ep13.和の国編 鍛冶職人の仙人
光の届かない世界。
空には常に鉛色の分厚い雲が垂れ込め、大地は灰色にくすみ、生きたものが発する音は一切聞こえない。冥府の入り口というに相応しい、世界の終わりめいた風景だった。
(やっぱり、フィーリアは特別な存在な気がするな、ただのロボットだったら向こうに置き去りにされていたはずだ)
「うへぇ、すごい瘴気だね。これ、あんまり長くは居たくないかも」ミリィが顔をしかめる。
「興味本位もあったけどここは、行きたいと言っていくような場所じゃなさそうね」
フィーリアが珍しくがっかりしている。
「ここは死の霊気が渦巻く場所よ。普通の人間なら一瞬で魂をよごされてしまうでしょうね」セリアが杖を強く握りしめる。
創夜は周囲を見渡す。目に見える妖魔の気配はないが、空気そのものが異質だ。
「よし。さっさと鍛冶職人の仙人ってやつを見つけて、とっとと防具作ってもらって帰るぞ」
「承知いたしました、ご主人様」
ミーナは『悪魔の書(ソロモンの書)』を広げる。この黄泉の国は、悪魔が闊歩する冥府に近い場所。ミーナの持つ悪魔の知識が、ここでは最強のナビゲーションとなる。
「この国は、死の霊気によって隠された『異界の層』が複雑に入り組んでいます。鍛冶職人の仙人……おそらく、この国の隠された辺境の層に、強力な剣の気を持つ者がいますわ」
ミーナが指を弾くと、書のページから微細な悪魔の使い魔が飛び出し、瘴気の中へと拡散していく。
「おやおや、ここまで国を回って、結局こんな辺境まで来ないといけないなんて、お疲れ様でした、創夜さま」セリアが小さくため息をついた。
「ま、結果オーライだろ。寄り道のおかげでカエデも強くなったしな。で、ミーナ、どれくらいで着く?」
「ええ。この『剣の気』を辿れば、およそ30秒ね。すぐにたどり着けるわ」
ミーナの案内通り、創夜一行は複雑に入り組んだ岩山を抜け、瘴気が薄れ、わずかに光が差し込む洞窟へと辿り着いた。
洞窟の中央には、巨大な炉と、万年錆びつかない黒い鉄床。そして、その前で、まるで時間が止まったかのように静かに座禅を組んでいる一人の老人がいた。
老人は白衣を纏い、背筋は真っ直ぐ。穏やかな表情だが、その周囲の空間は、一振りの刀の如く張り詰めている。彼こそが、一行が探し求めた鍛冶職人の仙人だった。
創夜はすぐにアイテムボックスから、光を吸収して煌めく、謎の鉱物を取り出し、仙人の前に差し出す。
「鍛冶職人の仙人様はあなたですよね? 、この材料で俺達の防具を作ってくれませんか?」
仙人はゆっくりと目を開いた。彼の瞳は、澄んだ刀身のように鋭く、創夜の持つ鉱物から一行全員へと視線を移す。
「ふむ……オリハルコンを超越する、生きた鉱物か。面白いものを持ってきたな」
仙人は静かに立ち上がり、背中に背負っていた二振りの刀と、腰に差した二振りの脇差、計四振りの刀を、淀みない動作で構えた。
「わしの名は『剣聖・無刀』。わしはな、この黄泉の国で、ただ剣を極めるためだけに生きている。わしは、わしの心を揺さぶる『極み』でしか、この炉に火を入れぬ」
仙人は創夜たちを真っ直ぐに見据える。
「わしに防具を作らせたいか。ならば、お前ら全員でわしと勝負しろ」
仙人の口から、重い言葉が発せられた。
「一撃でもわしに当てることができたなら、お前達の防具を作ってやろう」
「え、全員で一撃当てるだけですか?、って急に雰囲気が変わりやがった! こいつ、規格外の強さを感じるぞ!」創夜が夜の剣を構えて前へ出ようとするが隙がない。
創夜は剣の柄に手をかけたまま、背中の汗が伝うのを感じていた。眼前の老人は、魔法もスキルも一切使っていない。ただそこにいるだけで、創夜の持つ『無数の剣技』の経験値が警鐘を鳴らしていた。
創夜は無言で夜の剣の鞘を握り構えると同時に全員が戦闘態勢にはいる。
「良い覚悟だ」
仙人は、ゆっくりと、しかし音速を超えるスピードで、四刀流の斬撃を放った。
ドォンッ!
