ep12. 精霊の国編 火山
「水の加護は、確かに体の基礎能力を底上げしてくれたみたいね。魔力の巡りが良くなった気がするわ」
スーは上機嫌だった。彼女は着替えたばかりの服を軽く叩き、創夜に笑顔を向ける。
「次は暖かい料理を食べられるようにするわよ!早く火の精霊のところに行こう!」
創夜は、シンプルな旅装の上に、新たに生成した黒のロングコートを羽織っていた。
「ああ、その前に腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできん。……酒場『潮騒』で、この国の名物でも食っていくか」
四人は再び酒場へと戻り、朝の喧騒が残るテラス席に座った。
酒場潮騒での歓談。
運ばれてきたのは、海の国アークノア名物の魔魚の香草焼きだ。創夜がお願いして火を貸して上げた成果だ!。
「わあ、美味しそう!やっぱり魚料理は最高ね!」
スーが目を輝かせ、魚の身をフォークでつつく。
アレルも豪快に魚の身を切り分け、口に運ぶ。
「うん!この身の締まりと、香草の風味が絶妙だな!力の源って感じがするぜ!」
創夜は静かに食事をしながら、次の目的地について口を開いた。
「火の精霊は、ここから内陸に向かった先にある『紅蓮山』だ。火山地帯の深部にある」
シオンは真剣な表情で水を飲んだ。
「火山地帯……。水の加護があるとはいえ、火の精霊の魔力が暴走している場所なら、相当な暑さでしょうね」
「だからこそ、装備を整える必要がある」
アレルとシオンは今までの鎧に着替えた、鎧の中はさほど暑くないようにしているようだ。
スーは賢者の聖衣に着替えた。純白の生地に青い魔力線が走るローブで、軽装ながらも強固な魔力防御を持ちそうだ。ローブなのに、下はミニスカートになっている。
最速で風魔法で加速し、四人は紅蓮山の麓に立っていた。
ここは、熱風と火山灰が舞い、大地は赤黒くひび割れた不毛の地だ。周囲の熱気は尋常ではない。
「うわっ、熱い!、立っているのもやっとよ!」
スーが額の汗を拭いながら、スーとシオンが急いで水の加護をかける。
水の加護で、体感温度は大幅に緩和されているようだ。
創夜は、周囲の魔力に違和感を覚えていた。
「火の精霊の魔力が、ただ熱いだけではない、異様に淀んでいる。水の精霊の時と同じだ。闇の魔力に汚染されている」
目的地である『炎の神殿』は、巨大な火山の山頂近く、マグマが吹き出すクレーターの真下に位置していた。
神殿の入り口にたどり着いたその瞬間、大地が大きく揺れ、クレーターから大量のマグマの塊が噴出した。
それは、まるで生命を持ったかのように空中で集結し、身長十メートルを超える巨大な火のゴーレムの姿を形成した。
「マグマ・イノケンテウス!」
シオンが警戒の声を上げる。全身から猛烈な熱を発し、その一歩ごとに大地を溶かす、まさに炎の化身だ。
「今度のボスは、物理攻撃が効きそうにないぞ!」
アレルが剣を構えるが、マグマの熱気に近づくことすら難しい。
マグマ・イノケンテウスは、唸り声を上げ、巨体を揺らしながら、四人めがけて、巨大なマグマの拳を振り下ろした。
「させない!」
アレルが叫び、勇者の鎧の力を込めてマグマの拳を受け止めようと突撃する!
しかし、熱気で剣が白熱し、一瞬で弾き返されてしまう。
「くそっ!熱い!近づけない!」
「俺たちの番だ!スー!」
シオンが強く叫び、魔力を解放する。
「ええ!」
スーも賢者装備の魔力増幅効果を最大限に利用する。
二人の魔力が、風と水の力を結集し、巨大な二重の魔法としてマグマ・イノケンテウスに襲いかかった。
――水渦竜巻!
シオンの魔力が、周囲の熱気を冷やし、巨大な水と風の螺旋を生み出し、マグマ・イノケンテウスの巨体を締め上げる。
――絶対零度・凍結切り(フリーズ・ブレード)!
