ep1.無職判定
激しい衝撃と、鉄が軋む耳障りな音。
次に意識が浮上した時、俺――**空知 創夜**――の視界は、豪華絢爛な大広間に満たされていた。
「……まぶしい」
頭の芯がジンジンと痛み、手足の感覚が薄い。
最後に覚えているのは、スクールバスの窓から見えた、対向車線の大型トラックのヘッドライト――。
あの事故で、俺の人生は間違いなく終わったはずだった。
だが今、目の前にある石造りの荘厳な空間が、夢でも幻でもないことを告げている。
そして、俺の数歩横には、同じ学ラン姿のクラスメイトたちがいた。
「……あ、古沢? それに、佐倉もいるのか!?」
冷静沈着な優等生・**古沢 由紀**、凛とした雰囲気の**佐倉 葵**。
彼らも、あのスクールバスに乗っていたはずの人間だ。
やがて、王座に座る威厳ある男――**王**――が口を開く。
ここは**アースガルド王国**。そして俺たちは**転生者**だという。
この世界で生きていくために、魂の奥底から特別な**職**が引き出されるのだと。
王の隣に立つ老魔術師が、透明な水晶玉を抱え、静かに告げた。
「さあ、恐れることはない。その水晶に手を触れるがよい。
お前の魂が、この世界で何であるかを教えてくれる。」
まずはクラスの優等生たちが呼ばれた。
古沢が触れると、水晶は輝き、文字が浮かぶ。
**『聖剣の勇者』。**
続けて田中は**『堅牢なる聖騎士』**。
佐倉は**『大賢者』**。
学級委員長の松本は**『光の癒し手』**。
「これは豊作じゃ! 勇者に聖騎士、賢者に僧侶……最前線で活躍できるエリート職ばかり!」
王は満足げに笑う。
クラスメイトたちの歓声は遠くのBGMのようだ。
俺にとって彼らは仲間ではない。ただのクラスメイト。
彼らが輝くほど、平凡な俺の場違い感が募る。
(勇者とか、騎士とか、賢者とか……。
そりゃ、あいつらならそうだろうな。昔から何もかも上手くいく連中だ。)
そして、ついに俺――空知 創夜――の番が来た。
喉がカラカラに乾く。
この世界で俺は何になる? 勇者か、魔術師か、それとも――。
俺の能力は、頭の中で**「想像したものを具現化できる」**。
それが反映されるなら、最強職だってあり得る。
ロボットを創るのもいい。召喚獣を操るのも中々……。
意を決して、俺は台座に置かれた水晶玉に震える右手をそっと乗せた。
次の瞬間、水晶は眩い光を放ち、王座の間の全員が息を呑む。
光が収束し、水晶の内部に一つの文字が浮かび上がった。
老魔術師は目を丸くし、かすれた声で読み上げる。
「これは……っ、『無職』……?」
静まり返る王座の間。
転生者全員のジョブ診断が終わり、王が魔王討伐を命じる中――
俺だけは、**邪魔者扱い**だった。
「勇者や賢者の旅路に、『無職』など無用の長物! 追放しろ!」
……そうして俺は、城どころか町からも追い出された。
今、俺は森の中を歩いている。
冷たい風が頬をなで、苔むした地面が靴の裏で軋む。
(ふざけるな。俺のジョブが『無職』? 笑わせる。
確かに水晶はそう言ったかもしれないが――)
俺は立ち止まり、全身の血液が沸き上がるのを感じながら深く息を吸う。
そして、頭の中で一つのイメージを、強烈に思い描いく。
俺は今、森の中をトボトボ歩いている。冷たい風が頬をなでる。
(ふざけんなよ。『無職』?笑わせるな!)
確かに水晶はそう言ったかもしれない。だが、俺の能力は――。
俺は立ち止まり、深く息を吸った。そして、頭の中で一つのイメージを、強烈に思い描く。
「……『ファイア!!』」
軽い気持ちで、ゲームの技名を大声で叫び、目の前の木に向かってポーズを決めた。
――その瞬間、空中に、巨大な火の玉が出現した。
轟音とともに放たれた火球は、目の前の大樹を一撃で焼き尽くし、跡形もなく灰へと変える。
俺はポカーンと口を開け、ただその光景を見つめるしかなかった。
「……は?」
次の瞬間、目の前の虚空に淡い光のウィンドウが浮かび上がった。
スキル《ファイアボール》を覚えました。
呆然としたまま、俺は試しに心の中で《ファイアボール》と念じてみる。
手のひらに、オレンジ色の炎の塊がフワリと出現した。
「やっぱり……無詠唱は基本だろ。できてよかった、本当に。」
そして、ぽつりと笑ってしまう。
「うそだろ……ほんとにできた。
無職って、もしかして“なんにでもなれる”ってことか?」
胸の奥から、子供の頃のようなワクワクがこみ上げる。
気分は、まるで大好きなRPGの主人公だった。
「ステータスオープン!」
そう叫ぶと、再びウィンドウが開く。
だが、表示された内容を見て――俺は一気に肩を落とした。
HP:――
MP:――
職業:無職
「……おいおい、結局“無職”かよ!」
淡い期待を抱いて見たのに、やっぱり変わらず無職のままだった。
「想像した職になれるわけじゃない、ってことか……。
じゃあ、さっきの魔法はもう使えないのか?」
そう思いつつも、試しに再び魔法を放ってみた。
火球、風刃、氷の槍――試した数、二十回。
だが、MPは減らない。どころか、疲労もほとんどない。
(マジか……スキル消費なし?)