それは、斬撃というより、空間を押し潰す衝撃波だった。
創夜は咄嗟に高速移動で背後に回るが、その瞬間、背後から放たれた目に見えない『風の刃』に阻まれ、移動が寸前でキャンセルされる。
「くっ!」
「斬撃の残響。わしは、切り裂いた後の風すらも剣と為す。逃げられると思うな」
創夜の頭上から、四振りの刀が同時に閃く。創夜は持てる剣技のすべてで刀を受け止めるが、その威力は巨大な竜の突進に等しい。
フィーリアがマギテックゴーレムならとゴーレムの腕で殴り掛かるが、全て剣でガードされ、衝撃をすべて受け流される。
それを見たフィーリアはとっておきの鎌を空間に召喚した。
「虚空断裂ヴォイド・スライサーよ!」
創夜が慌てて全員を撤退させた。
鎌が通った軌道上には、一瞬、夜の闇を切り取ったかのような深淵の黒い亀裂が走った。それは物理的な斬撃ではなく、空間そのものを断ち切る一撃。亀裂の先にあった波打ち際の岩礁は、鎌が触れる前に、まるで消しゴムで消されたかのように無音で消滅した。
「フィーリアそのスキルどこで覚えたんだよ!」
「内緒よ!」
「みんな、望み通り皆でやろうぜ!」
「任せて!」
セリアが詠唱を始める。「天雷の槍!」
ミーナが書を開き、上空に巨大な魔法陣を展開する。「悪魔召喚・重力の大鎌!」
しかし、仙人は動じなかった。四刀を極めて微細に動かし、刀の周囲に絶対防御の気を纏わせる。
キンッ!
セリアの雷の槍が仙人の気を貫こうとする瞬間、刀がわずかに動いただけで雷の軌道が逸らされ、明後日の方向へ飛んでいく。
シュウウウ……
ミーナの重力の大鎌も、仙人の周囲一メートルに近づいた瞬間、大鎌の質量そのものが仙人の気に弾かれ、霧散した。
「馬鹿な……! 私の『制御魔法』さえ、その剣の気で弾かれるなんて!」セリアが愕然とする。
「魔法とは、この世にはない技か。だが、わしの『剣の極意』は、その法則の歪みそのものを、剣圧で押し戻す。お前たちの小手先の技は、わしには通用せん」
仙人の剣は、純粋な力と技の極致だった。
「面白い戦いになりそうアル!」
リンは全身に竜の気を纏い、『龍爪・剛撃』を放つが、仙人は刀を鞘に収めることなく、リンのガントレットの極小の隙間を四刀で突き、龍の気を分散させる。
「まだ力が散漫だ。集中せよ!」
数分後。
創夜、ミリィ、セリア、リン、ミーナ、フィーリアの全員が、息切れしていた。
創夜の無数次元断は全て仙人の『剣の気』に吸収され、リンの拳すら、その刀で受け止められ、熱量が分散させられた。一撃も、仙人の身体には当たらない。
「くそっ、どうなってるんだ! 俺たちのスキルや魔法が、まるで子どもの遊びだ!魔法やスキルの世界にはここまで剣だけを極めたやつはいなかったというよりも、そんなものを極めようとするやつもいなかったということか」創夜が苦々しく叫ぶ。
「これならどうだ」創夜が高速移動の威力を使い、仙人の前でおもいっきり低い姿勢から踏み込み、移動の威力を抜刀術にのせようとしたところ。
「見え見えの攻撃じゃな。抜刀術は抜いてこその力じゃ!」
仙人は創夜の体ではなく刀の柄を拳で叩いてきた、体ではないので創夜は抜刀できずに、後退する。
仙人は微動だにせず、静かに四刀を構えたままだ。
「力に頼りすぎたな。剣とは、心と魂の全てを乗せて初めて極まる。お前たちの技は、連携は優れていても、心と魂がバラバラだ」
ミリィの音速を越える瞬速の剣の会心の見えない攻撃も攻撃をよんでいるのか、一瞬で反応し攻撃を受け流す。
創夜は、ふと、全員の顔を見た。
(絆……心と魂がバラバラ? 違う。俺たちは、命がけの旅を共にしてきたんだ。バラバラなわけがない!)
創夜の脳裏に、仲間たちと乗り越えてきた激戦の日々が走馬灯のように蘇る。水底都市での激闘、大天狗の国でのカエデの成長……全て、隣に仲間がいたからこそ乗り越えられた。
創夜は立ち上がり、剣の柄から手を離した。
「仙人。確かに、俺たちのスキルや魔法は、あんたの純粋な剣の力には遠く及ばない」
創夜は、両手を広げ、仲間たちに向かって叫んだ。
「だが、俺たちの『絆』は、あんたの剣よりずっと重いんだ!」
創夜の言葉に、仲間たちの瞳に力が宿る。
「ご主人様……ええ、そうよ。私たちの力は、全てあなたのためにあるわ!」ミーナが笑う。
「私たちの旅の重みは、負けないわ!」セリアも覚悟を決める。
「ぶっつけるアル! 全部の力を!」リンが叫んだ。
「覚悟しなさい!」フィーリアも叫ぶ。
創夜は、その場の霊力を集中させ、そして、全身全霊で叫んだ。
「あれをやるぞ!皆、力を貸してくれ!」
その瞬間、創夜の掌に、霊力ではない、純粋な『絆のエネルギー』が凝縮される。それは、全員の信頼と、共に戦った記憶、そして未来への決意が形になったものだった。
創夜はそのエネルギーを地面に叩きつけ、そして
◇◇◇◇
ゴォッ!