スーの魔法が、その水と風の竜巻の内部を極限まで冷やし、凍結させようとする!
マグマ・イノケンテウスの巨体は、一瞬にして冷やされ、表面が黒いガラス質に固まった。
しかし、その内部から沸き上がるマグマの熱量は凄まじく、凍りついた表面は瞬時にひび割れ、再び炎を噴き上げる。
「ぐっ……ダメ、再生力が早すぎる!」
スーが息を切らす。
「強烈な冷気でも、すぐに内部の熱で溶かされる!」
シオンも苦悶の声を上げる。
その隙を見逃さず、マグマ・イノケンテウスは、巨大な溶岩のブレスを吐き出した。それは、岩石をも一瞬で蒸発させる灼熱の奔流だ。
アレルは、ブレスの直撃を避けるため、辛うじて横に転がったが、熱風だけで勇者の鎧が赤く変色し始めた。
「ちくしょう!創夜の凍結魔法に似た技を使っても、完全に破壊できない!」
アレルは歯を食いしばる。
「アレル!危険よ!」
マグマ・イノケンテウスの巨体が、さらに大きなマグマの拳を振り上げ、アレル目掛けて叩きつけようとする。
創夜は、動かなかった。三人の勇者の連携が、マグマ・イノケンテウスの魔力をわずかに乱した、その瞬間を待っていた。
創夜は、漆黒と純白の螺旋模様を持つ太刀を抜いた。
「炎の熱量で、精霊の核を隠しているつもりか。無駄だ」
創夜は、地面を蹴った。一瞬にして、マグマ・イノケンテウスとアレルの間に割って入る。
振り下ろされるマグマの拳を、創夜は太刀で受け止めようとはしなかった。
太刀が放ったのは、物理的な衝撃ではない。
――虚空斬滅・炎神殺
太刀が、マグマ・イノケンテウスの巨体に触れるか触れないかの、極限の距離で、『熱そのもの』を切り裂いた。
マグマ・イノケンテウスの巨体が、一瞬にしてその猛烈な熱を失い、冷たい黒い岩石へと変貌した。まるで時間が停止したかのように動きを止め、その黒い核の中心に、創夜の太刀が放った何かが到達したのだ。
凍りついた時と同じように、黒い岩の巨体はゆっくりと崩れ落ち、細かい火山灰となって霧散していく。
「……また、瞬殺かよ」アレルは、創夜の太刀が岩の巨体を通り抜けた後の、温かい熱気を失った空間に、呆然と立ち尽くした。
「熱を、切ったの……?」シオンは、信じられないものを見たように呟いた。
「もう!創夜のバカ!やっぱり全部持っていっちゃうんだから!」
スーは悔しそうに足を踏み鳴らす。
創夜は、崩れ去ったマグマ・イノケンテウスのいた場所に目を向けた。そこには、禍々しかった闇の魔力は消え、代わりに純粋な燃えるような赤い光が地面から立ち昇っていた。火の精霊が解放されたのだ。
創夜は、漆黒の太刀を鞘に納め、炎の神殿へと続く道を進み始めた。
その時、アレルは立ち止まり、わずかに顔をしかめた。
「あ、忘れていた。そういえば、炎の神殿の転移先は、確か雪山にある雷の神殿だったな」
創夜は驚愕に目を見開いた。
「おいおい!待て、アレル!この灼熱地獄の先が、今度は雪山なのか!?」
スーとシオンも、顔を見合わせる。この極端な気候の変化には、流石の賢者装備も対応しきれないだろう。
「一度、最寄りの村にワープで戻って、冬装備を取ってくるか」アレルは冷静に判断した。
アレルは叫んだ。熱気と極寒のギャップに、疲れがドッと押し寄せたようだ。
「早くしてくれよ!」
創夜はため息をつき、静かに太刀に手を添えた。
アレルはワープを唱えつつ、創夜に答えた。
「分かった。少しだけ、急ぐとしよう」
四人の勇者と一人の無職は、火の精霊の神殿から次の試練、雪山へと繋がる転移門へと足を踏み入れた。過酷な精霊の国巡りの旅は、まだ始まったばかりだ。