調子に乗った俺は、その辺に落ちていた木の枝を拾い上げた。
剣を構えるように両手で握りしめ、ニヤリと笑う。
「和道、横一文字!」
思いきり枝を横に振り抜く。
刹那、空気が裂ける音。
想像したとおりの“飛ぶ斬撃”が走り、目の前の木々をまとめて切り裂いた。
「まじか! 剣技みたいなスキルもあるのか!」
確認のためにスキルウィンドウを開くと、
そこには見覚えのない技名が追加されていた。
(……なるほど。想像したものが、スキルとして登録されるのか。)
使いこなすには少し練習が必要そうだったが、
少なくとも、“想像した威力で技を出せる”こと、
そして“スキルの使用制限がない”ことが分かった。
――そのときだった。
背後の森から、重い地響きが近づく。
振り向けば、そこにいたのは、ラスボス前に出てきそうな巨大な狼型の魔物だった。
(さっきの爆音で寄ってきたか……!)
反射的に、俺はバリアのイメージを構築する。透明な光の壁が、俺を包み込んだ。
「あ、あぶなかった。」
そう叫んだ次の瞬間、無意識に魔物を二つに切り裂く強烈なイメージが浮かび、巨大な魔物を無意識に風魔法で真っ二つに切り裂いていた。
「……そういう、ありきたりな展開、つまんねーんだよ。はい、サヨナラ。」
怒りとも呆れ(あきれ)ともつかない感情でつぶやく。
この能力は、単なる『想像』じゃない。俺の**『願い』、あるいは『キレた衝動』そのものが、この世界の法則をねじ曲げる。城で無職と笑われ、ゴミのように追い出された屈辱**が、今、マグマのように脳を焼き尽くしていた。
スキルが使えるという事実が、俺の脳裏に焼き付いたアニメやゲームの知識を限界突破させたのだ。意識の壁が吹き飛び、この状況なら最強の俺はこう動くというイメージが、トリガーとなり現実へと変換されていく。
気づけば足元には、魔物の素材が転がっていた。俺は無造作にそれをストレージへ放り込む。
「さて……追い出された町に戻る気はねぇし。飯と宿を探すために、次の町を見つけるか。」
そう呟いて、空を見上げた。
「――飛行術!」
ふわりと体が浮き上がる。
重力が遠のき、風が肌を撫でた。
地面と空を行き来しながら感覚をつかみ、数分後。
俺は、迷いなく青空へと身を投げた。
遥か眼下には、大地にへばりつくような光の都市が、かすかに輝いている。
創夜はただ、その光を目指して――
「無職」のくせに、途方もない速度で、青空を翔け抜けていった。
あとがき:
転生者の初期ジョブチェックという王道展開から始まりましたが、主人公・空知 創夜のジョブはまさかの**『無職』**!
これから、生きていけるのか。
キャラクターイメージ:創夜
夜風の中に静かに佇む青年――創夜。
彼の姿は、まるで夜そのものが人の形を取ったかのようだった。
有名高校に通っていた。彼は唯一有名高校でアニメ好きだった。有名高校では、アニメは見てみないものとされるように、彼もクラスメイトにはいないものとして扱われている。
身長は高すぎず、細身の体型。だがその立ち姿には緊張感と知性が漂い、力を抜いていてもどこか鋭さを感じさせる。
黒いコートの裾が夜風に揺れ、その下には白いシャツが清潔に整えられている。シャツの第一ボタンは外され、堅苦しさのない知的な余裕を感じさせた。
黒のスラックスは脚のラインをすらりと見せ、無駄のない均整の取れたシルエットを形作る。
長い指先には無駄な装飾がなく、しかしどこか繊細で、創造を司る人間の手という印象を与える。
髪は漆黒で、前髪が軽く目にかかるほどの長さ。夜空の光を受けるたびに、青みを帯びた光沢が浮かぶ。
その奥にある瞳は深い群青――静かな湖のようでありながら、何かを見通すような鋭さも秘めている。
口元はほとんど笑わない。それでも、どこか寂しげな優しさを感じさせる。
彼が立つのは夜の街の外れ。背景にはぼんやりとした街灯と、遠くのビルの影。
その中でただ一人、創夜は夜空を見上げている。
コートの黒と空の藍が溶け合い、彼の存在は世界の中に静かに溶け込んでいく。
見る者が誰であっても、彼の姿からはこう感じるだろう――
「この青年は、夜の静寂と理性をまとった、創造する者だ」と。