空中に、一本の巨大な剣が出現した。
それは、剣というよりも、全員の心の色を混ぜ合わせた、鈍い輝きを放つ、巨大な鉄塊。その質量と重さは、この世の物理法則を完全に無視しており、仙人の四本の剣で弾き返そうと仙人が剣先を合わせてきた。
「重さが違うんだよ!お前がこの剣を受け止めようとした瞬間にお前の敗けは決まったんだ。これが俺達の、絆の力だぁぁぁぁぁぁ!」創夜が叫ぶ。
五人がかりで、その巨大な『絆の剣』を掴み、仙人目掛けて、文字通り手で突き出した。
---全員必殺・絆合体斬!
仙人は初めて、その鋭い瞳を大きく見開いた。彼の四刀が、その剣の質量を避けるように、微細な防御の動きを見せるが、もはや手遅れだった。
ドガァアアアアン!!
回避不能な強力な威力の重さを持つ『絆の剣』は、仙人の身体に、たった一撃で直撃した。
煙が晴れると、仙人は倒れることなく、静かに立っていた。
しかし、その着ていた白衣の胸元は、完全に破れており、彼の胸板に、微かに、赤黒い傷がついていた。
仙人はゆっくりと四刀を鞘に収めると、深く、深呼吸をした。そして、静かに、心からの笑みを浮かべた。
「……見事だ。お前たちの剣には、わしが極めた『個の力』を超越する、『絆』という、重く、美しい魂の力が乗っていた。これほどまでに互いを想い競い合った力の融合を受けたのは初めてじゃ」
仙人は、創夜が差し出したオリハルコンを超える鉱物を手に取り、静かに、力強く頷いた。
「わしの負けだ。約束通り、お前たちの防具を作ってやろう」
創夜は、仲間たちと顔を見合わせ、安堵の表情で笑い合った。
仙人に勝利した創夜たちは、黄泉の国でしばし留まり、剣聖・無刀に防具を作ってもらうことになった。
剣聖は、創夜が持つ謎の鉱物の潜在能力を引き出すため、創夜たちの旅の記憶や、それぞれの持つ霊力の色を、防具に織り込もうと試みる。
一瞬にして金属が仲間館分の謎の小さな塊となり創夜達に渡された。
その頃。
◇◇◇◇
カエデと奏雅が黄泉の国の最深部――冥府の王の宮殿で対峙したのは、この国の真の支配者、地獄の王だった。黄泉の国の神を打ち倒し、その霊力を鎖で繋ぎ、闇の力に変えて使役する、邪悪な力の権化である。
「たかが人間の小娘どもが、この冥府の王に挑むとはな。貴様らの炎と水、この地獄の底で永遠に消し去ってくれるわ!」
地獄の王が咆哮すると、あたり一帯の瘴気が凝縮され、何千もの怨念の鎖となって二人を拘束しようと殺到する。
「奏雅!行くぞ!私たちが、この国の神様を解放するんだ!」カエデは叫んだ。
「ええ!私の水で、あなたの炎の道を創る!」奏雅の瞳に、強い決意が宿る。
ガアアアアッ!
カエデの全身が、修行で極限まで高められた黒炎に包まれ、鬼神化が発動する。その黒炎は、怨念の鎖を触れる端から焼き払い、地獄の王に向かって一直線に突進した。
「《黒炎双牙・鬼王斬》!」
カエデの双剣から放たれた斬撃は、かつての影狼を討った時よりも遥かに深く、王の巨体を切り裂く。
「この程度、地獄の業火にも及ばぬわ!」王は傷を瞬時に治癒させ、黒炎をその闇で呑み込もうとする。
その瞬間、地獄の王の足元から、奏雅が放った水の霊気が噴き上がった。いつの間にか、奏雅も鬼神化していた。
「凍れ!」
奏雅の水の霊力は、カエデの黒炎によって極限まで熱せられた後、一瞬で超低温の『絶対零度の氷』へと転化する。熱と冷が同時に、王の巨体を内側から苛んだ。
「ぐっ……!? 熱と冷が同時に、この闇の霊力を……!」
王の動きが鈍った。その一瞬の隙を、カエデは見逃さない。
「奏雅、今だ!力を合わせる!」
「あぁ!」
カエデの双剣と、奏雅の水の霊力が一点に集約される。黒炎と清涼な水が、一つの輝く螺旋を描きながら、王の心臓部へ突き刺さった。
ドゴォオオオオン!!
鬼神の破壊の炎と、神域の澄んだ水の霊力が混ざり合った一撃は、地獄の王の核を完全に破壊した。王の巨体は、一瞬で砂のように崩れ落ち、その瘴気が晴れた後には、鎖で繋がれていた黄泉の国の神の魂が、解放された光となって天へと昇っていった。
鍛冶仙人のいる洞窟では、創夜が剣聖との試練で破壊された床の修繕を手伝っていた。
その時、黄泉の国全体を覆っていた重苦しい闇の霊気が、一瞬で払われ、遠くの空に、微かな光が差し込んだ。
創夜は顔を上げ、その光の方向を一瞥した。
創夜は、手に持っていた岩を元の場所に戻し、小さく呟いた。
「終わったみたいだな」
彼に続くように、仙人の炉の火が、カエデと奏雅の勝利を祝福するかのように、強く燃え上がった。




