ep11.和の国編 水の意思を継ぐ者の玄武の国
セリアが沼の奥へと進むにつれ、空気が冷たく湿り、視界が水の色を帯び始めた。気づけば周囲の景色は水中へと変わり、息を吸っているはずなのに苦しさはないカエデは神の加護があるので特に何もしなかったが、創夜のフルオーラで万全の態勢だ。
「——あら、幻想的じゃない」
水草がゆらゆらと揺れ、光の粒が川の流れのように漂う。遠くには建物の影。透明な水の膜に覆われた城壁都市が、湖底に沈む古代遺跡のように広がっている。
石畳は薄い青色に光り、歩くたび波紋が広がった。家々の屋根は貝殻と珊瑚で飾られ、街灯は水晶のようなクラゲが淡い光を灯している。
「ふふ、水の国って感じね。嫌いじゃないわ」
その中心に、静かに鎮座していたのは——
巨大な石造りの鳥居と、水紋のような模様が刻まれた古い神社だった。
神社の上には、湖の水流そのものが形を成した巨大な《玄武の紋章》がゆっくりと回転している。
「……ここが、玄武の神社か」
氷の瞳を神社の鳥居の奥、水底の闇に向けた。
水底都市全体を包む静寂が、突如として濁った重い気配に変わったのだ。それは、水の意思とは真逆の、不純で禍々しい力。
「……これは」奏雅の声に、初めて動揺の色が混じる。
ドォォン……!
巨大な鳥居の向こうの闇から、不気味な水紋が広がる。そして、その水紋を突き破って、おぞましい姿の妖魔たちが、大挙して姿を現した。
頭足類のような触手を生やし、青白い光を放つ水棲妖魔。
魚の骨と人間の皮膚が混ざったような下級悪霊。
そして、それらを束ねるように、最も不気味な影が一体、ゆっくりと水面を滑ってきた。
巨大な頭部を持ち、薄く笑うような顔。ぬめりとした着物に身を包み、老獪な気配を放つ。
「ふむ、これはこれは。玄武の社も随分と静かになったものよ」
その声は、水底全体に響き渡る。
『ぬらりひょん!』カエデが双剣を握りしめた。その炎が、怒りによってさらに燃え盛る。
ぬらりひょんが率いる妖魔の群れは、数十体。その視線は、玄武の紋章が回る神社に集中している。
「ほう。火の意思を継ぐ娘か。そして、水の意思を継ぐ者もいるようだな。面白い獲物が揃った。しかし、今はそちらではない」
カエデが低く呟くと、まるで応えるように空気が震えた。
静かで冷たい、しかし揺るぎない力。火の国とは真逆。だが胸の奥が妙に熱くなる。
そして——神社の前に、一人の青年が立っていた。
長い水色の髪。氷のように落ち着いた瞳。
背筋がまっすぐで、立っているだけで気配が引き締まる。
彼こそが——
水の意思を継ぐ者奏雅。
青年は一行を見ると、どこか計るような目を向けた。
「……来たか。火の意思を継ぐ者」
カエデは眉を上げ、堂々と前に出た。
「そうだ。あたしがカエデ。こいつらは、鍛冶職人の仙人を探している創夜達だ」
奏雅はぬらりひょんを睨むように一歩前へ出た。
その動作は静かだが、纏う空気が一瞬で凍る。
「……貴様が玄武を封じた妖魔王の配下か」
ぬらりひょんは細い目をさらに細め、愉快そうに笑った。
「配下? 違う違う。我らはただ従うだけよ。力ある者に。
今は妖魔王が強い。それだけのこと」
言葉とは裏腹に、声の奥には濁った狂気が渦巻く。
カエデが剣を構え、奏雅も同時に槍を引き、二人の視線がひとつに重なる。
「——行くぞ」
「おう!」
その瞬間。
ぬらりひょんの影が音もなく膨れ、数十の分身が水底に浮かび上がる。
「うわー、でた分裂型」
創夜があくびしながら刀を肩に乗せ、軽く笑った。
ミーナも尻尾を振りながら肩を回す。
「暇つぶしか。いいね。じゃあ——遊んであげる」
フィーリアは首を傾げた。
「分裂系? 増えるんだったら本体以外倒していいわよね?」
「殲滅するアル」
「リン、全部倒しちゃダメだって、競争する?」
「おいおい、ミリィ、お前が全部倒しそうな気がするが……」
セリアはくすりと笑い、杖をくるりと回す。
「……まあ、暴れるならさっさと片付けちゃいましょう?」
だが——今回の主役は別。
カエデと奏雅は、すでに動いていた。
水底が衝撃で波打つほどの速度。
カエデは火の双剣を弾丸のように振るい、奏雅は流れるような足運びで水の霊槍を突き出す。
「《水龍・穿破》!」
水流の槍が分身を次々と貫き、霧散させていく。
続けてカエデが叫ぶ。
「舐めんじゃねぇよ! 《紅蓮双牙・斬火陣》!!」
炎が渦を巻き、水底にもかかわらず刃は燃え、分身を一息に焼き伏せる。
しかし——。
ぬらりひょん本体は微動だにせず、薄笑いのまま。
「速い、強い、荒々しい……いい。実に原始的だ。
だがな、火は水に勝てぬ。情に呑まれる魂も、な」
その瞬間、ぬらりひょんの背後の影から巨大な手が伸び、カエデを掴んだ。
「……!?」
奏雅が叫ぶ。
「カエデ!!」
影がカエデの首元へ絡みついた瞬間——。
カエデの瞳が、炎ではなく紅に染まった。
静寂。
次の瞬間、水底全体が震える。
「……水? 火? そんな枠、関係ねぇよ」
声が低い。
いつもの豪快な声ではなく——鬼の声。
肌が白く、紋様が浮かぶ。
牙が僅かに伸び、髪が焔のように揺らめく。
奏雅の目が驚愕に見開かれる。
「……鬼化……いや、それは……」
カエデの指先から炎が吹き荒れ、水を焼き切るように影を蒸発させた。
「今からあたしがやるのは——水に火で勝つとかじゃねぇ」
足元が砕け、雷鳴のような音と共にカエデが前へ跳ぶ。
「全力でぶった切るだけだ!!」
――轟ッ!!
