ep17. 精霊の国編 異変
鳳凰が鎮静され、清らかな光の精霊として神殿の奥へ消えていった後、四人は光の祭壇でしばし静かに立っていた。鳳凰に従っていた影のような光の精霊たちも、鳳凰の浄化と同時に、光の粒子となって霧散していた。
アレルは鳳凰が消えた方向、清浄な光に満たされた祭壇の奥に向かって大声で呼びかけた。
「鳳凰!、今の状況を教えてくれないか、なぜ、精霊たちは闇に落ちたんだ?、 教えてくれ!あんたならわかるはずだろ?」
しかし、祭壇の奥からは、何の反応も返ってこない。清浄な光だけが、静かに空間を照らしている。
スーは不安そうに杖を握りしめた。
「鳳凰答えて、私たちは世界を救ったはずよ、急に空が暗闇におおわれ、世界が分断され、精霊が闇に落ち、呪文が使えなくなるなんて、おかしいわ。それに、光の精霊が鳳凰になっているなんて、本来いるはずの癒しの精霊もここにはいないわ」
シオンも双剣を収めたまま、静かに口を開いた。
「……これほど大きな存在が、完全に沈黙するのは異常だ」
アレルは顔をしかめた。
「答えてくれ、何が起こっているんだ?俺たちは異世界から来た創夜と一緒に闇に囚われた精霊たちを解放して、呪文を解放した。そして、世界をおおっていた闇を払ったんだ!」
スーは周囲を見渡しながら、確信をもって言った。
「この神殿の光は、浄化された後、より清らかになった。精霊が消滅したときの瘴気は一切ない。だけど……精霊の気配がない」
アレルは苛立ちを隠せない様子で、祭壇の奥を睨みつけた。「鳳凰お前がいなきゃ魔王の城へいけないだろ!、前は俺たちに加護を与え、一緒に魔王の城へいき世界を救ったじゃないか。今回も力を貸してくれ」
鳳凰がいない。神殿は静まり返っている。魔王城への道は閉ざされたまま。勇者たちは、最大の目的を前にして、どうしようもない事態に直面していた。
アレル、シオン、スーの頭の中に、どこかに何かのお願いをしに行っていた、リリィから緊急連絡が入った。
「大変よ! アレル、シオン、スー、スーの村のようすが変なのよ!精霊の村から戻ったら誰もいないのよ!今すぐ戻ってきて!」
アレルが勢いよく顔を上げた。
「リリィか!?なんだって!?」
シオンが冷静な声を上げる。
「精霊通信だ。スーの村が?」
スーは杖を握りしめたまま、創夜を振り返った。
「創夜、リリィからの連絡よ。私の村が大変だって!」
創夜はリリィがいれば勇者と通信ができると以前言っていたことをハッキリと理解し、四人は急いでワープの魔法でスーの村へ向かった。
ワープの光が収束すると、四人はスーの村の外れにある広場に立っていた。しかし、彼らの目に飛び込んできたのは、予想だにしない異様な光景だった。
いつもは村人たちが笑い声をあげ、家畜の鳴き声が響くはずのその場所は、死んだように静まり返っていた。
「リリィ!」スーが真っ先に叫び、村の入り口へと駆けた。
村の看板の下、幼馴染の妖精リリィは、顔面蒼白で立ち尽くしていた。彼女の小さな羽は震え、瞳には恐怖の色が宿っている。
「スー!アレル!シオン!創夜!」リリィは四人を見つけると、半泣きになりながらスーの肩に飛びついた。
「来てくれたのね、早く…見て…!」
アレルは警戒しながら村の中心部へと足を踏み入れた。
「くそ、本当に誰もいねぇ。朝飯がそのままテーブルに置いてある家もあるぞ!」
「争った跡はないようだな」シオンは冷静に地面を観察し、双剣を鞘から抜いた。「血痕もない。建物の損壊もなし。つまり、戦闘は起きていない」
スーはリリィを抱えながら、村人たちの暮らしの気配が残る空き家を見つめた。「本当に静かすぎるわ。まるで、世界から音だけが消えたみたい。みんな、どこへ行っちゃったの……?」
創夜は、一つの家の扉をゆっくりと開けた。そこには、編みかけのバスケットが床に落ちており、針と糸がそのままになっている。
創夜は静かに言った。
「これは……急すぎる」
「命の危機から逃げるなら、もっと狼狽し、物を投げ捨てて逃げるはずだ。これは、何か不可抗力によって、一瞬で、村の全ての生命が消滅させられたか……あるいは、強制的に移動させられたとしか考えられない」
アレルは奥歯を噛みしめた。
「ふざけんな!そんな馬鹿げたことが誰にできる!魔王でも、こんな芸当はできねぇはずだ!」
「魔王の仕業ではないかもしれない」シオンが冷静に返す。
「鳳凰が沈黙した神殿。呪文は解放された。しかし、この誰もいない村……これらの事象は、一つの巨大な異常を示唆している」
「巨大な異常……」スーは不安で声を震わせる。
「私たちが救ったはずの世界で、一体何が起きてるの……!」
「もし、これが何かの予兆だとしたら、次は……」
創夜は目線を上げ、村の向こうの山脈を越えた先にある巨大な要塞を思い浮かべた。
「シオンの城だ」アレルが創夜の言葉を継いだ。
「もし、この異変が国全体に広がっているなら、王族がいるシオンの城だけが、無事なはずがない!」
「急ぎましょう。ワープで一気に城へ!」
スーが叫んだ。
スーの悲鳴のような提案を受け、四人は迷わずワープ魔法を発動させた。創夜が持つ異世界の知識と、スーの魔力が融合し、光の奔流が彼らを包み込む。彼らが目指すのは、この国の中枢であり、シオンの故郷でもある堅牢な王城だ。
