ep11. 精霊の国編 海底神殿
アークノアの酒場潮騒を出た創夜たちは、海岸へと向かった。太陽は既に空高く昇り始め、海面はきらきらと輝いている。
「よーし!いざ、水の神殿へ!」
スーは、朝食を平らげた後とは思えないほど機敏に動き、町の奥にある更衣室へと駆け込んでいった。
アレルとシオンも、少し照れくさそうにしながらも、簡素な水着に着替えて浜辺に現れた。
少し遅れて、創夜も姿を見せる。彼の水着は、機能性を重視した黒のシンプルな競泳用だった。
スーが海岸に遅れて現れたとき、アレルとシオンが平然としていたが創夜は心の中で、あれが、恥ずかしくない水着なのか!?という疑問を持ったが、海岸神殿に集中することで気にしないことにした。
「じゃあ、水の神殿は海のどこにあるんだ?」創夜は慣れた様子で、砂浜から海を見つめた。
シオンとスーは胸を張り、風魔法を制御する魔力を練り始める。
「任せろ、創夜。俺たちの風魔法があれば、深海だろうと関係ない。この風の泡で空気を纏い、神殿まで潜るんだ」
彼らの身体を包み込むように、透明なシャボン玉のような膜が形成された。それは、外の水を完全に遮断しながら、内部に新鮮な空気を保つ精巧な風のバリアだった。
「準備完了よ、創夜。さあ、一緒に海面へ!」
スーが嬉しそうに創夜の手を引こうとする。
創夜は、その手を払いのけ、立ち止まった。
「待て。海の中の、どのへんだ?」
その問いに、三人は顔を見合わせる。水の神殿は、深海の奥深くに位置しており、正確な場所を知っている者は少ない。
「大まかな場所しか知らないわ。この沖合の底のさらに奥だそうだけど……」シオンが正直に答える。
創夜はため息をついた。
「相変わらず不便な世界だな」
夜の剣は一瞬で姿を変え、漆黒と純白の螺旋模様を持つ異形の太刀へと変化した。
創夜は、その太刀を頭上に掲げ、海面に向けた。
「これで海を割る。この剣は海を操作できるんだ」
ただ太刀が海面を垂直に指した、その一瞬。
海は、轟音と共に真っ二つに割れた。
太陽の光が、深海のはるか底まで一直線に降り注ぐ。二つの巨大な水の壁が左右にそびえ立ち、その先に、悠然と佇む青銅色の巨大な建造物が露わになった。海底神殿だ。
「なっ……海が……割れただと!?」アレルは言葉を失った。
「まさか、これが……創夜の力……」シオンも驚愕のあまり、風のバリアを維持するのが精一杯だ。
その時、神殿の入り口から、巨大な影が立ち上がった。それは、水の粒子と深海の闇が混じり合った、身長十メートルを超える怪魚だ。しかし、その輝きは禍々しい黒に染まっており、邪悪な魔力を放っている。
「水の精霊が、闇に染まっている……!あれが、この神殿のボスね!」スーが戦慄する。
海の割れ目から漏れ出た光に激昂したように、巨大な水の腕を振り上げた。
「行くぞ!」アレルが叫び、同時に三人の勇者が動き出した。
「風よ、集え!大旋風!」
シオンとスーの魔力が、螺旋を描く巨大な風の塊となり、真っ直ぐに巨大な怪魚に突っ込む。風は水を切り裂き、怪魚の体表を削り取ったが、その巨体は僅かに揺らぐだけで、すぐに再生し始める。
「くそっ、効きが悪い!創夜のようには行かないな!」アレルが歯を食いしばり、シオンとスーの風魔法の援護で怪魚に突っ込み、怪魚の真ん中に突っ込んだ。しかし、穴も空かず剣は弾かれた。
怪魚は怒りの波動を創夜たちに向けた。凄まじい水圧の奔流が、風のバリアごと彼らを押し潰そうと迫る。
その瞬間、創夜が動いた。彼は怪魚の動きが一瞬止まったことを見逃さなかった。三人の勇者の連携が、わずかな隙を作り出したのだ。
創夜は、巨大な水の奔流を無視し、太刀を鞘に収めるかと思いきや、僅かに引き抜く動作をした。
怪魚の巨体は、一瞬にして凍りついたかのように動きを止めた。その漆黒に染まった核に、創夜の太刀が放った『何か』が到達したのだ。
――絶対凍結・深海神殺
創夜は太刀を完全に鞘に収め、一歩踏み出した。巨大な怪魚の体躯は、完全に凍りついた。そして、ゆっくりと崩壊し、細かい水の粒子となって霧散していく。
「……瞬殺。またかよ」アレルは呆然と呟いた。
「アレルの技に似てるな、威力が桁違いだけどな」シオンが分析する。
「もう!ちょっとは私たちにも格好つけさせてよ、創夜のバカ!大体、アレルは特に戦闘で強くなるタイプなのよ!」
創夜は、崩れ去った精霊のいた場所に目を向けた。そこには、禍々しかった黒の魔力は消え、代わりに純粋な青い光が水底から立ち昇っていた。精霊は解放されたのだ。
そして、その光は神殿の周囲に、虹色の泡となって広がり始める。
「わあ……」
スーとシオン、そしてアレルは思わず見惚れた。
その時、神殿から放たれた純粋な水の魔力、つまり精霊の祝福が、風のバリアを透過して彼らの肌を優しく包んだ。熱いというほどではないが、創夜のシンプルな競泳水着の生地越しに、温かい刺激が体表に感じられる。
「……へぇ、創夜って、意外と鍛えられてるのね」
スーが目を輝かせ、創夜の背中にそっと触れた。祝福の魔力は、創夜の引き締まった背筋を強調するかのように熱を帯びた。
シオンは少し頬を染めて視線を逸らしたが、アレルは興味深そうに自分の体を見つめた。
「これが神殿の祝福か?なんだか力が漲みなぎる気がするぞ!」
「水の精霊の魔力は、体の『基盤』を強化する性質がある。それが今、この場にいる全員に注がれているんだろう。……ああ、でも、この水着だとちょっと刺激が強いな」
創夜はわずかに顔をしかめた。海水を完璧に遮断していたはずの風のバリアが、祝福の魔力だけは通している。
「これで用は済んだな。精霊は解放され、神殿も浄化された」
創夜は周囲に広がる光の泡を見回した。
スーは、創夜の背中に預けていた温もりをなぞるように、ゆっくりと指を離した。その指先が空気に触れた瞬間、言葉にできない寂しさが胸を突く。
「うーん、本当は……ちょっとだけ、ここで遊んで行きたかったんだけどなぁ」
無理に作った明るい声が、かえって彼女の未練を際立たせていた。
「次は、火の精霊のところに行って、暖かい料理を食べれるようにしないとな」
創夜は、割れた海に向かって歩き出した。巨大な水の壁は、彼らが安全に引き返すまで、崩れることなくそびえ立っていた。




