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転生したら無職で追放されたけど、実はチートだったので、とりあえず、魔王というやつをこの目で確めて来ます  作者: @SsRay
バベルの塔編

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ep8.バベルの塔編 三層 風霊自由の試練

 転移光が収まり、創夜たちは柔らかな風の流れを感じていた。

 頬を撫でる空気は軽く、肌をくすぐるように動く。

 水中の圧から一転、まるで重力が薄まったような心地よさが広がる。


「ふぅ……やっと水から出られたネ」

 リンが濡れた髪を払いながら、軽く伸びをした。

 セリアが微笑む。

「私はこのままにしようかしら、ねぇ創夜」

 セリアが創夜をからかう。


 皆それぞれの装備に着替えを済ませた。

 衣の擦れる音が風に溶け、次第に冒険者たちの姿が戻っていく。

 エジスが手をかざし、石板の文字を読む。

「この階層……『空』そのものが舞台のようだね」


 見上げたそこには――

 果てのない青空と、無数の浮遊島。

 大きな島もあれば、人ひとり分ほどの岩塊も漂い、すべてが風の流れに乗って、ゆるやかに動いている。

 足元の地面は薄い雲。踏むたびに波紋のように揺らめく。


「うわ……空島群って、まさか本当にこんな構造なのか」

 創夜は足元の雲を確かめながら呟いた。

 重さの感覚はあるが、不安定。

 一歩でも踏み外せば、無限の落下が待っている気がした。


 セリアが空気中の魔力を計測し、眉をひそめた。

「……風の流れが不安定すぎる。魔力が暴れてるのね」

「風、自由すぎるネ。好き勝手に流れてるアル」

 リンが拳を握り、風に抗うように立つ。

 その表情にはわずかな警戒が浮かんでいた。


 エジスが静かに言う。

「この階層の名は自由の空域と書かれていました。けれど、塔が『自由』を与えるわけがありません。必ず『その裏』があるはずです」


 その言葉に、場の空気がわずかに引き締まる。

 創夜は剣を抜き、風の流れを見極めるように目を細めた。

 突如――上空から、旋律のような風の音が響いた。


 それは美しかった。

 音楽のようでありながら、どこか歪んでいる。

 優しさと冷たさが混じり合った、不思議な音。


 風が集まり、渦を巻き始めた。

 空が割れ、白銀の羽根が舞い散る。


 セリアが息を呑む。

「……あれが、この層の守護者」

 姿を現したのは、透明な翼を持つ存在――

 風そのものが形を取った精霊シルフィード。


 その瞳には、無数の雲を映しながら、深い孤独が宿っていた。

 彼女の髪は風にほどけ、身体は半透明。

 笑っているようで、泣いているようでもある。


「自由を望む者よ――」


 その声が、空間全体に響いた。

「おまえたちは、どの空を選ぶ? 秩序の風か、無秩序の嵐か?」

 風が一斉に逆巻いた。

 島々が浮遊軌道を乱し、雲が裂け、渦が生まれる。


 ミリィが思わず叫ぶ。

「……あれ、避けてるだけで飲み込まれそう!」

 創夜が剣を構え、仲間に指示を飛ばす。

「離れすぎるな! 風の流れを読むんだ、油断したら飛ばされる!」


 リンが目を細め、唇を噛んだ。

「自由の裏にあるのが……この混沌、ってことネ」

 風霊シルフィードの翼が広がる。

 一振りごとに空が裂け、光がねじれ、

 世界が秩序を失っていく。


 第三層――風霊自由の試練。

 その始まりを告げる風が、今、吹き荒れた。

 風が、裂けた。

 シルフィードの翼がわずかに震えると、空全体が共鳴する。

 見えない刃が奔流となって吹き荒れ、雲が裂かれ、島の破片が砕け散った。

 ただの風ではない――世界そのものを形作る『秩序の法則』すら、風に巻き込まれて崩れていく。


「くっ……! 風圧だけで押し飛ばされるッ!」

 創夜が踏ん張るが、雲の地面は足場としてあまりに脆い。踏みしめるたびに、白い靄が崩れ、足が沈む。


 セリアが杖を振りかざす。

「エア・シールド! 風属性を中和する結界を展開するわ!」

 だが、次の瞬間――風が結界の形を『模倣』し、逆流した。


「うそ……!? 魔法が、コピーされてる!?」

 シルフィードが静かに笑う。

 その表情は優雅で、どこか悲しげだった。

『わたしは自由。すべての形を許し、すべての境界を壊す。』

『おまえたちは――『自由』の意味を知っているのか?』


 声が、風に混じって四方から響く。

 右も左もわからない。音の方向が、存在そのものが、揺らいでいく。

 エジスが冷静に構え、仲間に指示を出す。