片方の剣がぬらりひょんの顔面に突き刺さる。
分身ではない。本体だ。
水底が割れるほどの衝撃波が走り、ぬらりひょんの身体が何十メートルも吹き飛ぶ。
黒い霧を撒き散らしながら、ぬらりひょんが叫ぶ。
「な、なんだその力はッ!!」
カエデの背中から燃える鬼の炎が噴き上がる。
しかしその炎は赤ではない——黒炎。
「——鬼神化」
創夜が短く呟く。
ミリィが腕を組んでニヤリと笑う。
「カエデ前よりもすごい迫力」
「鬼神化って、変化に強化があるなんてな」
カエデがゆっくり前に出る。
「テメェみたいに陰気で汚ねぇやつ……大嫌いなんだよ」
足元の水が逆巻き、カエデの黒炎がそれを押しのける。
ぬらりひょんは怨嗟の声を上げながら影を膨らませる。
「まだ終わらん!! 我は闇! 分裂し、増え続け——!」
「黙れ」
カエデは片手を構えた。
その手に宿るのは——炎でも雷でもない。
純粋な破壊の力。
「——《黒炎裂天・鬼神掌》」
世界が一瞬静止し、次の瞬間、黒い光が広がった。
ぬらりひょんの身体も影も悲鳴も——
すべてが、音もなく燃えて消えた。
煙すら残らない。
水底は再び静寂に包まれる。
カエデの変化した姿がゆっくりと元に戻り、肩で息をした。
奏雅はしばらく言葉を失っていたが、やがて小さく息を吐く。
「……火の意思を継ぐ者。いや——」
視線をまっすぐ向け、言う。
「英雄と呼ぶにふさわしい」
カエデは照れ臭そうに頭をかいた。
「やめろよ、そういうの……ゾワッとすんだよ」
そのやりとりに、創夜が笑う。
「玄武神社にいこうか」
水晶封印にヒビが入り——ゆっくりと破砕の音が響き始めた。
ぬらりひょんを倒し、周囲の水底が再び静寂に包まれると、神社の奥から柔らかな光が差し込んできた。
「……これは」
光の中心から、ゆっくりと巨大な玄武が姿を現す。甲羅は水流を思わせる青緑の輝きを帯び、頭部は威厳に満ちた亀の形をしているが、その目には知恵と慈愛が宿っていた。
玄武はゆっくりと口を開く。
『火の意思を継ぐ者よ、水の意思を継ぐ者よ……よくここまで辿り着いたな』
奏雅は背筋を伸ばし、カエデも剣を握りしめたまま深く一礼する。
『我が力を、守りの加護として授けよう。二人の心身を、妖魔の攻撃から守る盾とせよ』
玄武の甲羅から青白い光が放たれ、カエデと奏雅の身体を包み込む。光が収まると、二人の剣と槍が軽く振れるだけで、霊力の結界が周囲に展開されているのが感じられた。
「……これで、どんな攻撃も防げるのか」カエデが少し驚きながら呟く。
奏雅も静かに頷く。「……確かに、水の意思の力が、我々を守ってくれる」
その瞬間、創夜が少し前に出て、神社の奥を見渡す。
「ところで、この国に鍛冶職人の仙人は……いるか?」
玄武はしばらく目を閉じ、ゆっくりと頭を振る。
『残念だが、この国に鍛冶の仙人はいないようだ。』
創夜は肩をすくめた。「そっか……じゃあ次の場所で探すしかないな」
カエデは剣を軽く振り、光の粒子が水中で弾ける。
「ま、加護もらったし」
「安心して次に行けるね!」
「安心して次に行けるアル!」
玄武は再び口を開く。
『我らはここで見守る。進むがよい』
奏雅は軽く拳を握り、神社を背にして前を見据える。
「では、カエデ私は各地の神社を回ってから行く」
「おう!、さっさと来いよ!創夜達は規格外だからな!早く来ねーと倒しちまうぞ!」
「奏雅、選別だ!」
――フルオーラ
一度、奏雅に別れを告げ、創夜達とカエデは創夜の瞬間移動スキルで狛犬の大天狗の国の入り口の門へ移動するのだった。




