ex.海の見える丘
この物語は、神々の試練を挑む前。少し前にさかのぼる。
創夜は仲間たちのいる船をそっと抜け出し、一人で小高い丘を登っていた。
たまには一人になって、静かに息を抜きたい日もある。
丘の頂上に辿り着き、草生した地面に腰を下ろした。
視界いっぱいに広がるのは、どこまでも青い海。空との境界線すら曖昧なほど、世界は澄み切っていた。
「平和だな……いや、平和すぎだ」
ぽつりと、独り言が溢れる。
世界を救った後は、戦後処理だなんだともっと忙しくなると思っていた。だが、現実は違った。平和というのは、英雄にとっては意外なほど退屈なものらしい。
そんなことを考えていた、その時だった。
ふわり、と風が吹いた。
視界の端で、鮮やかな水色の髪が揺れる。
「ん……?」
丘の少し先、崖の縁に、一人の少女が立っていた。
見覚えがある。長い水色のポニーテール、小柄な体格。お馴染みの姿のはずなのに、何かが決定的に違っていた。
「……は?」
創夜は思わず立ち上がった。
少女の背中――そこには、陽の光を浴びて神々しく輝く、純白の翼が広がっていたのだ。
まるで神話の一場面のようだった。海を見つめる少女と、風にそよぐ美しい白い羽。
だが、限界突破した困惑のなかで、創夜の口から飛び出したのは全く情緒のない一言だった。
「ミリィお前……羽、生えてたのか……!?」
その瞬間。
少女の肩がビクッと大きく跳ねた。
「見つかっちゃった」
聞こえた。確かに聞こえた。ミリィらしからぬ、実に俗っぽい落胆の声が。
少女は慌てて振り返ると、自分の翼を見て、創夜を見て、もう一度翼を見て、最後にまた創夜を見た。
「俺のこと追いかけてきたのか?……」
それは、完全に何かを諦めた人間の声だった。
数秒の気まずい沈黙の後、少女は困ったように眉を下げて笑った。
「フィーリアの尾行を瞬間移動でサッとふりきったのに。役目は終わった。とか言わないよな」
「これから、はじまるの」
創夜はこめかみを押さえた。会話が成り立ってないことに違和感を感じていた。未来が見える未来視彼女は確かにボス戦で龍のイメージが浮かび上がるのをはっきりとみている。彼女が何か隠していたという可能性はあるにはあるが、いつもと明らかに雰囲気が少しちがっていた。
(……いや、待て。そもそもおかしい。『これからはじまる』だって!? 未来が見えたのか!?)
「……ミリィ、はじまるって何がはじまるんだ?」
創夜が低く問いかけると、少女は一瞬だけ目を細めた。
ほんの一瞬。だがその表情は、いつものミリィからは想像もつかないほど大人びて、どこか儚げに見えた。
しかし次の瞬間には、いつもの屈託のない笑顔に戻る。
「……」
創夜は言葉に詰まった。
ただ一つ確かなのは、目の前の少女が、どうしようもなく特別で不思議な存在だということだけだ。
少女はそんな創夜の様子を見て、くすくすと楽しそうに笑った。
「ねえ、そうや」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
「嫌な予感しかしないぞ、今から魔王でも来るってのか?」
「あはは、ひどいな」
少女はひとしきり笑った後、ふと視線を海の向こうへと向けた。
「私の、最後のクエスト――」
また風が吹き、白い羽が大きく揺れる。
「手伝ってくれない?」
その声だけは、なぜかどうしても、冗談には聞こえなかった。
◇
創夜は少女の後を歩いていた。
正直に言えば、まだ状況を全く理解できていない。
水色の髪、小柄な体格、そして背中に生えた真っ白な羽。
意味が分からない。そもそも、船に残してきたはずの仲間がなぜここにいるのか。
