災を一刀の下に『修正』してみせた、あまりに一方的で、圧倒的な解決。
メトロポリスに、本当の静寂が訪れた。