「視覚を信じないで。風はこの空間そのものを操作してる……!」


 ミリィが剣を握りしめ、風を切り裂こうと跳んだ。

「こんなの、怖くないっわ!」

 彼女の斬撃が一閃――だが、風が形を変え、逆にミリィを包み込む。

 羽のような風の檻。

 その中で、彼女の周囲に『影』が生まれた。


「……だれ?」

 それは、自分自身の姿だった。

 好きに生きたいって言ったのに、いざとなれば誰かの後ろに隠れる。

 自由を語るくせに、怖いときは逃げる。

 耳に直接響く声。

 それは、ミリィの『心の風』だった。


 ミーナもまた、風の渦に飲まれかけていた。

「……音が、狂ってる……」

 彼女の周囲には幻聴が渦巻き、かつての地獄のような囁きがよみがえる。

「おまえは悪魔だ」

「人間の仲間になれるわけがない」

 そのたびに、翼の封印が疼き、魔力が暴れそうになる。


 セリアは必死に詠唱を続けていた。

 だが、風が、言葉そのものを奪っていく。

 声が出ない。魔法が発動しない。

 彼女は唇を噛んで、震える声で祈った。

「……また、あの時みたいに……誰も、守れないの?」


 風霊シルフィードは空の中央で舞う。

 その羽ばたき一つで、空島が弾かれるように飛散した。

「――あっ!」

 リンが手を伸ばすが、創夜の姿が遠のいていく。

 それぞれが、異なる風流に乗って分断される。

 創夜は一人、雲の裂け目をすり抜け、空の孤島へと落ちた。

 風の中で、微かに聞こえた。


「――お前の『自由』は、誰のためのものだ?」

 その声が、彼の胸の奥に突き刺さる。

 彼の脳裏を、現実世界の断片がよぎった。

「お前アニメ好きなのか?」

「おいおい、有名高校だぜ、アニメなんか見てんのかよ」

 笑い声。

 馬鹿にしたような目。

 遠い過去の記憶が、風の幻影として押し寄せてくる。

「……チッ、これが『自由の試練』ってわけかよ」


 創夜は拳を握りしめ、視線を空へと向けた。

 そこでは、分断された仲間たちがそれぞれの『自由』と向き合っていた。

 風が再び唸る。

 シルフィードの声が空全体に響く。


『風は縛られず、秩序も従えぬ。

 だが、無秩序は『孤独』を生む。

 おまえたちの『自由』――それは、

 何を守るためにある?』


 そして、試練の嵐が、完全に吹き荒れた。

 眩い光が消えた瞬間、創夜は風に包まれた空間に立っていた。

 地平はない。足元すら霞んで見える。

 ただ、吹きすさぶ風の音だけが、耳の奥で鳴り響いている。


 ――創夜の意識の中

 ここが、風霊の試練か。

 どこまでも透き通った空。だがその静けさは、不気味なほどに冷たい。

 次の瞬間、風の渦が彼の目の前で形を成した。

 現れたのは――創夜自身だった。

 同じ髪型、同じ瞳、同じ剣。

 ただひとつ違うのは、その瞳が何の感情も宿していないこと。

 まるで「もう一人の創夜」が、鏡の中から抜け出したようだった。


「……お前が、俺の試練か」

 創夜が構える。風が剣の周囲を渦巻き、雷光が走った。

 だが、影の創夜も全く同じ構えをとる。

 まるで一枚の鏡がそのまま動き出したかのように――完璧に。

「雷刃・閃光撃!」


 創夜が剣を振り抜くと同時に、鏡の創夜もまったく同じ動作で放つ。

 二つの斬撃がぶつかり合い、爆風が弾けた。

 空気が裂け、雷が交錯し、双方が吹き飛ぶ――しかし、どちらも傷ひとつない。

「チッ、全部読まれてやがる!」


 すぐさま創夜は雷を纏って瞬間移動する。

 だが、もう一人の自分もまったく同じ位置に瞬間移動していた。

 斬撃を打てば打ち返され、蹴りを出せば同じ足で止められる。

 完全なる対称。

 動きも癖も、呼吸のタイミングすらも一致している。

「……これが俺?」


 剣を受け止めながら、創夜は自分の顔を睨みつけた。その瞳は、まるで過去の自分を映しているようだった。ふと、耳の奥で囁くような声が響いた。それは風のように淡く、しかし確かに問いかけてくる。

『お前にとって、自由とは何だ?』

「自由……?」


 影の創夜が剣を構えたまま、無言で突進してくる。

 その斬撃が顔のすぐ横を掠め、雷光が弾けた。

 創夜は剣を交わしながら、苦しげに息を吐く。

『一人でいることが自由か? 誰にも縛られず、誰にも頼らず……それが、お前の望んだ姿じゃないのか?』

「昔は……そうだった」

 創夜は答えた。声が風に飲まれそうになる。


「俺はこの世界に来て、仲間たちと出会うまで、クラスで一人だった。一人で、楽しい『世界観』の中に閉じこもってたんだ。アニメやゲームの中の勇者になってる気分で、誰にも踏み込ませなかった」