だが、当の本人はそんな創夜の混乱などどこ吹く風で、丘の斜面を歩いていた。
「それで?」
創夜は一歩引いた位置から声を掛ける。
「最後のクエストって、一体何なんだ?」
少女はくるりと軽快に振り返った。ふわりと白い羽が揺れ、陽光を弾く。
「花探しだよ」
「……花?」
「うん、花」
あまりにも拍子抜けする答えだった。
世界を揺るがすような大決戦を終えたばかりの創夜としては、身構えて損をした気分だ。
「もっとこう……なんて言うか、魔王っぽいのを想像してたんだが」
「魔王っぽいのって?」
「世界を危機から救うとか」
「もう救ったじゃん」
「確かに」
「これからはじまる。物語の大事なお花だよ」
意味はわからなかったが、雰囲気が少し変わった彼女ということもあり、深く聞くことはなかった。
「その、探してる花っていうのは?」
「星を宿す花、っていうの」
「星を宿す? そんなものがこの世界にあるのか?」
個人的に彼は星と言う名前のついた意味深な名前の花に興味を引かれた。
「この世界にあるのかと言うとどうかな。」
少女は足を止め、どこか遠い目をしながら空を見上げた。
「だって、珍しい花だもん」
丘の上を強い風が吹き抜けていく。遠くから、規則正しい波の音が響いていた。
「この辺の村にね、古い伝承があるんだよ。夜空の星をそのまま閉じ込めたような、願いを叶える花があるんだって」
「……胡散臭いな」
「あはは、そう言うと思った」
少女は楽しそうに肩をすくめる。その仕草一つをとっても、宿にいるミリィよりどこか大人びていて、様になっていた。
だが次の瞬間、少女は「よし!」と小さな拳を握りしめた。
「じゃあ行こう!」
「何がよしなんだ。っていうか、どこへ行く」
「勢い! 目的地はあっちの崖の方!」
「雑だな、おい」
「人生そんなもん! ほら、遅れると置いてっちゃうよ!」
「天使が人生を語るな……」
創夜が呆れたようにため息をつくと、少女はほんの一瞬だけ、歩みを止めた。
「……そうだね」
その返事だけが、世界の音を吸い込んだみたいに、妙に静かだった。
創夜が不審に思って眉をひそめた時には、少女はもう何事もなかったかのように、前を向いてトコトコと歩き始めていた。
今感じた違和感は気のせいだったのか。そう自分に言い聞かせ、創夜もその後を追った。
◇
丘の中腹まで差しかかった頃だった。
ふと、創夜は前方の景色に違和感を覚える。
「あれ……?」
少女の姿がない。
さっきまで、ほんの数メートル先を水色のポニーテールが揺れていたはずだ。見通しのいい一本道。隠れるような障害物もない。なのに、忽然と消えていた。
「おい、ミリィ?」
返事はない。
周囲の音に耳を澄ませるが、草が擦れる音すらしない。
創夜は目を閉じ、世界を救った英雄としての『索敵能力』を限界まで広げた。魔力の残滓、空気の振動、生命の気配。そのすべてを網羅するレーダー。
――しかし、何の反応もない。
「本当に、消えた……?」
背筋に冷たいものが走る。これほどの索敵をすり抜ける存在など、あの決戦の場にもいなかった。
動揺が広がろうとした、その時。
「おーい、遅ーい!」
遥か上空から、緊張感のない声が降ってきた。
顔を上げると、数十メートル先――かつて何かの遺跡だったのだろう、ぽつんと残された古びた石のアーチの上に、少女がちょこんと座っていた。白い羽を器用に折りたたみ、足をぶらぶらと揺らしている。
「……何やってるんだ、お前」
「何って、待ってたの。そうやが歩くの遅いから」
「いや、今までどこにいた。俺の索敵に引っかからなかったぞ」
「ここにいたよ?」
「嘘つけ」
創夜は深くため息をつき、痛む額を押さえた。