ワープの光が収束し、四人が降り立ったのは、王城の正門前、広大な石畳の広場だった。
「急げ!」
アレルは叫び、真っ先に巨大な門へと駆け寄った。
しかし、その場に立っている警備兵の姿はどこにもない。王族や貴族の馬車が行き交い、兵士の甲冑が光を反射しているはずの広場は、スーの村と同様、異様なまでの静寂に包まれていた。
「警備兵がいないだと……?」
シオンは信じられないものを見るように目を見開いた。王城の警備は鉄壁であり、交代の隙間すら許されないはずだ。
四人は警戒しながら門をくぐり、城内へと足を踏み入れた。
創夜が静かに言った。
「……無人だ」
廊下の絨毯には、誰の足跡も残されていない。豪華な装飾が施された応接室には、飲みかけのワイングラスがテーブルに残されており、謁見の間は、王が座る玉座に、まるでつい先ほどまで誰かがいたかのように、座布団が少し凹んだままになっていた。
アレルは苛立ちを噛み殺した。
「これもスーの村と同じだ」
「争った跡も、血痕もねぇ。ただ、一瞬で、全てが消えた」
「父上、母上……!」
シオンは自室へと急いだ。彼は双剣を握りしめ、顔には焦燥の色が浮かんでいたが、彼の部屋、そして両親の私室も、同様に空っぽだった。
「シオン、ご両親は……?」スーが心配そうに尋ねた。シオンは首を横に振った。
「遺体も……争いの跡もない。母が愛用していた花瓶も、父が読んでいた本も、全てがそのまま。ただ、人だけが、消えている」
リリィはスーの肩に隠れるように震えながら、小さな声で言った。
「アレルの城と同じだわ」
創夜は、城の最上階にある王族専用のバルコニーへと向かっていた。彼が眼下に広がる城下町を見下ろすと、その異変が王城だけに留まらないことが、明確になった。
「街もだ」
創夜の声が、静かなバルコニーに響いた。
「街の灯りはついたまま、馬車は道に放置され、店先の看板は開いたままだ。国全体が、時が止まったように、『静止』している」
シオンが創夜の隣に立ち、沈黙した街を見つめた。
「……大規模な転移魔法か、あるいは、何か別の力によって、人間だけが選別され、移動させられたと考えるべきか」
スーは、震える声で問いかけた。
「私たちだけが、取り残されたの…?なぜ、私たちだけが…?」
「分からない」アレルは荒々しく髪を掻きむしった。
「鳳凰は沈黙し、世界から人間が消えた。魔王の城にもいけない、創夜の仲間の異次元へも。残る癒しの精霊を解放すれば異変の正体が分かるはずだ」
創夜は、深く考え込むように顎に手を当てた。
「鳳凰は沈黙した。呪文は解放された。しかし、世界は分断され、人間が消えた。これらは、全て、我々の想像を超えた、未知の何かの仕業だ」
彼は静かに、しかし、はっきりと次の行動を口にした。
「こんな異常事態に、正攻法でぶつかっても無意味だ。この状況を、この世界の常識を超えて理解できる、あるいは、予測できる者を探すしかない」
アレルは創夜の言葉を聞き、一人、心当たりのある人物を思い浮かべた。その人物は、常軌を逸した言動で知られ、王族からも厄介者として扱われている、ただ一人の変わり者だ。
「そうだな……一人だけ、いっつもトンデモねぇ予言を口走ってる、変わり者の占い婆さんがいたな」
アレルはため息をついた。
「あいつのところに行くしかないか」
「占い婆……」
シオンもその人物を思い出した。人里離れた場所に住み、精霊信仰とは別の、古い神々の託宣を聞くと言われる、異端の存在。
「他に手はない」
創夜が同意した。
「なんだか、最終手段って感じだなあまり行きたくないようだが、その変わり者の占い婆さんに、この世界に一体何が起こっているのか、答えを聞きに行くぞ」
四人は、静まり返った王城を後にし、新たな目的地へとワープの準備を始めた。彼らの旅は、魔王討伐という明確な目的から一転し、世界の消滅の謎を追う、不気味で不可解な探求へと変わっていった。
あとがき
王城までもが静寂に包まれ、この世界から人間だけが跡形もなく消え去るという、恐るべき事態に直面したアレルたち。彼らが唯一の希望として向かうのは、常識外れの知恵を持つという、変わり者の占い婆さんの住処です。
しかし、立ち止まってはいけない、最大の目的を抱える者がいます。異世界からの転生者である創夜。彼はこの世界の闇の精霊を全て解放しなければ、元の世界へ帰るという使命を果たすことができません。
勇者たちは、闇に落ちた精霊はおらず、最後は癒しだと言います。
創夜が元の世界に帰るために必要な最後の精霊は、闇に落ちた精霊なのでしょうか?
それとも、今や闇の精霊の影すらないのなら、最後に残された癒しの精霊を倒すことが、帰還への鍵となるのでしょうか?癒しの精霊を解放しないと回復呪文が使えません。傷を癒すことができないまま最後の敵との戦いとなってしまうのか。
あるいは、全ての元凶は、やはり倒すべき魔王なのか?
それとも、人間を世界から消し去った、別の何かが引き起こした、巨大な異常事態なのか?
全ての謎と、創夜の帰還への道は、次の目的地、占い婆さんの家で、明らかになるかもしれません。




