ep18. 精霊の国編 占いの館
人間が忽然と消えた王城を後にし、アレルたち勇者一行は、次なる希望の地へとワープ魔法を発動させた。
スーは不安げに、しかし明確に告げた。
「目的地は、占い婆さんの館よ。でも、彼女の館は強力な結界で守られているから、直接ワープはできないわ」
アレルは焦燥感《しょうそうかん》をにじませながら、剣の柄を叩いた。
「ああ、だから、婆さんの館と不思議な繋がりを持ってる、俺の城へ行くしかない。そこにある不思議な井戸を通って館に入るんだ」
ワープの光が収束し、五人が立っていたのは、アレルが主として所有する、長年手入れされていない古城の中庭だった。石壁には深い苔と蔦が絡みつき、荒涼とした雰囲気は、まさに『ボロボロの城』の名にふさわしいほどひどく荒れ果てていた。
リリィはスーの肩から周囲を見渡した。
「ひさしぶりね、アレルの城! 何であなたの城だけがこんなにもひどく朽ち果てているの?」
シオンは無言で双剣に手を置き、警戒を怠らない。この城がアレル自身の所有物であることに、彼は特別な感情を抱いている様子はなかった。
「俺が戻ったときにはこうなっていた、恐らく創夜に似た白いやつのせいだろう、こっちだ!」
アレルは先頭に立ち、慣れた足取りで城の奥へと進む。通路を抜けた先に、古代の紋様が刻まれた石造りの井戸があった。その井戸の深淵は、この世のものとは思えない光を放っている。
スーは井戸の縁に手を触れ、魔力の波長を探った。
「この井戸が、占い婆さんの館と繋がっているなんて、今思い出しても不思議だわ。アレル、あなたがこの城の主でよかったわ」
アレルは、井戸の縁に飛び乗った。彼の焦燥は、もはや抑えきれない。
「いくぞ! 落ちるんじゃねぇぞ、創夜!」
アレルは一瞬の躊躇もなく深淵へと身を投げた。シオンもすぐに追従する。スーはリリィをしっかりと抱きかかえ、創夜に目配せをした。四人と一匹の妖精は、光の渦巻く井戸の底へと消えていった。
井戸を抜けた五人が降り立ったのは、薬草と古書の匂いが充満する、占い婆さんの薄暗い館だった。
館の主である占い婆さんは、水晶玉を覗き込んだまま、こちらを見もせずに話し始めた。
「来ると思ったよ、勇者たち。そして、異世界から来た龍よ。お前たちが世界を救った後、世界を覆った真の闇の正体を知りたいのだろう」
アレルは剣の柄を握りしめ、一歩踏み出した。
「お前が全部知ってるんだろう! とっとと教えろ! 村人や王城の人々を消し去った、あの馬鹿げた異変の元凶はなんだ!」
「騒ぐでない」
婆さんは水晶玉から目を離さず、
ゆっくりと口を開いた。
「元凶は、古代風に精霊を捕らえる存在じゃ。光あるところに闇は必ずある。それが人の憎悪や悪を糧として形を持ったのが、闇の混沌じゃ」
婆さんは水晶に指先を触れ、古代語のような口調でゆっくりと紡ぎ出した。
「よいか……今より千の時を遡る古き碑には、こう記されておる。
──『三柱の勇者、光を掲げて影を裂く。ひとりは炎の心を、ひとりは冴えし刃を、ひとりは道を繋ぐ者。その傍らに、天より舞い降りし一翼の妖精あり。そして遥か外界より来たる六龍、異界の理を持ちて、世界の綻びを縫うだろう。
彼ら絆を結ぶとき、闇は引き裂かれ、世界は新たな暁を見る──』
……これが『古代の予言』。お前たちこそ、その当人らじゃ」
創夜はばあさんの言った外異界より来る5つの魂について頭で理解し、勇者たちに補足する。
「六龍というのは俺達のことだろうな、龍って何のことだかわからないが、シオンの言う別次元で修行しているというこの世界とは異なる別次元に俺の仲間、リン、ミリィ、セリア、ミーナ、フィーリアで六人だ。予言の通りだとあいつらがどうにか戦いの場に来るってことか?」
創夜の説明が終わると、三人の若者はしばし沈黙した。
胸の奥に、忘れ得ぬ影がよみがえったのだ。
最初にその名を口にしたのはアレルだった。
「……外界から来た五つの魂が動けるほどの異変なら――だったら、俺たちの師匠だって来てもおかしくねぇよな」
シオンが静かに目を伏せる。
「……師匠は、かつて世界を救った選りすぐりの天才たち。『最後の勇者』と呼ばれた存在だ。本来なら、もうこの世のどこにもいないはずだが……」
その声には、敬意とも畏怖ともつかない感情が滲んでいた。
スーはそっとリリィの手を握り、微笑した。
「ええ……でも、あの人たちなら、たとえ亡くなっていても……『見捨てない』気がするの。私たちが死にかけているなら、何かしらの形で、必ず手を伸ばしてくれる……そう思えるのよ」
アレルが苦笑し、肩をすくめる。
「現れたら現れたで、また怒鳴られるだろうけどな。『弟子を守れんようでは世界など救えん!』ってよ」
三人の視線がふと交わる。