世界を救う旅の中で、数々の強敵と渡り合ってきた。気配を完全に断つ暗殺者も、空間に溶け込む魔族も、認識を狂わせる幻術師も知っている。
だが、今のはそれらとは根本的に違っていた。
気配を消したというより、まるで世界から『存在そのものが一時的に切り離された』かのような、おぞましいほどの断絶。
少女はアーチからふわりと飛び降りると、創夜の様子など気にする素振りも見せずに微笑んだ。
「そんなことより!」
「そんなこと、で済む話か?」
「花だよ、花! 早くしないと日が暮れちゃう!」
創夜の追及を強引に無視して、少女は再び前を向いて走り出した。
呆れるほどに自由で、そして、掴みどころがない。創夜は小さく首を振ると、彼女の背中を追って再び歩き出した。
それからしばらく、二人は黙々と丘を歩き続けた。
遮るもののない青々とした草原を抜け、ゴツゴツとした岩場を越え、切り立った崖沿いの細い道を歩く。
だが、目的の花は見つからない。目に入るのは、どこにでも生えているありふれた野草ばかりだった。
「ないな」
「ないねぇ」
「他になにか情報はないのか? 知識の図書館に何かあるかもしれないから行ってみないか?」
「ダメ!」
「即答かよ」
「だって、最後のクエストだもん。簡単に諦めたらカッコつかないじゃん」
少女は不満げに両頬をぷっと膨らませる。
その子供っぽい仕草に、創夜はふっと表情を緩めた。
「……そこまでして自分で見つけたいのか?」
創夜の問いに、少女は不意に足を止めた。
そのまま、遠く、海の彼方を見つめる。
「うん」
その声は、驚くほど静かで、どこか厳かですらあった。
「どうしても、欲しいの。どうしても、見つけなきゃいけないんだ」
創夜は言葉を返さず、ただ彼女の横顔を見つめていた。
さっきまで陽気に笑っていた少女。それが、今だけはガラス細工のように妙に儚く、脆そうに見えた。
まるで――自分に残された時間を、心の中で一つずつ数え上げているかのような。
「……そうか」
胸の奥にざらりとした予感が走る。それを振り払うように、創夜は短く答えた。
「じゃあ、探すか。まだ見てない場所もあるしな」
少女が弾かれたように振り返る。
「えっ、いいの?」
「ここまで付き合ったんだ、今更だろ」
「そっか……えへへ、そうやは優しいね」
「普通だ」
「そうかなぁ」
少女は本当に嬉しそうに、はにかむように笑った。
その純粋な笑顔を見て、創夜の胸がズキリと痛んだ。理由は分からない。ただ、この穏やかで、少しだけ騒がしい時間が、ずっと続くわけではない――そんな確信めいた予感だけが、静かに胸を満たしていった。
◇
太陽が傾き始め、世界がオレンジ色に染まりかけた頃だった。
創夜は、崖の奥まった場所にある、ほんの僅かな空間の歪みに目を留めた。
「……ん?」
風の流れが、そこだけ不自然に淀んでいる。
目を凝らせば、大気中の魔力がごく微かに揺らぎ、光が不規則に反射していた。普通なら、世界を救った英雄の目でも見逃すような、本当に微かな世界の痕跡。
「――あったぞ」
「えっ!?」
少女が羽を羽ばたかせ、タタタッと駆け寄ってくる。
崖の深い裂け目。その薄暗い奥底に、それは静かに佇んでいた。
一輪の花。
淡い銀色の花弁。その内側では、まるで本物の夜空を切り取って閉じ込めたかのように、星々を模した光が細かく明滅しながら揺らめいている。
「……あ」
少女が小さく息を呑んだ。
「見つけた……本当に、見つけた……!」
その声は、かすかに震えていた。
創夜はそんな彼女を見て、少し誇らしげに口元をあげる。
「だから言っただろ、俺の手にかかればこんなもん――」
「言ってないよ?」
「いや、心の中で言った気がする」
「何それ、ずるい!」