 影の創夜が再び突き出す。剣がぶつかり、火花が散る。

「でも――」

 創夜はその剣を押し返し、瞳をまっすぐに見据えた。

「今は違う。今は、頼れる仲間がいる。

 守りたいって、心の底から思える仲間が!」


 その瞬間、雷光が爆ぜた。

 創夜の剣を包む雷が、これまでと違う軌跡を描き、影の創夜の剣を弾き飛ばす。

 影がたじろぐ。

 彼の輪郭が、風に溶けていく。


『……仲間が、お前の自由か?』

「そうだ。一人で風に流されるだけじゃ、自由じゃない。自分の意思で、誰かを守るために選ぶ――それが、俺の『自由』だ!」


 叫びと共に、創夜が剣を振り抜く。

 雷が走り、空を割る。

 風が逆巻き、影の創夜が光の粒となって空に散った。


 静寂。

 風だけが優しく彼の頬を撫でる。

 その風は、まるで理解と承認のように温かかった。

 創夜が目を開けると、そこは再び仲間たちのいる空島だった。

 息を吐き、剣を下ろす。

「……自由、か。俺、まだちゃんとわかってなかったかもな」

「……創夜大丈夫?皆もまだ目を覚まさないのよ。私には何が起きているのか全くわからないわ」

 エジスも身動きひとつ見せないでいた。


 ――リンの意識の中

 風が彼の髪を撫で、どこかで微かな笑い声が聞こえた。

 シルフィードが、試練の通過を告げていた。

 風が鳴いていた。

 音ではない。魂を削るような、冷たい風。


 リンは目を開けた。

 そこは、どこまでも続く雲の大地――白銀の空。

 風が肌を裂き、雲が足元を流れていく。

 ただの空ではない。

 ここは、心の中の『空』だとすぐに分かった。


 遠くで竜の鳴き声が響いた。

 その姿は風に溶け、形を変え、やがて『自分』の姿になって現れる。

 金の瞳、龍の角、しなやかな体躯。

 自分と同じ顔をした、もう一人のリン。

「……また鏡アル」

 リンは静かに拳を握った。


 風が渦巻く。

 影のリンが一歩踏み出した瞬間、爆風が走る。

 拳と拳がぶつかり、空気が震える。

 その衝撃だけで、雲が裂け、風が悲鳴を上げた。

「速い……けど、同じ動きアルね!」

 影のリンは無言。

 ただひたすら、機械のように正確に拳を繰り出す。

 すべてが自分と同じ軌道。

 避けても、攻撃しても、すべて読まれている。


 どれだけ拳を叩き込んでも、衝撃は霧のように消える。

「くっ……っ!」

 息が荒くなり、リンは一度距離を取った。

 そのとき、風が問いかけてきた。

 声ではなく、風そのものが心に触れる。

『お前にとって、自由とは何だ?』

 リンは目を細めた。

 心の奥に、幼い日の景色がよみがえる。


「霧深い山。龍族の里。訓練、修行、また修行。他人と話すことも、笑うことも、ほとんどなかった」


『お前は力を求め、孤独を選んだ。

 その生き方に、迷いはないか?』


「……わたしは、里でずっと強くなることだけ考えてたアル。みんなが龍族は誇り高くあるべしって言ってた。だから、そうするのが当然だと思ってた。でも――」


