ep10. かつてのクラスメイト達の行方
創夜は酒場でリン、ミリィ、セリア、ミーナと食事をしている最中、ふと頭に一緒に召喚された同じ有名高校の優等生達が何をしているのか気になった。
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アースガルド王国、王都グランデル。
転生から三週間。空知創夜という「無職」の異物は追放され、広大な城内の訓練場には、残り二十九名のクラスメイトたちの、熱のこもった訓練の音が響き渡っていた。
彼らの顔には、この世界で「勇者」として認められた誇りと、王国の期待に応えようという真面目な決意が満ちている。
「田中、盾を上げるのが遅い!聖騎士は国の守りの要だぞ!」
熱血指導するのは、かつて学級委員長だった松本だ。彼は『光の癒し手』という後衛職ながら、持ち前の責任感で皆を鼓舞していた。
傍らでは、佐倉 葵――『大賢者』のジョブを持つ凛とした優等生が、古代文字が刻まれた魔導書を読み解いている。彼女は他の誰よりも早くこの世界の言語と魔法体系をマスターしていた。
「佐倉、その術式。消費魔力を下げる方法は見つかったか?」
「ええ、古沢。この国の魔法は基礎が強固ですが、応用が稚拙です。効率的な回路を組めば、五分の魔力で威力を二割増しにできます」
冷静沈着な優等生、古沢 由紀。『聖剣の勇者』。彼は転生者の中で最高のジョブを与えられたことに、浮かれることなく、最も冷静に状況を分析し、訓練を主導していた。彼の視線の先には常に、王座の間で威厳を放っていた王の姿がある。
王は、彼らに最大限の敬意と、惜しみない物資を提供している。「魔王討伐こそ、君たちの使命だ」と。その言葉は、彼らの真面目な魂に深く響いていた。彼らは、王の「言いなり」であることを、この世界の正義だと信じて疑わなかった。
しかし、その信念に、小さなひびが入り始めたのは、王国騎士団との合同演習を終えた夜だった。
「なあ、勇者って、本当に魔王だけを討てばいいのか?」
田中が、聖騎士の重い鎧を脱ぎながら、素朴な疑問を口にした。
「どういう意味だ、田中」と松本が訝しむ。
「いや、今日、合同訓練で寄ったあの『ラトナ村』の件だよ。あの村人たち、みんなが言ってたんだ。『最近、魔物が増えて、自警団を組んで武装してる』って。でも、騎士団長は『あれは魔物ではない。王都への反逆者だ』って、討伐を命じたんだぜ?」
古沢が、聖剣の輝きを磨く手を止めた。
「騎士団長の命令が絶対だ。王国の秩序を守るのが私たちの義務だろう」
「でもよ、あの村人たち、見ればわかる。どう見ても真面目な農民だった。子どももいた。なんで反逆者なんだ?騎士団は、抵抗する村人たちを容赦なく……。あれが、本当に『魔物』と同じなのか?」
田中の顔は、訓練の疲れではない、別の種類の苦悩で歪んでいた。彼が持つ『堅牢なる聖騎士』の信念が揺らいでいるのだ。
佐倉が、静かに魔導書を閉じた。
「……古沢。私も少しおかしいと感じた。あの村の地理的な位置だわ。王都から最も遠く、魔物の被害が多い辺境。なぜ彼らが、わざわざ王都にクーデターを企てる必要があるのか。そして、王はなぜ、詳細な報告もなしに彼らを『魔物』扱いし、私たちに討伐を急がせる?」
王の命令は、常に魔王討伐のため、という大義名分のもとで下される。しかし、その命令の中には、常に王都から遠い場所、騎士団の監視が行き届きにくい場所への「魔物討伐」が多く含まれていた。
古沢は剣を磨き終え、鞘に戻した。
「王は、この国と私たちを救ってくれた恩人だ。君たちの気持ちも理解できるが、私たちはこの世界に召喚された客人。この国の法と、王の判断を信じるしかない」
古沢の答えは、彼らの真面目さと、立場への忠誠心そのものだった。
しかし、その夜、古沢が誰もいない王宮の廊下を歩いていると、王の私室から、不気味な笑い声と、側近らしき男の声が聞こえてきた。
「はっはっは!素晴らしいぞ、あの日本から来た『勇者』どもは、本当に素直だ!反乱の芽を、自分たちの手で摘ませるとはな!これで、奴らの心は完全に我らが王国の忠犬となるだろう!」
「……ですが王よ、あの『無職』を追放したのは、少し早計では?」
「構わぬ!あいつが居なくなっても誰も不思議に思わぬようだ。それよりも、この純粋な若者たち。真面目に、私たちが教えた『正義』を信じている。このまま彼らを悪に染めていけば、いずれ魔王討伐という大義名分すら必要なくなるだろう。我らの『敵』は、魔王ではない……この国に疑問を持つ全ての者だ!」
古沢の足が止まる。彼は、硬く握りしめた拳を震わせながら、廊下の陰に身を隠した。
翌日。
「次の討伐目標だ。東の山間部に、騎士団でも手に負えない強力な魔物が出現した。すぐに討伐に向かえ。この国を守るために!」
王の威厳ある声が、訓練場に響き渡る。
古沢は、昨夜の笑い声と、目の前にいる王の顔を交互に見た。そして、聖剣を抜き、佐倉と田中、そして松本を見た。
「行くぞ。王命だ」
彼の瞳の奥で、「真面目な忠誠」が、徐々に「冷たい義務」へと変質していくのを、誰もが感じていた。彼らは、自分たちが『正義』と信じていたものが、実は、王の『悪意』に塗り替えられたものではないかという、致命的な疑念を抱きながら、それでも命令に従い、東の山間部へと向かうのだった。
彼らがそこで遭遇したのは、武装した村人たちだった。
その村人たちは、「王都から来た悪魔め!」と叫びながら、転生者たちに襲いかかってきた。彼らの目には、恐怖と憎悪だけが宿っていた。
「くそっ、やっぱり、こいつらが魔物だなんて……!」田中が叫ぶ。
「いいから、田中!迷うな!私たちを攻撃するなら、それは『敵』だ!」
「王様の言うことに従え、コイツらは人間の不利をした魔物だ!」
古沢が、迷いを振り払うかのように、聖剣を振るう。
その一太刀が、村人の持っていた粗末な武器を両断した瞬間、彼らの心の「善意」もまた、静かに両断されていった。