少女は鈴を転がしたような声で笑った。嬉しくて、愛おしくてたまらないといった様子で、ゆっくりと、愛おしそうに花へと手を伸ばす。
その指先が、銀色の花弁に触れようとした、まさにその瞬間だった。
――ドクン。
世界が、不気味に脈打った。
巨大な心臓が耳元で跳ねたかのような、重苦しい波動が丘全体を駆け抜ける。
一瞬にして、美しい夕焼け空がどす黒い闇へと染まっていく。少女の顔から、完全に笑みが消え失せた。
「っ……来やがったか!」
創夜は反射的に腰の剣へと手を伸ばす。
次の瞬間、二人の目の前で、空間がガラスのようにバリバリと音を立てて引き裂かれた。
漆黒の亀裂。そこから這い出てきたのは――
おぞましい圧を放つ、明らかにこの世界の理から外れた、異形の存在だった。
空間の裂け目から這い出てきたのは、禍々しい漆黒の角と翼を持つ、おぞましい悪魔の異形だった。
その身体からは、この世界のルールを捻じ曲げるような濃密な魔力が放たれている。
「チッ、厄介なのが出てきたな……! そもそも、この国にまだこんな危険な敵が潜んでいたのか!?」
創夜は愛用の剣を抜き放ち、魔法剣であるアルティメットブレードで剣を包み込み、一気に間合いを詰める。七色の光を放つ刃が、悪魔の胴体を捉えた――はずだった。
キィィィン! と耳を劈く金属音が響き渡る。
刃が触れた瞬間、創夜の放った攻撃エネルギーがそのまま100%の威力で反転し、自身の身体を襲った。
「くっ、魔法反射か!?」
衝撃に耐えながら後方へ飛び退く。
「……普通の武器があれば、いや、確実にヤツには勇者武器レベルじゃないとダメージが入らないと予想できるほどの相手だってことがハッキリと分かっちまった」
背後から、少女の冷静な声が響いた。
「くるよ!」
悪魔が巨大な黒い翼を羽ばたかせ、一気に上空へと舞い上がる。追ってくる者をあざ笑うかのように、海の上の遥か高空で二人の出方を待っている。
「そうや、上を追うよ! 私から離れないで!」
少女が純白の翼を激しく羽ばたかせ、創夜の身体を抱え上げるようにして空へと飛び出した。凄まじい速度で上昇していく。
海を見下ろす広大な空が、二人の決戦の舞台となった。
「キサマら、ここで塵となれ」
悪魔が虚空から無数の漆黒の光弾を放ち、空を埋め尽くす。
「行くわよ!」
少女が創夜を空中に静止させ、自らは片手剣を抜いて前へ出た。
その瞬間、彼女が放ったのは、ミリィなら絶対に扱えない――いや、この世界の誰も見たことのない、神秘的な『白魔法』の力だった。
それは魔力ではない。太陽の光、巡る風、大自然の根源的なエネルギーそのものを紡ぐ光の奇跡。
――グランドクロス!
少女が剣を十字に振るうと、大気中の太陽光が一点に収束し、天を衝くほどの巨大な光の十字架が形成された。降り注ぐ黒い光弾が、その聖なる光に触れただけで次々と蒸発していく。
驚愕する悪魔を前に、少女の猛攻は止まらない。
彼女は騎士ではない。翼を持つ、気高くも美しい天使の剣技。
「はあああ!」
少女の持つ片手剣が、目も眩むような黄金の光を帯びる。
次の瞬間、彼女の身体が文字通り『三人』に分身した。残像ではない。実体を伴う三つの光の輪郭だ。
常軌を逸したスピードで空を駆け巡り、悪魔を三方向から同時に切り裂いていく。超高速の剣閃が空に幾何学模様を描き、悪魔の硬質な皮膚を激しく火花とともに削り取っていった。
「グオオッ!? なんだこの光は……反射できん!?」
魔法を跳ね返す悪魔のバリアを、大自然の白魔法を纏った天使の剣技が強引に叩き割る。
だが、悪魔も世界を滅ぼしかねない異形だ。咆哮とともに周囲の空間を爆破し、少女の分身を吹き飛ばして距離を取る。
「そうや、今だよ!」
