ep17.バベルの塔 四階 風霊自由の試練(ミーナ編)
目を開けると、そこは灰色の空だった。
雲の切れ間から吹き荒れる風が、刃のように頬を切る。
ミーナは無意識に胸に手を当てた。
そこには、かつて“処刑の刻印”が刻まれていた場所がある。
風が形を変え、人影を結ぶ。
王国の鎧をまとった兵たち――かつて彼女を追った部隊だった。
そして、その中央に立つ一人の男が、冷たく言い放った。
「悪魔の血を持つ者。
その存在は王国の秩序を乱す。
処分は、正義だ。」
その言葉が、刃のように心に刺さる。
ずっと聞いてきた言葉だった。
“悪魔だから”“存在が罪だから”――
それだけで、何もかも奪われてきた。
風が渦巻き、兵たちが一斉に槍を構える。
ミーナは剣を抜きかけ、しかし――動けなかった。
(また、私は……戦わなきゃいけないの?
私は……生きちゃ、いけないの?)
そのとき、耳の奥に微かな声が響いた。
――“大丈夫。もう一人じゃない。”
創夜の声だった。
かすかな記憶の残響のように、仲間たちの笑顔が胸の奥で光る。
リンが笑って肩を叩き、
セリアが呆れ顔でからかい、
ミリィが心配そうに覗き込み、
エジスが穏やかに手を差し出す。
(あの人たちは……私を悪魔じゃなく、“仲間”って呼んでくれた。)
胸の奥が熱を帯びた。
ミーナはゆっくりと顔を上げ、風をまっすぐに見据える。
「……私は、もう逃げない。」
兵たちの姿が一斉に動く。
無数の槍が風を切って飛び込んでくる。
だがその瞬間、ミーナの身体を淡い蒼の光が包んだ。
「“悪魔だから”じゃない。
“王の命令だから”でもない。
私は――私が決める。
この命で、誰と生きるかを!」
叫びとともに、風が逆巻く。
黒い翼が背から広がり、魔力が奔流となって天へと解き放たれた。
兵の幻影がその光に触れた瞬間、霧のようにほどけて消えていく。
残ったのは静かな風だけ。
そこに、風の精霊――シルフィードの声が響いた。
「命じられて生きることは安らぎだ。
だが、自ら選んで生きることこそ、真の自由。
お前はそれを恐れずに掴んだな、ミーナ。」
ミーナは深く息を吐き、風の中で微笑んだ。
「うん……。
私は、もう“悪魔”じゃなく、“ミーナ”として生きる。
みんなと一緒に――この空の下で。」
風が柔らかく吹き抜け、光が彼女の頬を撫でた。
次の瞬間、視界が揺れ、現実の空島へと戻る。
そこには、仲間たちの笑顔があった。
ミーナは胸に手を当て、小さく呟いた。
「……ありがとう、みんな。」
そして、風は穏やかに流れていった。
彼女の心に、初めて“自由”という名の風が吹いた。