 リンは拳を下ろし、空を見上げた。

 雲が流れ、どこまでも広がる蒼が見える。


「創夜たちと旅をして、分かったネ。

 強くなることだけが自由じゃないアル。

 一緒に笑って、一緒に怒って……

 守りたいって思える仲間がいること。

 それが、わたしの『自由』アル!」


 影のリンが動いた。

 風を裂き、突進する。


 だが今度は違う。

 リンの気が全身に集まり、竜の紋が腕に浮かぶ。

「――龍拳、一心衝!!!」

 拳が風を貫き、衝撃が走る。

 影のリンの体が弾け、風の粒子となって散った。

 嵐が晴れ、空が静かに光を取り戻す。


 リンは息を吐き、拳を見つめる。

 自分の手の中に、微かに残る温かい風。

 それは、まるで風霊の祝福のようだった。


『よくぞ見つけた。風は縛られぬ。だが、誰かを想う風こそが真の自由だ。』


 その声が消え、世界が光に包まれる。

 気づけば、仲間たちのいる空島に戻っていた。

 リンの髪が風に揺れ、仲間たちの顔が見える。


 フィーリアがほっと息をつき、創夜が笑った。

「おかえり、リン。大丈夫だったか?」


 リンはきょとんとした表情で、周囲を見渡した。

「みんな……どうしたネ? 敵はどこアル!?みんなもう大丈夫アルカ?」


 その無垢な声に、仲間たちは自然と笑った。

 風が優しく吹き抜け、試練の空島に静かな安らぎが戻る。


 ――セリアの意識の中

 風が歌っていた。

 高く、冷たく、どこまでも透き通った音。

 その中で、セリアは静かに目を開けた。


 周囲は浮遊する島々。

 金色の雲の海の上に、無数の光が漂っている。

 風が通り抜けるたび、光は形を変え、やがて人の姿を象る。


 それは、かつてのセリア自身だった。


 黒いローブに、無表情の顔。

 常に何かを考え、感情を表に出さない少女。

 知識と論理だけで世界を測り、誰とも深く関わらずに生きてきた姿。


「……なるほど、これが『私の試練』というわけね」

 セリアは静かに微笑んだ。

 だが、その瞳には一切の油断がなかった。


 風の分身――もう一人のセリアが口を開く。

「知識こそが力。感情は魔法の邪魔。

 それが、あなたの信念だったでしょう?」

 セリアは杖を軽く構えた。

「確かにそうだったわ。でも今は少し違うの。感情があるから、私は楽しいと感じる。創夜をからかうのも、リンとミリィとミーナとフィーリアと笑うのも。全部――悪くないって思えるの」


 風が揺れた。

 分身が冷たい目で見つめる。

「感情に流されれば、魔力は乱れる。

 効率を求めるなら、孤独でいなさい。

 お前が皆と笑うことに、どんな意味がある?」


 その声が風に溶けた瞬間、空が割れた。

 暴風が奔り、幾千の魔法陣が空に浮かぶ。

 分身が詠唱するたびに、雷と氷と炎が交錯し、世界が白く焼ける。


 セリアは対峙するように杖を構えた。

「同じ魔法を使うつもり? なら、受けて立つわ!」

 二人の詠唱が重なった。

 ――アーク・テンペスト!