空中を舞いながら、少女が叫んだ。
「俺の魔法剣は効果がない。俺はこの適当な剣しか今はないんだ」
「大丈夫、その、ふつうの剣を出して!」
創夜は即座に魔法剣を消し、予備として持っていただけの何の変哲もない鉄の剣――『アイアンソード』を引き抜いた。魔力伝導率も低く、普段なら英雄の戦いには到底耐えられない凡庸な武器だ。
「いくよ、太陽の祝福を――!」
少女が創夜の手元へ向けて手をかざす。
その瞬間、アイアンソードの刃に、爆発的な太陽の光と、吹き荒れる大自然の嵐のエネルギーが流れ込んできた。ただの鉄の剣が、限界を超えた白魔法の付与によって、神々しく輝く聖剣へと生まれ変わる。
「これなら……いける!」
創夜の瞳に闘志が戻る。
「はあああああ!」
創夜はアイアンソードを逆手に構え、空中を蹴った。白魔法の風が彼の背中を押し、音速を超える。
一撃目。神速の突進とともに放つ、空間ごと突き穿つような超スピードの閃光突き。悪魔の胸部が激しく弾け飛ぶ。
間髪入れず二撃目、三撃目。空中を縦横無尽に跳ね回りながら、まるで夜空に星を刻むような、超多段ヒットの乱舞スキルが炸裂する。
「ガ、アアアッ! バカな、ただの人間がこれほどの剣技を――!」
悪魔が苦悶の声を上げるが、創夜は攻撃の手を緩めない。
青い海を見下ろす大空で、黄金の光を纏った創夜のアイアンソードが、縦横無尽に、そして容赦なく悪魔を切り刻んでいく。上空から海面へ、海面から再び上空へ。二人の軌跡が空を光の線で満たしていく。
「これで、終わりだぁぁ弾けろぉぉぉ!!」
極大の白魔法エネルギーを刃先に集中させ、創夜は悪魔の脳天から、一気につむじ風のような回転を伴った特大の兜割りを叩きつけた。
ドゴォォォォン!!!
空気が爆ぜ、下の海面が円形に大きくへこむほどの衝撃波が広がる。
魔法反射の特性すら、白魔法の圧倒的な純粋エネルギーの前にねじ伏せられ、悪魔の巨体は光の塵となって大空へと霧散していった。
静寂が戻る。
黄金の光が消え、普通のアイアンソードに戻った武器を鞘に収めながら、創夜は荒い息を吐いた。
「ハァ、ハァ……なんとかなった、か……」
ゆっくりと視線を向けると、そこには、純白の翼を静かに揺らしながら、満足そうに微笑む水色の髪の少女が浮いていた。
悪魔の消滅とともに、どんよりと世界を覆っていた黒い闇が、嘘のように引いていく。
大空には再び、美しくもどこか切ない夕暮れ時のグラデーションが戻ってきた。
「ハァ、ハァ……。ったく、とんだ『最後のクエスト』だったぜ。てか、最後ってどういうことなんだ?」
創夜は肩で息をしながら、今度こそ剣を鞘へと収めた。限界以上の聖なるエネルギーを流し込まれた鉄の剣は、うっすらと熱を持ち、役目を終えたように小さな火花を散らしている。
もし少女の白魔法によるコーティングがなければ、最初の一撃で文字通り粉々に砕け散っていただろう。
「あはは、ごめんごめん。でも、やっぱりそうやは最高にかっこいいね!」
純白の翼をゆっくりと羽ばたかせながら、少女がふわりと近づいてくる。
空中を歩くようなその足取りは、まるで最初から空が自分の居場所であるかのように自然だった。
創夜はまじまじと彼女を見つめる。
太陽の光を浴びて透き通るような水色の髪。見たこともない、空を裂くような三人分身の神速の剣技。そして大自然の力を紡ぐ、規格外の白魔法。
「……お前、本当に何者なんだ?」
戦いが終わった今、その疑問が再び大きく膨らむ。
本物のミリィは、確かにお転婆で強いが、これほど神聖な力は使えない。何より、さっきの彼女の戦いぶりは、ただの『強い仲間』という枠を遥かに超えていた。
「……ほら、これ!」