その奥には、喪失と、それでもなお続いている絆の光があった。
かつて世界を救った勇者たち。
亡き師はもういない――それでも、背中は今も彼らの中で燃えている。
その魂がどこかで見ているのなら、
この危機に沈黙するはずがない。
スーは息を詰めた。
「闇の混沌……私たちが作り出した、私たちの世界の負の側面が具現化したってことなの?」
婆さんは頷いた。
「その通りじゃ。鳳凰様でさえも、その混沌に捕らえられてしまった。だから、神殿は静まり返り、鳳凰は沈黙したのじゃ」
シオンは冷静に状況を整理した。
「では、村人や王城の人々が消えたのも、その混沌の仕業か。世界を分断したのも」
「うむ。混沌は、人間が持つ悪意を糧とする。人間を一瞬で世界から『選別し、移動させる』ことなど、魔王にすらできぬ芸当じゃ。全て闇の混沌のせいじゃ」
創夜は、この事態を冷静に受け止めた。
「癒しの精霊はどうなっていますか? 神殿には気配すらありませんでした」
「ああ、癒しの精霊は闇の混沌に囚われてしまった。だから、この世界から回復呪文が使えなくなったのじゃ。光と対になる存在は、真っ先に闇に狙われる」
「クソッ!」アレルは床を強く踏みつけた。「結局、俺たちが戦うべき敵は、精霊じゃなくて、その混沌とやらなのか! 見えねぇ敵なんて、どうやってぶっ飛ばすんだ!」
婆さんは立ち上がり、館の奥にある巨大な黒い扉を指さした。
「ふむ……お前たちの目的は知っている。安心するが良い。この混沌を打ち破り、癒しの精霊を解放すれば、全てが元に戻る」
「予言通りじゃ。お前たちを導いてやる。この先が闇の城じゃ。今回だけ特別じゃぞ!予言の通り準備したんじゃ」
リリィは怯えながらも、扉の巨大さに目を奪われた。「闇の城……? まるで、別の世界への入り口みたい」
婆さんは続けた。「そうじゃ。混沌が支配する、真の闇の神殿の入り口じゃ。以前勇者たちが鳳凰に連れられ、戦ったあの場所じゃが、今はより巨大な闇の力で覆われておる」
アレルは剣を抜き放ち、決意を固めた。「わかった! もう、引き返す道はねぇ。さっさと行くぞ!」
スーは不安を押し殺し、決意の表情を浮かべた。「みんな、気を付けて。今度の敵は、私たち自身が生み出した、私たちの中の悪意よ」
占い婆さんは巨大な扉を開いた。その向こう側には、以前とは比べ物にならないほどの、濃密な闇の渦巻く空間が広がっていた。
闇の渦巻く通路を抜け、五人が降り立ったのは、かつて鳳凰に導かれて足を踏み入れた、巨大な闇の神殿の入り口だった。しかし、目の前の扉は、以前よりも遥かに大きく、その黒曜石の表面は、ねっとりとした負の感情をまとっているかのように見える。
「……ここ、前にも来た場所よ。でも、もっと暗くて、重い空気がするわ」
リリィの小さな体がスーの肩で震えている。
アレルは剣を抜き放ち、その異様な重圧感に耐えるように歯を食いしばった。
「チッ、またここか。だが、前とは格が違うな。まるで、世界中の悪意を煮詰めたみてぇな匂いがする」
シオンは双剣を構え、警戒を強める。
「油断するな。占い婆さんの言った『闇の混沌』の仕業だとしたら、以前の闇の精霊よりも始末が悪い。人間を消し去った、根源的な力がこの扉の向こうにいる」
創夜は、神殿の扉から漏れ出る魔力の波長を分析しようと試みた。
「この闇は、僕の世界のどの概念とも異なる。光で簡単に浄化できるとは思えない。……アレル、この扉を開ける前に、一度確認したい。回復呪文が使えずに戦わないといけないってことは……」
アレルは、その言葉を聞きながらも、すでに扉の巨大な把手に手をかけていた。彼の目には、もう迷いはない。
「俺たちはお前が心配することにはならない。俺たちを信じろ!回復呪文なんか、今の俺たちには必要ない。俺の城をあんなにしてくれたんだ。倍返ししてやる」
彼は、渾身の力を込めて、扉を押し開いた。金属が石を削るような、耳障りな音が響き渡る。
扉がわずかに開いた隙間から、どす黒い粘菌のような闇の波動が流れ出し、五人の肌を撫でた。それは冷たいだけでなく、どこか精神をざわつかせる、不快な感触だった。
スーはその負の圧力に思わず後ずさる。
「闇の混沌……!」
アレルは扉を押し切り、神殿の内部へと足を踏み入れた。創夜は勇者をそして、仲間を勇者の言葉を、信じているからこそ何も聞かず、決戦の地へ続いた。
リリィを抱えたスー、双剣を構えるシオン、そして最後に創夜も、覚悟を決め、光すら吸い込むような濃密な闇の中へと身を投じた。
目の前には、世界中の悪意が凝縮されたかのような、おぞましい『闇の混沌』の姿が鎮座しているに違いない。
勇者一行との、回復呪文を失った状態で挑む、魔王ではなく元凶との戦いが、今、始まった。




