表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

第一話 【アカツキ文庫 “棄てられた卒業文集”】

午前零時のしじま堂は、ほとんど息をしていない。

 戸棚のガラスが、夜風に微かに鳴る。その音さえも、時計の秒針と同じくらいに静かだ。


 私は、いつもの場所に座る。帳場の奥、読み語りの椅子。

 湯気の消えかけた番茶を一口すすると、記憶の底から声が上がってくる。


 ……さて。語らせてもらいましょうか。これは、とある本にまつわる話です。


 


***


 それは数年前、しじま堂の仕入れに紛れてきた一冊の古本だった。

 表紙にはこう印刷されていた。


「令和元年度 第三小学校 六年一組 卒業文集」


 裏には“アカツキ文庫”のスタンプが押されていた。

 聞いたことのない発行元だったが、まれに小規模な学校が自費出版に使う業者名かもしれない、と私は特に気にせず棚に置いた。


 数日後、一人の若い女性が来店し、その卒業文集を手に取った。

 彼女はページをめくりながら、ふと眉をひそめてこう言った。


 「……あれ? 同じ子が、二回、作文書いてる」


 私は覗き込んでみた。そこには“森山さやか”という名前が二か所に載っていた。

 最初の作文は、家族旅行の思い出。

 二つ目は、誰かが真似したような拙い文章で、「おともだちになれてうれしかったです」とだけ書いてある。


 奇妙なことに、その“森山さやか”の顔写真は、どちらも違っていた。

 一つは屈託ない笑顔の少女。もう一つは、黒目の大きな無表情の少女。


 女性は少し青ざめた顔で、文集を閉じて帰っていった。

 そしてその翌日、別の客がまたその文集を手に取った。


 「名前、増えてません……?」


 今度は“森山さやか”が三人いた。

 私は本を手に取って確かめた。確かに、似た名前の子が三回出てくる。顔も文章も違う。

 そしてページの裏に、鉛筆で書かれた小さな走り書きが見つかった。


「この子は、いなかった」


 私は背筋に冷たいものを感じ、本を預かることにした。

 しかし、それからしばらくの間、なぜか本棚の隙間にその文集が“戻って”きていた。

 誰が置いたのか、あるいは戻ったのか――


 ふとした思いつきで、私は本に関する情報をネットで調べてみた。

 “アカツキ文庫”という名前で検索をかけると、ひとつだけ、10年前の掲示板ログがヒットした。


【怖い話】アカツキ文庫って知ってる?

卒業文集とか詩集とかの体裁だけど、読んだ名前を忘れられなくなる

増える。あの本の中の“子どもたち”が。目を合わせるな


 ……名前を、忘れられなくなる。

 そして増える。

 あの黒目の大きな少女が、ずっと誰かに読まれるのを待っていたとでもいうのか?


 私は最後にもう一度だけ、その文集を開いた。

 すると一番最後のページに、一行だけ書き加えられていた。


「つぎは あなたの なまえを かいていい?」


 私はその本を、燃やした。

 しっかりと、誰にも読まれぬように。ページが灰になるまで見届けた。

 それでも……いまだに夜の棚に、誰かがそっと何かを置く気配がするときがある。




 『……さて。あなたの名前は、なんとおっしゃいましたか。』

 

 『どうかお気をつけて。夜中に古本を開くのは、あまりおすすめしませんよ…』

 

 『ときに、“読む”のはあなたの方ではないかもしれませんから…』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