少女ははぐらかすように笑うと、すっと自分の手のひらを差し出した。
彼女の小さな手の中には、あの激戦の最中も、不思議な光のバリアに守られて傷一つついていない、淡い銀色の花が握られていた。
星を宿す花。
夜空そのものを閉じ込めたような花弁が、夕闇のなかで静かに明滅している。
「本当に……手に入れたんだな」
「うん。そうやが頑張ってくれたおかげ。ありがとね」
少女は愛おしそうに花を見つめ、そっと胸元に抱きしめた。
その瞬間、彼女の背中の白い羽から、ハラハラと光の粒子が零れ落ちる。
「……っ?」
創夜は目を見開いた。
気のせいではない。少女の指先が、腕が、髪の毛の先が、夕暮れの光に溶けるように、うっすらと透明になり始めている。
「おい、ミリィ……? お前の身体、それ……」
「あーあ、やっぱりこの世界に長くいるのは、ルール違反みたい」
少女は自分の透け始めた手を見つめ、困ったように、でもどこか満足そうに笑った。
「私の最後のクエスト、これでおしまい。……楽しかったよ、そうや」
世界の境界線が、静かに彼女を連れ去ろうとしていた。
その言葉が、胸の奥にストンと落ちた。
ただ一言、心からの感謝を伝えるためだけに、彼女はここに現れてくれたのではないか。そんな温かい確信が、切なさとともに押し寄せてくる。
ただ、胸に抱いた『星を宿す花』をそっと天へと掲げる。花は彼女の身体とともに極大の光の帯となり、夜空の向こうへと消えていった。
「その羽、なくさないでね」
最後に、鈴を転がしたような声が耳元で跳ねた。
刹那、視界が真っ白な光に包まれる。
あたたかくて、どこか懐かしい光。創夜は押し寄せる睡魔に抗えず、ゆっくりと意識を手放した。
◇
「……や、そうやー! 起きなさいよ、そうや!」
激しく身体を揺さぶられ、創夜はハッと目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、眩しい朝の太陽。
そして、水色のポニーテールを不機嫌そうに揺らし、仁王立ちしている少女の姿だった。視界にはビキニアーマーの下半身の三角系の水色の鎧だけが視界にチラチラと入り、目をパチパチとなんども開くと閉じるを繰り返していた。
「ミリィ……?」
「もう、やっと起きた! こんなとこで何してるのよ。こんな丘の上で朝まで寝転がってるなんて、風邪ひいたらどうするの!」
創夜は慌てて起き上がり、彼女の背中を見た。お馴染みのビキニアーマー。白い細い背中。
――そこには、白い羽なんて一枚も生えていない。
「……夢、だったのか?」
あの悪魔との空中戦も、規格外の白魔法も、全部自分の退屈が見せた幻だったのだろうか。
そう思った瞬間、握りしめていた右手に、微かな『重み』と『温もり』を感じた。
手を開く。
そこには、朝日に照らされて白く輝く、一枚の美しい『純白の羽』があった。
これが何なのか、あの少女が誰だったのか、今の創夜には何も分からない。
だが、懐の羽が、じわりと頼もしい熱を帯びる。
「ミリィ、背中に実は羽があります何て言わないよな?」
「なにそれ!? どういう意味?」
「……いや、なんでもない。帰ろうぜ、みんなのところに」
「もう、わけわかんない。みんな待ってるわよ」
歩き出すミリィの後ろ姿を、創夜は一歩引いた位置から見つめる。
雲の向こう、遥か彼方の高み。
届くはずもない神々の領域から、あの少女は今も自分を見守っている――そんな予感が消えなかった。
創夜はまだ知らない。
手元に残されたその羽が、ただの形見などではなく、神々の待つ天上の塔へ至るための『最初の鍵』であることを。
そして、ミリィに酷似したあの天使が、この世界に遺した本当の願いを。