 風が叫び、空が裂ける。

 だが、全く同じ魔法がぶつかり合うたびに、力は打ち消し合い、霧散していく。


 互いに一歩も譲らない。

 それは『完全に同じ存在』だから。

「私を超えることはできない。

 お前が誰かと笑う限り、集中は乱れ、術は鈍る。

 感情は枷。孤独こそ、最も美しい魔術の形」

「……違うわ」

 セリアの声が、風の中でもはっきり響いた。

「確かに、昔の私はそう思ってた。魔法は完璧でなければならない。だから、誰とも関わらないようにしてた。でも、あの時――創夜たちと出会って、気づいたの」


 杖先に、柔らかな光が宿る。

 それは魔力ではなく、『温もり』そのものの光。

「みんなと笑い合うと、心が動く。心が動くと、世界が広がる。それが、私にとっての『自由』よ」


 分身の目が見開かれる。

 その瞬間、風が止まり、全ての魔法陣が砕け散った。

 セリアが一歩踏み出す。

「だから私は、みんなと一緒にいたい。

 創夜をからかうのも楽しいし、

 リンと張り合うのも、ミリィとお茶をするのも、その全部が、私を生かしてくれる」


「……感情を、受け入れるのか?」

「そう。感情もまた、私の一部。知識だけじゃ、風は掴めないもの」

 セリアの放った最後の一撃――

 それは魔法ではなく、微笑みと共に解き放たれた『心』だった。


 風霊の身体が崩れ、無数の光の粒となって空へ還る。

『よくぞ見つけた。風は理ではなく、心に吹く。

 感情を抱くことこそ、真の自由なり。』

 声が消え、空がやわらかい風で満たされた。

 気づけば、仲間たちのいる浮島に戻っていた。

 リンがぱたぱたと手を振り、フィーリアが笑顔で駆け寄る。

 創夜は、どこか照れくさそうに頭をかいた。

「おかえり、セリア。どうだった?」

 セリアは小さく笑い、少しだけ肩をすくめる。


「ふふ、悪くなかったわね。

 やっぱり……みんなといると、退屈しないもの」

 風が、まるで彼女の笑みを祝福するように吹き抜けた。

 白銀の風が吹いていた。

 地平のない蒼穹の中、無数の雲が島のように漂っている。


 ――ミリィの意識の中

 ミリィはその中央、足もとに透明な光の足場を感じながら、ゆっくりと瞳を開いた。


「……ここ、は……」

 風が彼女の髪を撫で、耳元で囁くように声を響かせる。

『未来を見る者よ。

 汝の自由を、ここで見つけよ。』


 その瞬間、目の前の空気が歪み、光の波が生まれた。

 波は像を結び、やがて『もう一人のミリィ』がそこに立つ。


 彼女とまったく同じ顔、同じ声。

 だが、瞳は氷のように冷たかった。


「あなたには、未来が見える。

 だからこそ、無駄なことはしない。

 誰といても、最後が分かってしまうんでしょう?」


 ミリィは小さく首を振る。


「ううん……見えるけど、全部じゃない。

 未来は流れるもの。時々、揺れるんだよ」

「それでも、王に狙われた。

 その力のせいで、誰かを救えず、誰かを失った。

 あなたの『自由』は、未来という檻に閉じ込められている」


 風が渦を巻き、空に金色の文字が浮かび上がる。

 それは無数の『未来』の断片。

 戦いの結末、仲間の涙、崩れ落ちる城――

 ミリィが一度は見てきた、避けようのない運命の残響。


 彼女の小さな肩が震える。

「……そうだね。

 見えるたびに怖くなってた。

 どうせ変わらないんだって、何をしても無駄なんだって……思ってた」

 分身が一歩近づく。風の刃が彼女の頬をかすめる。

「ならば、なぜ抗う?

