ep17.王
最強の飛空艇は、魔物の王が潜む首都の上空へと静かに到達した。王の城は首都の中央に威容を誇る巨大な建造物だが、創夜の目には、その荘厳さの裏に隠された邪悪な魔力の奔流が見えていた。
創夜たちは飛空艇のコックピットで最後の打ち合わせをしている。
「……あの王は、俺を追放しただけじゃない。俺のクラスメイトだった『勇者』たちまで利用していた。真実を話す機会もなく、あの馬鹿正直な勇者たちは王の命令でいくつもの村を焼き、人を殺させていたんだ」
創夜は静かに、しかし怒りを込めて語った。
リンの瞳に憤怒の色が浮かぶ。「極悪非道アル! 魔族のミーナよりも、よっぽど酷い悪党アルネ!」
「私を殺そうとした罰を与えるわ!」
ミーナも怒った顔で手をぶんふんしている。
「王は『魔王討伐』という名目で勇者たちを操り、自分に反対する勢力や邪魔な村を潰させていた。彼らが王の正体を知ることはなかったのよ」
セリアは冷静に事実を補足する。
「王の城に突入する前に、一つだけやっておくことがある」
創夜はそう言うと、かつてのクラスメイトへメッセージを送るために目をつぶり始めた。
「俺の能力、テレパシー送信で、今、国内の主要な村々を守っているかつてのクラスメイトたちにメッセージを送った。内容は一つだけ――『王の正体を知るな。ただ、村人たちを、王が仕掛けるすべての攻撃から絶対に守り切れ』とだけだ」
ミリィが頷く。「勇者たちが王の仕掛ける攻撃から、王が操るミイラや魔物から村人を守る。それが、彼らが犯した罪を償う唯一の道ね」
創夜は深く息を吸った。「もう迷う必要はない。倒すべきは、世界を内側から食い破ろうとする魔物の王だ!」
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創夜たちは飛空艇から城の最上階へと直接降下した。そこは王が儀式を行っていた場所――玉座の間はおぞましい異界の魔力で満ちている。
玉座には、創夜を追放したときと変わらぬ傲慢な笑みを浮かべた王が座っていた。
「ほう、無職の者がよくもここまでたどり着いたものだ。だが、私の邪魔はさせん」
王は創夜を見下した。
「黙れ、異界の魔物が。お前の悪行は全部知っている。俺たちを追放し、勇者たちを操り、この世界を破壊しようとした罪、ここで終わらせてやる!」
創夜の怒りのオーラが炸裂する。
先手を取ったのはミリィだった。創夜の完全加護で限界まで加速されたミリィの身体は、王が反応する隙すら与えない。
「遅いわ!」
ミリィは王が玉座から立ち上がるコンマ数秒の未来を読み、その心臓に会心の一撃を叩き込んだ。
ドシュッ!
王は一瞬の苦悶の表情を浮かべ、玉座から崩れ落ちた。体からは大量の黒い血が流れ出し、邪悪な魔力が急速に霧散していく。
「……終わったアルか?」
リンは、あまりにも呆気ない結末に戸惑いを隠せない。
「ふふ、修行の成果ね。究極の集中力の前では、王もただの敵よ」
セリアは優雅に髪をかき上げる。
「おかしいわ!」
ミーナも辺りを警戒する。
ミリィは未来視で未来を警戒している。
創夜は警戒を解かない。「いや、まだだ。こいつは偽物だ。こんなサクサク倒れて終わるはずがない」
創夜の予感は的中した。倒れたはずの王の身体が、黒い血を撒き散らしながら異形へと変形し始めたのだ。
「フフフ……まさか、この程度で私が倒せると思ったか、転生者よ! この器は世界の崩壊を導くための擬態に過ぎん!」
王の身体は巨大な異形の化け物へと膨張していく。その肉体は城の玉座の間を突き破り、やがて城全体を包み込み始めた。
「嘘……城が王の本体だったの!?」
セリアが叫ぶ。
王の城全体がみるみるうちに異界の有機的な装甲で覆われていく。巨大な触手やおぞましい眼が城壁に現れ、城は巨大な異界の要塞生物へと変貌した。
ゴゴゴゴゴゴ……!
城の足元から凄まじい轟音が響き、大地が震える。玉座の間にいた創夜たちは、その急激な浮上に立っているのがやっとだった。
「まずいアル! 城が空へ飛び立つアル!」
リンが叫ぶ。
王の本体である異界の城は、首都の真上からゆっくりと浮上を開始した。その巨大な影が首都全体を覆い、市民は恐怖と混乱に陥る。
「私の本拠地はこの世界にはない。真の力は異界の城に宿っている! 貴様らも、この世界も、すべて道連れだ!」
王のおぞましい声が首都全体に響き渡る。
異界の城は首都の空を突き破り、次元の裂け目のような門を開きながら、一気に天空の彼方へと飛び去っていった。
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創夜たちは変形した城の最上階に取り残されていたが、飛空艇が迎えに来た。
飛空艇の甲板から見下ろすと、首都の上空には王が去った後にできた巨大な穴と、破壊の爪痕が残されていた。
「王は逃げたアルか!」
リンは悔しさを滲ませる。
創夜は静かに、しかし決然とした表情で言った。「いや、逃げたんじゃない。本拠地へ帰ったんだ。そしてこの世界を滅ぼすための最終準備に入る」
「私たちも追うの? あの城に?」
ミーナが心配そうに創夜を見上げる。
「ああ、行く。俺たちが倒すべきはあの異界の城そのものだ。あいつが完全に力を解放する前に叩き潰す!」
創夜の瞳には、無我の境地の力が漲っていた。
セリアは創夜の隣で力強く頷いた。「飛空艇も最強よ。どこまでも追いつける。王が逃げた先が、最終決戦の場所よ」
創夜は飛空艇の舵を握る。「みんな! 次の目的地は王の逃げた先――異界の城だ。これが本当に最後の戦いになる。王の悪行を全部終わらせるぞ!」
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飛空艇は異界の城が消えた空間の裂け目に向かうため、最高速度で上昇を始めた。最終決戦を前に、彼らは飛空艇のキッチンで簡単な食事を囲んでいる。
シンプルなシチューと、ミーナ特製のクッキー。それが、世界を救うための最後の糧だ。
「このシチューを食べて、王の悪行を全部水に流すの!」
ミーナが優しくシチューをかき混ぜる。
セリアは椅子にもたれ、ワイングラスを創夜に差し出す。「追放された恨み、勇者を操った罪、全部を清算しに行くわ。あなたの絶対安全圏で、私を最後まで守ってね、創夜」
創夜はグラスを受け取る。
「ああ、約束する。そして、王の悪行のすべてに、俺たちの最強の力で答えを出す。最後の戦いに、乾杯!」
全員がグラスを掲げ、静かに飲み干した。最強の飛空艇は、異界へと続く空の裂け目へと突入していく。




