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1-6 宿営

空の太陽は光をほぼ失い薄黄色く弱い光を残し夜が訪れる。ただ、場所も変わらずに儚げに夜の世界を照らし続け、この状態の太陽を月と呼ぶとリンガが語る。今はまだそこまでには至っていないが、空は随分と暗く、藍色となっていた。


エンドは苔むした集合墓地の石柱を磨き、集落の廃屋で状態がよさそうな一棟を選び、溜まっている埃などを窓から掃き出し整える。一通りの作業が終わりリンガの様子を見に行くと、石柱の根元に穴を掘り赤い色の袋をその根元に埋めているところであった。


「やあリンガ、お疲れ様。こちらは大体終わったが、他にやることはあるかな?」


「いや、こっちもちょうど終わったところ。ファングもさっき解体したけど痩せこけていてなかなか面倒だったよ。」


土を掘った穴にかけて埋め、リンガは両手を合わせる。


「ふむ・・・私も手を合わせたほうがいいのかな?もっとも、どのような神様に祈ればいいのかわからないのだが。」


「手を合わせて悪いことは無いと思うけどね。えーと、一般的には創生神様になるのかな?それとも黒の精霊様?ボクもそこまで考えてもいないけど。」


「そういうものかな、とりあえず手を合わさせてもらうよ。きっと礼を尽くすのが大事なのだろう。」


エンドは軽く合掌し名も知らぬ故人の冥福を祈った。記憶がないので当然信仰も何も無いが、超常たる存在に思いをはせたとき、不思議と脳裏にどこか荒々しげな、身を焦がすような強い熱量を持つ存在が形なくよぎった。


「さて、携帯食料もあるけど勿体ないからファングの肉を焼いて食べよう。魔石も傷ついているのが少なくてよかった。毛皮は痩せていたせいか質が悪いし本来は捨てるけど、剥がして洗ってあるからエンドの服とか靴の代わりに使おう。軽く燻すくらいの時間しかないから街までの使い捨てになりそうだけど・・・」


話しながらもテキパキと片づけを行うリンガの姿をエンドは頼もしく思う。


「服とか靴はありがたいな。しかし、随分と手馴れている。」


「まあね、もう随分ひとりでこの仕事をしているから」


手際よく荷物がまとめられ、エンドが掃除をした建屋まで二人は歩き出した。




宿泊予定の家の前、その風下側に廃墟にあった網のような道具にファングの毛皮がかけられ、比較的乾いている枝葉が集められ煙で燻されていた。その風上側ではリンガが20㎝程の正方形の板を平らな石の上に置く。


「む?その板は一体?見たところただの鉄板ではなさそうだが。」


「ああ、その辺りの知識もないんだ。これは『マギア』っていうマナの力で動く道具さ。それで、これは熱くなるプレートだね。マギアには魔獣の魔石とかが回路に使われているから魔獣を倒して集めるとちょっとした金にもなる・・・あ、使ってみる?エンドの場合マナの量を心配する必要も無さそうだし。黒い取っ手の部分に触ってマナを流すだけだよ」


「面白そうだ。ありがたくやってみよう、だが・・・マナを流すとはどうすればいいのかな?」


「あー、そこからか。これは感覚的なものだから難しいな。腕をどうやって動かすかって言われてるようなものだし・・・ああ、腕相撲の時、途中からマナを多く流していたけど同じようにすればいいんじゃないかな?」


「うーむ、まあやってみようか」


エンドは思い返す。先ほどは気合を入れたら何故かやれたという偶発的なものであったが、今、落ち着いて自身の体に意識を向ければ確かに何か説明しがたいものが存在することを知覚できた。意識がマナを動かすのであれば・・・と考えプレートの取っ手を持つ右手にその何かが動くように念じつつ意識を集中させる。


「うん、できてるできてる。」


気が付けばプレートからは熱気が出て空気をゆがませていた。リンガはファングを殲滅した大鉈を器用に使い肉を削ぐように薄く切って焼いていく。


「おお、器用なものだ。それにその鉈、厚手だがかなりの切れ味に見える。」


「ははっ、小鬼は器用ってよく言われるよ。それに、これはマナメタルでできているからね。マナメタルは結構貴重なやつで、オーラを籠めるととても硬くて丈夫に、しかも重くなるんだ。そうじゃないと大きめの魔獣なんて中々倒せないから。」


エンドは次々とファングを屠るリンガの姿を思い出す。あれほどスムーズであったのはリンガの腕力と、重量の増加で破壊力を増した鉈が組み合わさったからなのだろうと推察する。そこで、リンガの姿が何もないところから急に現れたことを思い出した。


「そういえば助けてもらった時に急に姿が見えたが、あれもマギアなのか?」


「違うよ、あれは小鬼族の特性さ。種族ごとにいろんな特性はあるけれど、ボクたち小鬼族は体の色や気配とかを周囲に溶け込ませることができるんだ・・・元々密林とかで狩をしていた名残とか言われているけど本当のところは誰も知らないと思う。この服も一緒に色とかが変わる特別なものなんだよ。丈夫でオーラも流れる結構貴重なものなんだ。」


リンガの格好がチューブトップのような布と短いパンツのみというかなりの薄着であった理由がただの趣味ではないことをエンドは知る。


「なるほど、しかしそれでも随分な薄着に見える。なにか防具みたいなものは着ないのかい?」


「うーん、何か着ても結局はオーラが少しでも流れている体の方がよっぽど丈夫だからね・・・あ~そっか。もしかしてボクを見てちょっと不快だったか・・・悪いね、男はそういうのが苦手なのもいるって聞いたことはあったけど・・・」


リンガは苦々しい笑みを浮かべエンドの視線を避けるように体の向きを変えようとする。


「いや、眼福だ。非常に魅力的で目のやり場に困っていただけさ。」


「はぁ?」


エンドはまだ他の女性は見たことが無いものの、すらりとした無駄のない体。大きい翠色の目。短く明るい色の髪。全てが好ましいと告げた。そしてそれはうわべだけの世辞ではない、心からの賛辞であったため、リンガは大きく動揺した。


「おお、え、ちょっと」


「ははは、キミは素晴らしいよ。それに私が男とは知らない状態でも助けてくれただろう?その精神もまた素晴らしいものだ。」


「・・・」


リンガは顔を真っ赤にするが、世辞ではない本心であることをエンドは改めて伝える。


「ああ!もういい!・・・とりあえず、そういうの、禁止。恥ずかしいから」


「なに、本心を言っているだけさ。もっとも記憶をなくしている男の言葉にどれほど価値があるかは分からないがね。」


「だから禁止!もう!とりあえずご飯を食べるよ!」


何とも三文芝居じみたやり取りではあるが、奇しくもこのやりとりでエンドとリンガは互いの距離が少し縮まったことを感じていた。

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