 未来を知る者は、いまを諦めればいい」


 ミリィは目を閉じた。

 そして、ゆっくりと微笑んだ。

「でもね――それでも、みんなといる『いま』が楽しいの」

 風が止まった。

「創夜が笑って、リンが元気で、セリアがからかって……フィーリアがたまに突っ込むの、その瞬間が、未来なんてどうでもよくなるくらい、キラキラしてるんだ」


 光の波がざわめく。

 未来の断片が揺らぎ、ひとつ、またひとつと消えていく。

「私はね、未来が見えるけど、『いま』を選ぶのは、私なんだ。王に狙われても、運命に縛られても――私は、創夜たちと一緒に旅をしたい」


 分身が沈黙した。

 その瞳に、一瞬だけ微笑が浮かぶ。

「未来を見ても、いまを愛せる者。

 それが、お前の自由か」

 ミリィはうなずいた。


「うん。未来はたぶん、怖いこともあるけど……それでも、『いま』を大切にできるなら、私はその先もきっと笑えると思うの」


 風がやわらかく吹き抜け、分身の身体が光に変わってほどけていく。

『未来を見る眼に、いまを映せ。

 それこそが、真の自由なり。』

 声が消え、風の試練が終わった。

 ミリィが目を開けると、そこには創夜たちの姿があった。

 セリアが軽く手を振り、リンがにっこりと笑う。


「ミリィ、おかえり!」

 ミリィは少し照れくさそうに笑いながら、胸の前で手を合わせた。

「うん……ただいま。

 やっぱり、みんなと一緒がいちばんだね」


 風が彼女の髪を揺らし、柔らかな旋律のように流れていった。まるで、その答えを祝福するように。目を開けると、そこは灰色の空だった。

 雲の切れ間から吹き荒れる風が、刃のように頬を切る。


 ――ミーナの意識の中

 ミーナは無意識に胸に手を当てた。

 そこには、かつて『処刑の刻印』が刻まれていた場所がある。風が形を変え、人影を結ぶ。

 王国の鎧をまとった兵たち――かつて彼女を追った部隊だった。そして、その中央に立つ一人の男が、冷たく言い放った。


「悪魔の血を持つ者。その存在は王国の秩序を乱す。処分は、正義だ」


 その言葉が、刃のように心に刺さる。

 ずっと聞いてきた言葉だった。

『悪魔』だから存在が『罪』だから――

 それだけで、何もかも奪われてきた。


 風が渦巻き、兵たちが一斉に槍を構える。

 ミーナは剣を抜きかけ、しかし――動けなかった。

(また、私は……戦わなきゃいけないの?

 私は……生きちゃ、いけないの?)

 そのとき、耳の奥に微かな声が響いた。

 ――大丈夫。もう一人じゃない。


 創夜の声だった。

 かすかな記憶の残響のように、仲間たちの笑顔が胸の奥で光る。


 リンが笑って肩を叩き、

 セリアが呆れ顔でからかい、

 ミリィが心配そうに覗き込み、

 フィーリアが穏やかに手を差し出す。


(あの人たちは……私を悪魔じゃなく、『仲間』って呼んでくれた。)

 胸の奥が熱を帯びた。

 ミーナはゆっくりと顔を上げ、風をまっすぐに見据える。

「……私は、もう逃げない」


 兵たちの姿が一斉に動く。

 無数の槍が風を切って飛び込んでくる。

 だがその瞬間、ミーナの身体を淡い蒼の光が包んだ。

「悪魔だからじゃない。

 誰かの命令だからでもない。

 私は――私が決める。

 この命で、誰と生きるかを!」


 叫びとともに、風が逆巻く。

 黒い翼が背から広がり、魔力が奔流となって天へと解き放たれた。


 兵の幻影がその光に触れた瞬間、霧のようにほどけて消えていく。

 残ったのは静かな風だけ。

 そこに、風の精霊――シルフィードの声が響いた。


「命じられて生きることは安らぎだ。だが、自ら選んで生きることこそ、真の自由。お前はそれを恐れずに掴んだな、ミーナ」


 ミーナは深く息を吐き、風の中で微笑んだ。


「うん……。私は、もう『悪魔』じゃなく、『ミーナ』として生きる。みんなと一緒に――この空の下で」


 風が柔らかく吹き抜け、光が彼女の頬を撫でた。

 次の瞬間、視界が揺れ、現実の空島へと戻る。

 そこには、仲間たちの笑顔があった。

 ミーナは胸に手を当て、小さく呟いた。

「……ありがとう、みんな」

 そして、風は穏やかに流れていった。

 彼女の心に、初めて『自由』という名の風が吹いた。


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